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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おまわりさんと魔王

作者: 北白 純





おまわりさんと魔王





有野ありの まさるは警察学校を卒業後、ある都市の交番に配属された。


数年後、20代前半で巡査部長に昇任する。


優秀な警察官として期待されていた。


しかしある日痛ましい事件が起き、幼い子どもの命を助けることができなかった。


有野は被害者の両親から非難され、心身ともに疲れ切ってしまった。


その後、田舎の駐在所に勤務することを希望した。



駐在所のそばには古民家があり、彼はそこに一人で住み込み、勤務した。



有野が配属された田舎町は、事件というものはほとんど起こらなかった。


町民から「おまわりさん」と親しまれ、有野はほっとする毎日を過ごしていた。



しかし、夏のある日、町の雑木林で大きな衝撃音があったと通報があった。


有野は衝撃音があったと思われる現場にミニパトカーで駆けつけた。




(隕石でも落ちたのか…?)


林の奥には大きな燃えさかる炎と、まぶしい光があった。


有野は光の中心に近づいた。すると、うずくまっている人影が見えた。


有野は拳銃が入ったホルダーに手をやりながらその人影に話しかけた。


「あなたは…⁉」


人影は立ち上がって振り返った。


「魔王だ」


男が立ち上がってこちらに歩き出したとき、周りの炎は消えていた。





有野は「魔王」と名乗る男を駐在所へ連れていき、質問を始めた。


時計は夜の9時を過ぎていた。


「魔王」はほとんど「裸」だった。


黒い帯のようなものがわずかに体に巻き付いている。


黒髪は腰まで長く、ところどころ白いメッシュが入っている。


おまけに牛のような角まで生えていた。



「何度言ったらわかるのだ?私は魔王だと言っているだろう」


有野と「魔王」は狭い駐在所で、デスクを挟んで向かい合わせに椅子に座っていた。


有野はデスクで調書のようなものを書いている。


「ええ、信じますよ。あなたは裸同然なのに堂々としていらっしゃいますしね」


有野は笑顔を見せながら皮肉っぽく言った。


「…ほう? 貴様には私の裸が見えるのか?」


「…? かろうじて大事なところは隠れていますから、公然わいせつ罪になるかどうか…」


「貴様はこの世界で警護をしているのだな。この小賢しいブレスレットで私を逮捕する気か?」


「魔王」は手錠を目の前にぶら下げた。


「あっ!! か、返してくださいよ…!」


(い、いつの間に…!?)


手錠は有野の腰のベルトの後ろに装着していたはず。


有野は焦って男から手錠を取り返した。



有野は顔をひきつらせてニコニコして聞いた。


「…で、あなたはどこから来たんですか?」


「お前たちの住んでる世界とは違う世界からだ。

そこではほぼ私が支配していた。

しかし4人の賢者たちの攻撃によって私は封印されそうになった。

そして命からがらこの世界に逃げて来たのだ」


「…へ、へぇ〜…」


有野は呆れながら話を聞いていた。


(ちょっと頭のおかしい人なのかな?)

と思った。



有野は男の処遇をどうするか本署に電話で問い合わせた。


「そのうち家に帰るからしばらく面倒を見ろ…? はあ…わかりました…」


有野は電話を切って魔王に苦笑いをしながら振り返った。


「今夜はもう遅いですから、泊まっていきませんか?駐在所の裏に僕が住んでる古民家があるんで」


「…ふん、まあいいだろう」


謎の男には古民家の和室で寝てもらい、有野は駐在所で仮眠を取ることにした。


「ふう…これから何事も起こらなければいいが…」


その晩、有野はウトウトとしながら嫌な夢を見た。


有野が都会の交番に勤務していた頃の凶悪な事件だった。


夢の中で、通り魔が襲った幼い少女の痛ましい遺体がよみがえる。


少女の両親は有野を非難した。


有野が何度も見る悪夢であった…。




一方「魔王」は畳の上に横になりながら独り言を言った。


「ふふ…あいつは私の裸が見えるようだ。あまり退屈せずに済みそうだな…」




翌日、有野は魔王を連れ出してミニパトカーに乗り、魔王が出没したところまで行ってみた。


魔王はゆうべの格好のまま服を着ようとしない。


魔王によると「普通の人間には服を着ているように見えるから大丈夫だ」と言う。


(やれやれ…困った人だ…)


現場は地面に衝撃を受けた跡があったが、幸い火事にはなっていないようだった。


「あ、そうだ。今日は買い出しがあったんだ。魔王さん、僕と一緒に商店街に行きませんか?」


「かまわん、付き合おう」


魔王の言っていることが嘘であれば、商店街に来ている人は魔王を見たら大騒ぎするだろう。


なにしろ裸なのだから。


二人はミニパトカーで商店街まで行った。


すると、買い物に来ていた女性客は魔王を見つけてキャーキャー騒ぎ出した。


(ほら、やっぱり…)


「見てみて!あの人…!!カッコいい〜〜‼」


(へ…? カッコいい…!?)


