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【2】-17-ザイオン(1)

##ザイオン視点


##人物紹介


アメリア:

カラドカス公爵家三女。スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』のモブ令嬢。前世ではサーバー会社の社畜で重度のゲーマーで死因はおそらく不摂生。


クロエ:

本編第一章『悪役令嬢は退場しました』主人公。コミュ障気味だが最近は改善。


ザイオン:

この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。


マクシミリアン:

ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。


ユージーン:

クロエの兄でクロエ大好き。


この回には、スピンオフ『城に棲む兄弟』『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の内容を一部含みます。

##この作品には、一部暴力的な描写が含まれています。免疫のある方のみ、お進みください。

▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 九年ほど前、マクシーが十三歳、ザイオンが十七歳の時、刺客に狙われた。

 二人に手を差し伸べて助けてくれたのはカラドカス公爵だ。


 当時政治の表舞台を取り仕切っていたのは王妃派だが、事件・事故、災害対策など地味な実務をこなしていたのはカラドカス公爵だった。

 あの日彼が要職にいなければ、医者も呼ばれないままマクシーは死んでいたかもしれない。


 十七歳のザイオンには、なぜ刺客に狙われることになったのかも理解できなかった。

 マクシーを刺した男は城を巡回する兵に追われて、逃げ出した。


 マクシーから血が滴って、抱えて座っていたザイオンの服をぐっしょりと濡らし始める。

「あにうえいたい……」

 それだけ言って、マクシーは目を閉じた。


「助けて!」

 恐怖のあまり、ザイオンは泣き喚いていた。

「弟が! 死んじゃう!」




 ……あの時の自分は、思い出したくないほど、無知で無力だった。

 王位継承権第一位の『マクシミリアン第一王子』が北の離宮を出て、人並みに話せる姿を見せたりしたら、困るのは第二王子派だ。

 そんな継承権争いの裏事情を、ザイオンは全く知らなかった。


 マクシーを手厚く保護し、ザイオンから話を聞き取ったカラドカス公爵は、国王に事態の正常化を進言した。


 久しぶりに見た国王は、相変わらず覇気がなく、しょぼくれていた。

 お前が母さんを殺したんだと、顔を見るたびに罵ってやったら会いに来なくなった、あの頃のままだ。

 今度はマクシーを殺すのか、と言ったらサメザメと泣いたので、ザイオンの胸のうちに凝っている復讐心はほんの少しだけ満足した。

 あの男にも一応父親としての情があったらしいことには、少し驚いたが。


 マクシーはその後命を取り留め、第一王子としての待遇を取り戻した。

 けれどいつまた、命を狙われるかわからない。

 そのことを知ってザイオンは亡命を延期した。

 そして勧められるままにカラドカス公爵の養子となり、『マクシミリアン第一王子』の側近として勤めることになった。


 養子先のカラドカス公爵家で出会ったのが、アメリアだ。

 彼女の大人びた言動は、とても十歳の子どもには見えなかった。

思い返してみれば、初めて会った時からアメリアは、どこか意味ありげな視線をザイオンに向けていた。

 あの時から彼女は、この世界の未来を暗示するような夢を見ていたに違いない、とザイオンは思った。


『貴方はいつか、カプリシオハンターズ共和国に行くつもりなのだと思います。お母様の母国ですものね。その時に、召喚魔法のレベルを上限まで上げて、『神の贈り物(マシュー)』と呼ばれる最強のドラゴンを召喚してください』


 ごく一部の人間しか知らないはずのザイオンの母親のことをどうやって知ったのか、そう尋ねてもアメリアは答えなかった。


 同時に、母親のことを隠して亡命しろと言われて、ザイオンはアメリアにひどく腹を立てた。


 隠さなくてはならないような悪いことはしてない。ザイオンの母親は無理矢理王国に監禁されていた。ずっと故郷に帰りたがっていたのに……。なのになぜ王国に便宜を図らなくてはならないのかと、頭にきた。


『なんで俺が?』


 ザイオンは、こみ上げた怒りをそのままアメリアにぶつけた。


『俺の母親を奴隷扱いした国の奴らを? 気遣ってやらなきゃならないんだ? 大勢死のうが、滅ぼされようが、知った事か!』


 アメリアは、泣き出しそうな目でザイオンを見上げていた。

『……無神経な事を言って、ごめんなさい』

 その様子を見て、ザイオンはすぐに我に返った。

 怒りを向けるべき相手は、アメリアではなかったのに。


『悪かった』

 すぐにそう謝罪したが、すでにアメリアは背を向けていた。

『悪いのは、私です。貴方の気持ちを考える事ができていませんでした』

 アメリアは振り返ることなくそう言った。


(そして俺を、二度と見ようとはしなかった……)

