【2】-15-ユージーン(4)
##ユージーン視点
##登場人物
クロエ:
本編第一章『悪役令嬢は退場しました』主人公。コミュ障気味だが最近は改善。
ザイオン:
この世界の元になったゲーム『闇より出でて光を求め』第三作目の主人公。元の性格設定は『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』だったがキャラ崩壊中。
マクシミリアン:
ザイオンの腹違いの弟でザイオン大好き。
ユージーン:
クロエの兄でクロエ大好き。
##このお話以降、暴力的・グロテスクな描写、人の死の描写などが多めに含まれています。免疫のある方のみ、お進みください。
▼▼▼
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈
刺激的な一日だった。
ルキルスとの買い物も、その後で人型モンスターと(自分的には果敢に)渡り合ったことも、一つ一つがユージーンにとっては大きな意味を持つできごとだった。
自分が一人の人間として、意味のある存在だと思うことができた。
そして最後に、クロエの友人であるアメリアがエルフ族になって魔法を使うところを目撃した。
クロエは興奮している。
自分もエルフ族になって、魔法を使うのだと──。
(魔法を使えるようになれば、僕も人の役に立てるかな)
妹に迷惑ばかりかけている自分が、嫌いだった。
魔法を使って、クロエやマクシミリアンの洗濯物を乾かしてあげたら、ありがとうと言われるだろうか?
ここに居ても良い存在だと、自分で思えるようになるだろうか──。
(マクシミリアンのようにモンスターを蹴散らす……のは無理でも、援護射撃ぐらいはできるかもしれない)
ユージーンは、明るい明日を夢見た。
けれどそろそろ、体力が尽きようとしている。
眠くて仕方がなかった。
「ザイオンとアメリア、結婚すると思う?」
ユージーンの隣では、マクシミリアンの問いに、クロエが自信なさげに答えている。
「ザイオンは、アメリアの好みではないかもしれない……でも、ザイオンはきっとアメリアが好きなんだわ。どうすればうまくいくかしら」
何もしなくても、きっとうまくいくだろうと、ユージーンは思った。
ザイオンのような、格好良くて情の深い人を、アメリアのような賢い女性が好きにならないはずがない。
「僕はもう寝るよ」
と、ユージーンは立ち上がった。
軽い立ち眩みが襲ってきた。
血をたくさん抜いたせいかもしれない。
「……ルキルスも帰って来そうにないし」
軍に緊急召集されたということは、おそらく食事は軍で済ませるのだろう。
「顔色が悪いわ、お兄様」
二階の部屋へ向かおうとするユージーンに、クロエが寄り添う。
二人の後ろを、マクシミリアンが護衛騎士のように付いてきた。
「今日は朝からいつもより多めに歩いたせいかな……」
ユージーンは階段の手すりを持って、体重を預けながら移動する。
少し息切れがした。
「無理も無いわ。食堂でフェイタルなんとかに遭ったんだし。怖かったでしょう?」
「フェイタル……なんとか? そんな名前だったっけ?」
ユージーンは苦笑する。
クロエはいつも人や物の名前を覚えようとしなくて、近いようで近くない名前に『なんとか』を付けて済まそうとする。
そんな大雑把なところも、クロエの魅力の一つだ。
「そうだ!」
マクシミリアンが突然、閃いた! という口調で言った。
「あの男が帰って来ないんなら、余ったプリンは僕が食べてもいいんじゃないかな?」
「うん」
ユージーンは笑みを浮かべた。ルキルスなら、プリンの一つや二つ、気にしないに違いない。
「マックスは、僕たちの恩人だし……僕のもあげれば良かった」
「お兄様は、栄養を付けるためにたくさん食べないといけないから人に譲ったら駄目よ」
そう言いながら、クロエはユージーンの額に手を伸ばした。
「熱……は、無さそうね。でも本当に顔色が悪いわ。あのルキルスが、お兄様に無理させたのね?」
「無理はしていないよ……」
ユージーンは、そういえば薬を取りに行かなくてはいけなかったんだっけ、と思い出す。
「でも念のため明日の朝、医療センターに行こうと思うんだ。予定がなければ、一緒に来てくれると有り難いんだけれど」
「……今から行った方がよくない?」
階段の途中で立ち止まって、クロエは言った。
「具合が悪そうに見えるわ」
ユージーンは、治療院のロビーに並んだ人々の列を思い出して、怯んだ。
「これは、具合が悪いわけじゃなくて、眠いんだ」
今からあの列に並び直すよりも、一晩休んでからにしたい──明日の朝にはあの行列もなくなっているはずだから……。
「医療センターも今日の騒ぎで怪我人がたくさん運び込まれて、今は大変なことになっている、と思うよ」
「そっか……そうよね」
クロエは、再びユージーンと階段を上り始める。