魔王は呆れるほど颯爽と商店街を歩いていく。


今の女性の感性は僕にはわからないな…と有野は困惑した。


買い出しが終わり、二人は古民家の和室で休憩をとった。


有野は警察官の制服のまま、きちんと正座で魔王に向き合った。拳銃もしっかり装備したままだった。


「どうだ? 普通の人間には私が服を着ているように見えるのだ。わかったか」


「へ? ああ…!」


有野はやっと魔王の言うことを信じた。


他の皆にはさぞかしカッコいい服を着ているように見えるのだろう。


「あなたは本当に魔王…さん…?」


「そうだ」


「どうして僕だけ魔王さんの裸が見えるのでしょうか?」


「説明すると長くなる。

人類はもともと裸で、平和な楽園に暮らしていた。

ある時、人類の祖先は禁断の果実を食べてしまった。そして善悪の判断ができるようになった。

自分が裸であることが恥ずかしくなり、服を着るようになった。


…とにかく普通の人間は魔王の私が服を着ているように見える。

しかし心が清らかであるほど私の裸が見えてしまうというわけだ」


有野は魔王の言っている意味がよくわからなかったが、自分はそれほど純粋だということなのだろうか?


「…貴様のような人間は初めて出会った」


「それは光栄ですけど、僕は完全に純粋ではないから魔王さんの裸が完全に見えないということですよね?」


「…不服か?」


魔王はにやりと笑った。


「い、いえ…」


有野は赤くなって口ごもってしまった。


「と、ところで魔王さん…家には帰れそうなんですか?」


「そうだな。この世界にも月があるようだし、満月になれば私の魔力も復活するだろう。それで元の世界に戻れる。

そうだ、貴様…」


「有野 将です」


「将…私と一つ勝負をしないか?」


「勝負?」


有野が首を傾げた。


「貴様が私の裸を完全に見ることができれば、貴様は平和な世界・楽園エデンに行くことができる。

私は消滅し、悪というものはまったく存在しなくなる。」


「平和な世界…」


有野は平和な世界には憧れていた。


できるなら世の中を平和にしたいと思って警察官になった。


しかし、こども一人満足に助けられない自分が完全に平和な世界に行けるのだろうか…?