 放った言葉が相手を穿った後では、どんな謝罪も遅過ぎた。

 それまでには確かにあったはずの信頼関係を、ザイオンは打ち砕いた。

 その後一度もアメリアに会いに行かなかったのは、彼女に嫌われたと思ったからだ。拒絶されることが、怖かった。


 亡命時、ザイオンは二十二歳になっていた。

 マクシミリアン第一王子の側近として何年も城勤めをし、政治的なこともわかるようになってようやく、自分の母親のことが公になって両国間で戦争が起きると、自分も巻き込まれて、静かには暮らせないと気づいた。

 誰にとっても犠牲が大きいと判断し、母親のことは隠した──アメリアに言われた通り。






 部屋の中が明るくなってきた。

 冬月二日の朝──いつもなら起きる時間だが、ザイオンはベッドの中で頑なに目を閉じて眠り続けようとしていた。

 昨夜は考えることが多すぎて、なかなか寝付けなかった。

 睡眠時間が足りていないのだから、もう少し寝ていても許されるはずだ。




(アメリアは、状態復元(ロード)魔法については一定のルールを定める必要がある、と言った──)


 現状を記録する状態保存に対し、その状態に戻す状態復元は、影響が大きいということはわかる。

 その影響を考慮して、どういうルールがあればいいのかを考えてみたが、よくわからない。

 ただ、時を巻き戻す状態復元魔法の存在について知る人間は、極力少なくするべきだと思った。

 誰もが『あのときこうすればよかった』と後悔を抱えて生きている。

 時を戻せることを知ったら、◯月◯日に戻せと要求してくる奴らが増えるに違いない。


 今のところ、状態復元魔法がほぼ完成していることを知っているのは、アメリアだけだ。口止めはしていないが、彼女自身運用に慎重なのだから、迂闊に話したりはしないだろう。


『何人以上死んだ時、とか……意見を言える人を決めておいて、その許可を得られないと駄目とか?』


 アメリアの言った言葉を考えてみたが、他人が何人死んだところで、じゃあやり直そう、という気にはなれない。


(誰かに決定権を与えたとしても、術式を起動できるのはおそらく俺だけだ。従うか従わないかは俺が決めるのだから、意味が無いように思える)




 一際大きい鳥の声が、比較的近いところで一度だけ、鋭く響いた。

 朝飯になりかけたのか、逆に食い損なったのか。

 しばらく耳を澄ましていたが、それ以降周囲は静まり返っていた。




『朝の状態保存、戦いに挑む前の状態保存、そして決断前の状態保存。これが基本よ』

 と、昨日アメリアは言った。

 つまり今朝も、状態保存(セーブ)簡易術式スクリプトを唱えなくてはならないということか。


(今もし状態復元魔法を唱えたら、昨日設計を考えていた定型魔術式(コード)についてのメモも消えてしまうし、アメリアと会話した内容も記憶に残っているかどうかわからないからな……確かに状態保存は小まめに実施した方が良さそうだ)


 記憶については、状態復元魔法のスクリプトを考えていた時に思いついたことがあった。

 パラメータで記憶を残すか残さないかを選べるのではないか?

 例えば、このような形式で……


 システム.状態復元(名前="010101",記憶="無");


 試してみなくては確実なところはわからないが、もしも記憶を残さずに時を戻す方法があるのなら、それはそれで、恐ろしい気がした。

 自分たちが何度も失敗し、記憶の無い状態でやり直す円環(ループ)をなぞっているのだという可能性を否定できないからだ。


 何度も他の皆やマクシーの死を体験しては、その記憶を消して時を戻している自分の姿を想像し、ザイオンは戦慄する……考えたくもない状況だ。




 ザイオンは寝返りを打って、ずれた掛布を引き上げた。

 眠ろうとしても、思考が止まってはくれなかった。

 サムシングフェイルド(人型モンスター)とどうやって戦えばいいのか。

 プリンのカラメルを焼く時にしか使ったことのない炎のスクリプト魔法で、対抗できるとは思えない……定型魔術式(コード)であらかじめ組んでおかないと……


 しぶしぶザイオンはベッドの上に起き直った。

 この家の窓は内側の光は通さないが、外からの陽光は通す仕様だ。

 日が高くなり始めていた。


 今日クロエとマクシミリアンは、自分たちもエルフ族になると言い出すに違いなかった。

 家庭を築いて、何人もの子どもたちに囲まれて、幸せに暮らすというビジョンはないのだろうか?


(あの二人、何も考えていなさそうだ……)

 軽い罵倒の言葉を思い浮かべたザイオンの脳裏に、クロエが眉をキリリと寄せ、釣り気味の目でキッと睨みつける様が目に浮かんだ。

(おバ……、いや……目の前しか見えてない地虫と変わらないな)


 身支度すると彼は、階下に下りていった。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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