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【2】-14-アメリア(7)

## アメリア視点


このお話には、

スピンオフ『モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい』の一部が含まれています。

https://ncode.syosetu.com/n0012jg/2


▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 新しい紙に術式のアイデアを書き留めていたザイオンは、気が済んだようでそれを折りたたんでポケットにしまい込んだ。

「異空間に落とし込む対象の定義だが、俺はまだサムシングフェイルド(人型モンスター)の実物を見ていない。……対象のデータを収集してから、試行錯誤する必要があるな」


 ザイオンのその言葉は要するに、戦いに自分も赴く、という意味だ。

「そうね」

 アメリアは、どうやら彼を実戦に引きずり出せそうだと、心の中で自分に親指を立てた。

 

 下敷き代わりにしていた本を、ザイオンはアメリアの方に押しやった。


「これは術式の入門者用テキスト本だ。俺が現代語訳しながら勉強に使ったので、理解できるはずだ」

 アメリアは手に取ってみた。

 中のページは茶色に色褪せて、年代物のようだ。硬くてしっかりした表装はそれよりも新しく、途中でばらけて修復したに違いない。丁寧に閉じてのり付けしたのはザイオンだろうか? 天の部分にほんの少し、段差がある。

 そっと開くと、微かにかび臭い。

 指先にざらりとした質感が触れる。

 ページの端には、色とりどりの付箋がそこら中に貼られていた。

 

「エルフ語の発音部分は、声に出して読むなよ? 発動すると危ないからな」

 ザイオンは心配そうに注意する。

「ええ。暫く借りるわね。ありがとう」

 この本から、人型モンスター退治に役立ちそうな魔法を選ぶつもりでいたアメリアは早速、『炎』『火』『雷』『氷』『光』などと付箋が貼ってあるページを開く。


「待て待て」

 ザイオンが言った。

「どうして最初から読まないんだ?」


「最初から?!」

 マニュアルは必要な部分だけ読む派のアメリアは、驚いた。


「……普通、本は一ページ目から読むだろう?」

 驚いたアメリアを、ザイオンもまた驚いて見ている。

「普通はそうね……」

 仕方なくアメリアは、最初のページを開いた。


 角張った細い線が、斜めや台形を描きながら連なっている。ところどころ文字が滲んで見えるのは、手書きだからだろう。


挿絵(By みてみん)


 余白には直接、ザイオンの几帳面な字で訳が書いてある。


『魔力について』


 確かに、大事なところだ。

 読み飛ばしてはいけない。

(でも、入門書の初めの方って大抵、わかりきったことが書いてあるから読み飛ばしたくなるのよ……)


『魔法術式はそれぞれ、消費する魔力の量が決まっている。

 大きな火を焚く時には大きな薪が要り、小さな火を焚く時には木の枝程度で済むように、魔法術式は規模に応じた術者の魔力を必要とする』


 これは、ゲーム上のMPマジックポイントのことだと、アメリアは気づいた。


『訳注:なお直系エルフの魔法には例外もある』


「この訳注って?」

 その部分だけインクの色が違うので、アメリアは尋ねた。


「さっき書いた」

 ザイオンが答えた。

「直系のエルフが使うルート魔法とやらについてはその本には書かれていない。ルファンジアによれば『世の(ことわり)を超えた魔法』だそうだ。さっきの状態表示魔法や状態保存魔法では、魔力の消費を感じなかったので、そこに例外として書き足した」


 それはそうよね、とアメリアは思う。

 ステータス表示やセーブ、ロードは本来、世界の外側から登場人物よりも上の権限で行われるため、MPを必要としない。それを『管理者権限』で行えてしまうザイオンが凄いのだ。さすが、この世界の『主人公』……。


(あら?)

 アメリアは、何かを思い出しかける。

(なんだったかしら……?)


「その次に、魔力量の上限値について書かれている」

 ザイオンは、丸い石の挿絵を指さした。

「計測用の魔石は俺が持ってるから、測ろうと思えば測れる」


 測って、と言って欲しそうだが、アメリアは先に挿絵の下に書かれた訳を読んだ。


『魔力量上限値は、個人によって誤差がある。

 計測は、計測用の魔石に全魔力を流し込むことによって可能』


 肺活量の測り方に似てるわね、とアメリアは思う。

 彼女は更に、ざらついた古い紙の上をなぞっていった。


『計測用の魔石は、流し込まれた魔力の量によって光の強さや色が変化し、それを基におおよその魔力量上限値が推定される』


 思ったよりもアナログだ。

 その先へと読み進めたアメリアは、嫌な予感を覚えた。

 