「わかった。他にもフェイタル何とかがうろついているかも知れないから、絶対に一人で行かないでね。朝、起こしに行くから」
明るい口調で受け入れてくれたクロエを見返しながら、ユージーンは、注射で倒れた話や薬を受け取れなかった話を聞いた時の彼女の反応が気になった。
(情けない兄だって思うかな……)
「明日はねぇ、……僕は、ヨアン保安官に呼ばれてたな」
クロエの後ろでマクシミリアンがそう言って、元気をなくしていた。
***
クロエたちにおやすみを言って、ユージーンは扉を閉めた。
「食いしん坊さんね」
扉の向こうで揶揄うように言うクロエの声が聞こえる。
「僕は身体が大きいので人より食べなくてはならないのです」
そう言い訳するマクシミリアンの声が遠ざかる。
クロエはマクシミリアンが大好きで、一緒にいられて幸せそうだ。
そんなクロエを見ていると、ユージーンの心も満たされる。
部屋の中は、温度調節の魔法陣が効いているおかげで、暖房はなくても寒くなかった。
ユージーンはベルトと銃を壁のフックに引っかけ、服を脱いで畳むと、窓際にある椅子の上に置いた。
寝間着に着替えるためだったが、寝る前に軽く汗を流そうと思い立つ。
坂を上ってくる途中汗をかいたし、人型のモンスターに殆ど接触する形で対面したのだ。
手は消毒してもらったけれど、他の部分に悪いモノが付いているかもしれない。
左腕に嵌めていたリセットブレスレットを外して、畳んだ服の上に置き、浴室へと向かう。
洗面と浴室を後付けで設置したために、部屋の面積は以前の三分の二ほどになっていたが、元々一人用にしては広い部屋だったから、不自由は感じない。
家具同士の間隔が少し狭くなっただけだ。
彼は脱いだ下着を洗面の洗濯物入れに放り込んだ。
一瞬、平衡感覚を失ってよろめいた。身体を支えようと洗面台に伸ばした手が当たって、蛇口から水が出る。
(相当疲れているな──)
ユージーンは水を止めると、右手に貼ってある絆創膏を外した。
どこかにクロエの持ち込んだ救急箱があったはずだから、風呂から上がったら新しいものを貼れば良いと思った。
髪を洗いながら、さっきタオルでザイオンに捕獲されて無理矢理拭かれていたマクシミリアンの姿を思い出す。彼らは子どもの頃からずっとあんな風に、兄弟として過ごしてきたのだろう。
(ちょっと、羨ましい……)
ユージーンとクロエが兄妹らしく過ごすようになって、まだ一年も経っていない。
妹には世話になるばかりで、兄らしいことは何もできていなかった。
(強くなりたい……クロエを守れるぐらいに)
ザイオンのように、頼られたり、人を助けたりする人間になりたかった。今のところ、頼ったり助けられたりしかしていない自分が歯がゆい。
大きなタオルで濡れた身体を拭きながら、クローゼットに向かった時、軽く、悪寒が襲ってきた。
熱が出てきたのかもしれない。
(何かあったらすぐに治療院に行きます、と返事をしたっけ……)
次第に、頭が回らなくなってくるのを感じる。
視界の端が霞み、足元が定まらない。
どうにか、寝間着用のズボンだけ着ける。タオルで髪を拭きたいけれど、身体が重くなってきた。
冷や汗が止まらない。
ベッドに行って、横になりたい。
けれど、約束通り治療院に向かわないと──
(あれ……? 変だな?)
床に敷かれた絨毯を眺めながら、ユージーンは自分が倒れたのだと気づく。
しばらく気を失っていたらしい。
さっきは寒さを感じていたのに、今は身体中が熱かった。
床と身体の重みの狭間で、胸の真ん中がドクドクと速いペースで脈打っている。
(まずい)
ユージーンは立ち上がろうとしたが、身体に力が入らなかった。
(また妹に、心配をかけてしまう……)
扉の方へ手を伸ばそうとしたが、腕が重くて、それもできない。
外は静まりかえっている。おそらく深夜だろう。
「クロエ」
弱々しい声しか出ない。
「誰か……」
トリッシュ医師の言葉が、蘇る。
『特にこの患者は数ヶ月前、腹膜炎を患った。既往症によっては、元気そうに見えても急激に状態が悪くなる場合もあるから』
(状態が悪くなる、という言葉は、具合が悪くなる、ということじゃなくて、……死ぬという意味だった?)
そうなっても自業自得だ……絶対薬を飲むようにと言われていたのに、とユージーンは思う。
トリッシュ医師が知ったら激怒するだろう。
想像したら心臓が竦んだ気がした。
(ゴメンなさい……先生)
心の中でそんなことを言っても意味がないかもしれないが、なんとなく謝らずにはおれない。
ユージーンは、意識を手放すまいとした。
なんとか伝えたい。
妹に。
ここに来てからは、嬉しいことが多かった。
今日は、友達から初めて手紙をもらった日でもある。
僕は充分に幸せだった。
だから、クロエ。
僕の妹。
もし、このまま僕が死んだとしても。
あまり悲しまないで──
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