有野が暗くうつむいていると魔王が近づいてきた。


ゆっくり有野を畳の上に押し倒す。


「な、なにを…⁉」


「貴様は独り身なのか?まだ若いのにこんな辺鄙なところで寂しいだろう?慰めてやってもいいぞ」


「え…」


不覚にも胸が高鳴ってしまった。


「や、やめてくださいよ…‼」


有野は魔王を押しのけた。


「ええ、望むところですよ!僕は絶対、魔王さんの裸を完全に見ますからね!これから晩ご飯にします!」


有野はあわてて台所に逃げた。


魔王はそれを見送りながらクックッと笑った。



それから有野は熱心にパトロールし、町の人に困ったことはないかと尋ねて歩いた。


有野はもともとおまわりさんとして親しまれていたが、さらに感謝されるようになった。


自信満々で家に帰ってみて、魔王の姿を見たときがっかりした。


つまり、今までと変わらず局部が黒い帯で覆われている。


満月の日まで近い。有野は焦り始めた。




魔王は和室のテレビを見て日本の様子に興味を示していた。ふいにテレビを消して立ち上がる。


「将、私はこれから出掛けてくる。町の人の様子を見たい」


「いいですけど…早く帰ってきてくださいよ」


時計を見ると夜の8時過ぎだった。



魔王は町の中を歩きながら古めかしい看板のパブを見つけた。


「辺境の酒場か。さびれているが、それもまた一興」


魔王は店の中に入る。


店の中には中年太りのママが出迎えてくれた。魔王はカウンターに座る。


ママは魔王がまだ注文もしてないのにボトルを出してきた。


「ねえ…アンタ。よく見るといい男じゃないか。ちょっと変わってるけどさぁ…」


ママが魔王をじろじろ見た。


当然ママには立派な服を着ているように見える。


「貴様の望んでいることはわかっているぞ。これだろう」


魔王は懐から札束を出してカウンターに置いた。


現代の日本の1万円札で、100万円の束だった。


ママはぎょっとしていたが、やがてニヤニヤしだした。


「アンタ〜、話がわかるじゃないか…!お礼がしたいんだけど?」


魔王はにやりと笑った。


「…では『服を着たままプレイ』するというのはどうだ?」




「魔王さん、遅いなあ…」


時計の針は11時を指している。


有野は魔王を探しに行こうと立ち上がろうとした。


「今帰ったぞ」


魔王が帰ってきて和室に入ってきた。


「どこに行ってたんですか? 心配しましたよ」


「酒場に行ってきた。そこにいる女房と遊んでやった」


「遊んでやったって…」


有野の顔がカッと赤くなった。


「100万円の札束で女房の頬を往復ビンタしてやった。やつは狂喜していたぞ」


「なっ…往復ビンタ~~~?」


魔王はテレビでそんなことを覚えたのだろうか?


魔王さんて、ろくなことを覚えないな…と頬を膨らませた。


「どうした? 何を怒っている?」


「いえ…別に…」


「もしかして、拗ねているのか?」


魔王が有野に近づいてきてしゃがむ。楽しそうな顔だ。


「そ、そうじゃないですって!…んっ…!」


魔王がいきなり有野に口づけしてくる。


もがいても魔王は離そうとしない。


有野は魔王の『誘惑』に頭がくらくらしてきた。


体がガクガクとしてふらつく。


魔王が唇を離した。


「ぷはっ…はぁ…なんですいきなり⁉」


有野の顔は真っ赤だ。


「…将、そんなことでどうする?明日は満月だぞ?」


有野はハッとして魔王から後ずさりした。悔しさで涙ぐんだ。


「…おやすみ、将。いい夢を」


魔王は笑って部屋から出ていった。



翌日は満月になる日だった。


有野は田舎町を駆け回って全力を尽くした。


そして夜が来た。


二人は古民家の和室で向かい合わせに正座で座っていた。


魔王からは威圧するようなパワーを感じた。魔力は取り戻せているのだろう。



「魔王さん…僕の負けです」


魔王の姿は変わらないままだった。


「貴様は勝負には負けたが、私は力を取り戻し元の世界に帰れる。

それも貴様が私を世話してくれたおかげだ。礼を言う」


有野は黙ってしばらくうつむいていた。


「魔王さん…白状させてください…」


「なんだ?」


「俺…実は……魔王さんの見えそうで見えない腰にドキドキしていて…

もう完全に見えなくていいかなってずっと思ってました。

僕が負けた理由はそれです」


有野の顔が真っ赤だった。


しばらく沈黙が流れたが、魔王は高らかに笑った。



「よくやったぞ!将。お前は笑えるくらい正直者だ!」


魔王は叫んで立ち上がった。


魔王の体は閃光を放った。


あまりの眩しさに目が眩みそうだったが、魔王は一糸まとわぬ姿になった。


「さらばだ、有野 将!」


魔王からの閃光は更に広がり、大きく爆発した。そして有野のいる世界は一瞬で消滅した。


有野は爆風で遠くに吹き飛ばされてしまった。


どのくらい飛ばされたのだろう?


有野はしばらく光の中に包まれていた。



彼が目を開けると、森の中にいた。


有野が住んでいた田舎の森とは違う。


気温は温かく、見たことがない様々な果実がたわわに実っていた。


有野は自分が服を着ていないことに気づいた。


「ここはどこだろう…? もしかして魔王さんが言っていた「エデン」と言う楽園かな…?」


動物たちが遠くから有野を見つめていた。しかし襲ってくる様子はない。


有野は森の中を歩き続けた。しかし他に人間は見つからなかった。


「きっとここは僕が望んでいた平和な世界なんだ…。

温かくて、豊かで、食べるものにも困らない、争いも病気もない…」


有野は歩き続けて疲れてしまった。大きな一つの木陰に座り込んで休んだ。


(俺はいったい誰を探してるんだろう…?)


「そうだ、魔王さん…魔王さんは消えてしまったのだろうか…?」


有野は急に寂しさがこみ上げてきた。


「魔王さんに会いたい…」


有野は膝をかかえてうずくまった。




有野が根元にうずくまった木は「善悪の知識」の木だった。人類の祖先が食べた、禁じられた赤い果実が実っている。


果実は有野が手を伸ばせばすぐに食べられそうだった…。


































おまわりさんと魔王


著者 北白 純


発行日 2021年11月17日


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