『通常は、人族・獣人族・竜人族の魔力量を一として計算する。

 エルフ族では平均して百、傍系のエルフで平均して五百というのが、おおよその目安だ』


 その下に、訳注がある。

『直系のエルフで千前後』


 アメリアは、ゲーム上のHPやMPの上限値というものの存在を、すっかり忘れていた。

 レベルによる制限の他にも、アイテムを取得してHPやMPの上限を解放していくシステムが、ほとんどのゲームにはある。


「ザイオンは今、魔力量上限値が千前後なの?」

 初期値は千。

 彼には上限解放アイテムのことを伝えてはいない……伝えるタイミングなんてなかったし、とアメリアは自己弁護に走りかける。


「しばらく測っていないが、千はあるだろう」

 ザイオンはそう答える。

 千はある。

 ……しかし、千しかないとも言える。


『減ってしまった魔力は、呼吸と共に取り込むので、時間が経てば上限値まで回復する。

 そして、身体に溜め込むことのできる魔力量上限値は、鍛えれば増やせる。筋肉みたいなものだ』


 そう書いてあるザイオン手書きの訳をアメリアは指さした。


「魔力量上限値を増やそうとは思わなかったの?」

「考えた事もなかったな」

 なぜそんなことを訊くのかと、ザイオンは不思議そうな顔をする。


 アイテム──SOUL GEM(ソウルジェム)──を全て取得できれば、HPとMPはそれぞれ4000を突破するはずだ。

 なぜ増やさなくてはならないのか。

 それは、多いと戦いが有利になることはもちろんだが──。


 アメリアは、ゲーム本来のバッドエンドを思い出す。

 まるでその場に実際にいたかのように鮮明に、主人公ザイオンとヒロインの最期の光景が脳裏に蘇った。




 ***

 

『 ・・・・ YOU LOSE ・・・・ 』


 長い戦いは、無に帰した。

 辛うじて生き残ったヒロインとザイオンは、瓦礫だらけの大地に立っている。


 ヒロインが振り仰いだ空には、無数の亀裂が走っていた。

 裂けた空の向こうに見えるのは、漆黒の闇と、白銀にぎらつく真円──その正体は、恒星の遺骸──魔王の召喚したマグネター(中性子星)だ。


 耳鳴りがするのは、気圧が急激に下がり始めているせいだろう。

 強い風が巻き起こり、立っていることが難しくなり始めていた。

 ザイオンが、ヒロインを引き寄せ、抱きしめる。

 氷の王子とも称される彼が、そんな感傷的な行動をとる事など、これまでにはなかった。


「俺のせいだ」

 震えるザイオンの身体を、ヒロインが抱き締め返す。

「俺の憎しみが、この結果を招いた……みんなを殺し、君を殺してしまう」


「違うわ。全ては、あの魔術師が引き起こしたこと。貴方のお母様をさらった時から、こうなる事を狙っていたのよ」

 ヒロインが悲しげに微笑む。


「俺は諦めない」

 ザイオンは、自分と同じ色の、ヒロインの瞳をのぞき込む。

「力を貸してくれ。俺の命と、君の命。この世界に在る、全ての命を使って、時を戻す──」

 全てが光に飲み込まれる。

「君を、絶対に死なせはしない」

 世界が回帰する直前に聞こえる、微かな声。


「……してるんだ──」


 ⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈


 紙にペンを走らせる音がした。

 目の前にはこの世界の、カーキ色の作業着を着たザイオンがいて、新しいメモ用紙をテーブルの上に置き、何か書き始めている。

 

 いつの間に止めていた息を、アメリアはそっと吐き出して、バッドエンドの情景を振り払うかのようにかすかに首を振った。


 手の中には、魔法術式のテキストがある。

 彼女は、湿気で微かに波打つ紙面を捲ってみた。

 どんな術式でどれぐらいの魔力が消費されるかの解説が続いていた。アイテムで魔力量上限値を増やす、などという記述はどこにもない。


 アメリアは思い返す。

 あの台詞──


『力を貸してくれ。俺の命と、君の命。この世界に在る、全ての命を使って、時を戻す──』


 ストーリーの最終局面で主人公ザイオンが自分の意思で時を戻す魔法を使う時、彼はヒロインに向かってそう言う。

 本来ロードは魔力を必要としないが、『主人公が時を戻す時には命を捧げないといけない』という、ストーリー上自己犠牲を美化するような設定が存在していた。


 ゲームの終盤ということもあって、アイテムを全て取得した前提で、主人公はHPとMPからそれぞれ4000分を捧げるのだ。できなければ、トゥルーエンディングへの分岐には辿り付けず、ゲームオーバーとなる。


 そのためにハードモードをプレイするプレイヤーたちは血道を上げて、アイテム探しをしたものだ。


(これはまずいわ)

 全身から血の気が引く感覚を、アメリアは必死で堪えながら考えた。

 こんなに焦ったのは、子どもの頃に人攫いに遭った時以来だ。


(前提。セーブもロードも本来は世界の外側から、上位の権限で行われるもの。だから本来代償は要らない。設問。一見美しく思える台詞に付随した無駄設定が、この実体化した世界で有効にはたらくかどうか。回答。そんなわけがない。……いいえ、それは楽観的な願望に過ぎないわ。もし『自己犠牲設定』が有効なままこの世界のシステムに存在していたら、時を戻した時にザイオンは……)


「時を戻す魔法についてだが」

 今まさに考えていたことをザイオンが口にしたので、アメリアは一瞬考えを読まれたのかと思った。


 ザイオンがテーブルに置いた白い紙の真ん中に、太い文字で書かれた一行の術式があった。

 下にはテーブルクロスの布があるので、線が少しガタついている。


 システム.状態復元("010101");


 さすがだわ、とアメリアは思う。

 まさに、彼女が考えていた通りのものだ。

 その下に、いくつかのメモ書きがあった。


『型を考えてみる。パラメータがあるかもしれない。記憶を残すか、残さないか。一覧の出し方。複製。削除』


「多分、これで行けると思う」

 ザイオンの言葉に、アメリアが頷く。


「この術式を簡単に試すわけにはいかないわ」

 HPとMPが最終局面よりも足りない状態で術式を唱えた時、ザイオンがどうなるのか……よく考えてみないと。

 発動しない、だけなら良いけれど。

 元々は代償が要らない仕様の魔法なのだから、システム的には発動する可能性が高い。

 その時に『自己犠牲設定』がどうはたらくのか、はたらかないのか。


「私たちだけじゃなくて、この世界のあらゆる場所で時が戻るわけだから。影響が大き過ぎるわ」

 確かなことがわからないうちはまだ打ち明けない方が良いと、アメリアは思った。簡単にロードを試してはいけない、というのも大事なポイントではある。


「それは……そうだな」

 ザイオンは、時を戻した場合に起こる様々なデメリットを想像したようだ。

「せっかく焼いたはずのパンが未発酵の生地に戻ったり……うまく避けたはずの落石が、やり直した時には当たったり……とか?」


「パン……」

 アメリアは思わず呟いた。

 なぜこの局面で、パンを焼く話が……?


「パンは、作るのに手間がかかるからな。焼き上がったと思ったものが元に戻ったら、相当な衝撃を受けるだろう」

 真面目に語るザイオンに、アメリアはとりあえず頷いてみせる。

「それは……そうね。だから、使う時のルールを決めなければ」


 考えを纏めなくてはと思うのに、新たに生まれた疑問が邪魔をする。

(どうしてパン……?)


 しばらく考えてから、ザイオンは尋ねた。

「たとえば、どんなルールだ?」


「それは……これから考えてみるけど……」

 思いつきで言っただけなので、アメリアはそう答えるしかない。

「何人以上死んだ時、とか……意見を言える人を決めておいて、その許可を得られないと駄目とか?」


 もっとしっかりと練らなくては、とアメリアは思う。

(何人以上って。そんなことを、誰が決めるの? 誰が死んだかで決める? そんなこと、神様でもあるまいし……ザイオンはどうしてパンに拘っていたのかしら? いいえ、パンに拘っているのは私ね。この国では合議制を取る方が良さそう。でも、……未発酵? パンの作り方を知ってるの? 訳が分からなくなってきた……疲れてるのね、私)


 彼女は結局、明確にコレだというルールを言うことができなかった。

「苦労して作ったものが元に戻る、そんな悲劇が世界中で起きてしまうのだから、それでも仕方がないと思うような状況は何か、考えないと」


「なるほど」

 ザイオンは納得したようだった。

「俺もよく考えてみよう」






 ルールが本当に必要になるのは、まだ先だとアメリアは思っていた。


(それまでに、アイテムを集めて来よう。……ああ、どうか……あの台詞通りに、本当に命を差し出さなくてはならないなんて、そんなことにはなりませんように──)


 そう祈るアメリアの胸には、ひんやりとした恐怖が居座り続けた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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