戯言スパイラル
やあ、こんなところで人と会うなんて珍しいね。逃げなくてもいいじゃないか、少しぐらい僕の暇つぶしに付き合ってよ。そのくらいの時間はあるでしょ?
なんてことはないただの戯言だよ。妄想だよ。幼稚な遊びだよ。
ぜひ、聞き流してくれ。波のように。稚魚のように清流に。そう!鮭みたく、大人になったら美味しく食べれるように。
君はキャンプファイヤー、好きかい?
焚き火で焼いた魚はとびっきり美味しいんだろうな。音も良いよね。パチパチ言って落ち着く。何でだろうね?暖かいから?
火の揺らぎが心地良いとは聞くけどね、心臓のリズムや波のリズムと一緒だからなんだって。本当かな?にわかに信じがたい。
そういえば、夜、獣たちが火を恐れて近寄ってこないから安心できるとも聞いたことあるけどさ、僕ら人間だって動物なんだぜ。燃えるんだぜ。触れたらあっちっちなんだぜ?
プロメテウスさんが人間に火をくれたっていうじゃない。知ってるだろ?神々の話だよ。
人間たちはありがたがって使っているけど、なんかおかしいと思わないかい?
仮に、本当にプロメテウスさんが火を人間に与えたとするよ。
だとすると、一体何のために?善意?あまたの動物がいる中で人間に?
与えたところで、プロメテウスさんにどんな利益があるっていうのさ。
単なる善意、純粋な善意なんてこの世にあるのかな?
しかも、その後バレて拷問を受けてるらしいじゃん。何でだと思う?
神の中でも飛びぬけて賢かったっていうのに…
おかしいよね
僕はね、こう思うわけだよ。人間を試してる、と。
火をどう使うか実験している。楽しんでる。賭けをしている。遊びをしている。
だって本当に人間に火を与えたくなかったら、取り上げちゃえばいいじゃないか。
広まってしまったから手に負えない?いやいや
相手は神だよ。全知全能なんだよ。そんなこと造作もないさ。
つまり、あえて、人間をほったらかしてる。
ん?拷問?あんなのウソに決まってる。プロメテウス自身が流したウソさ。
英雄譚だ。それこそ戯言だ。
賢いからこそ、火を与える役目を買って出たんだ。
よって、プロメテウスは神々の中では役目を果たした功労者、人間たちからは火を与えてくれた素晴らしい神として語り継がれる。メリットだらけだ。
そして人間たちは踊らされる。神の手のひらで、回り続けるってわけだ。
遊ばれてることも知らずに。
火を使い続けた先に何が待っているのか、楽しみだね。
暖かい夢の目覚めか、絶望の悪夢か。人間次第ってわけだ。
まあ、戯言だけどね。
回り続けると言ったら螺旋って知ってる?
英語で言うところのスパイラル。スパイじゃあ、ないよ。
円と違って同じところには戻ってこない。
ほら、螺旋階段とかっていうでしょ?
そういえばこの建物も螺旋階段だったね。ぐるぐる登った気がする。
他にもネジやコイル、あと、台風とか、巻貝とかもそんな形なんだって。
すごいよね。自然界にも多くこの形があるんだから。
しかも、黄金比にもなってる。その発見こそが黄金に値する価値を持つと思わない?
人間にとって重要な螺旋といえばもう一つあったよね。
そう、DNAの二重螺旋構造。
遺伝子とかって言われてるやつだ。
天才とか才能って君はあると思う?誰もが一度は思う、こんな才能あったらな、こんな能力あったらなって。
生まれ持った何か特別なもの、自分だけのもの。
そんなものがあったら幾分、生きやすくなったのだろうか。
君はどう?中に眠る秘めたチカラ、感じない?
実際、そんな力が突如現れたりなんかしたら怖いと思うけどね。
結局のところ、遺伝なんだから、どこまで行っても引き継がれるものでしかないんだよ。引き継いでこれる程度のもの。それを忘れちゃいけない。
元をたどれば突如なんて曖昧なものではなく、どこかの誰かが勝ち取ったものとも言えるのだろう。
そんな自分の知らない人からの贈り物って怖くないか?気持ち悪くないか?
君は玄関先に置かれている得体のしれないダンボールを家の中に入れるかい?
きっと、罠だよ。それは。
そう、どんなに壮大でどんなに強力な能力があったところで使わなければないも同然だ。
使い所がなくても同様に。
受け継がれたものがあるかどうかは決められないが使い所は決められる。
そんな不便なものに気づいてすらいなければ悩む必要もないがね。
あるに越したことはないと人はよく言うけれど、もしそれが貰いたくなかったものなら?
上手いも才能だが、僕からしたら下手も才能だ。
例えば、不幸な運を受け継いだとするとどうだろう。
何かをなそうとして一生懸命に努力する。そうして積んできたものがやっと形になった時、予想もしてない事故が起きる。何もかもなくなる。そのくり返し。
そんな現実に耐えられる?嫌になってしまうよね。
神に見捨てられたって思うよね。
そんな運命が先祖代々受け継がれていたらどうだろう?
誰を恨む?何を嘆く?感情をどこにぶつける?
その先祖か、運命か、社会か、神か、DNAか、はたまた自分自身か…。
僕はそんなできた奴じゃないからね、さしずめ、物にでも当たるかな。
嫌がる、否定する、拒絶するということはその存在を肯定することと同等なんだよ。
嫌えば嫌うほど運命とかを認めたことになるって皮肉がきいてておもしろいよね。
まあ、そんな話、どうでもいいさ。戯言だからね。
あ、そうそう。事故と言えばさっきね、ちょっとしたボヤ騒ぎがあったんだよ。
この近くなんだけど気が付いてない?あらあら、ぼやっとしてるね。
いやぁ、なんかね。タバコの火が鞄についてしまったらしい。
すぐに消されたみたいだけど。
小さな灰、小さな火種だろうとあくまで火を使ってるっていう自覚はなかったんだろうかね。まったく呆れちゃうね。分かっちゃいないよ。
小さいからこそ危険なんだよ。周りの人も自分でさえも気が付かない。知らないうちにそれはどんどんどんどん大きくなって気づいた時にはもう遅い、取り返しのつかないものになっているんだよ。
そうなる前に消すべきだ。そういうものこそ消すべきだ。
大切なモノや自分が焦げて灰になってしまっては悲しみが残るだけだ。
これは持論なんだがね。事故や事件ってのは続いてしまうんだよ。
偶然、必然、意図的とか関係なくね。
経験はないかい?同じような事故や災害が全国各地で起こったり、同じような犯行や目的の事件が多発したり。
模倣犯ってのもあるけどね。それだけじゃない。
思考は引かれ合うんだよ。物と物が引かれ合う万有引力と同じようにね。
一度目にしたもの感じたことは忘れるまでに時間を要する。
これってあの時と同じ状況だよなとか、あんなことしたくないって考えてしまうとか。
たとえ、忘れていたとしても無意識の中で考えが浮かび、あたかも自分が考えたことなのかと錯覚してしまうことだってある。
誇らしげに語ってしまうやつもいる。自分に酔いしれ、目を回す。
そんなふわふわした世の中の真っ最中、神妙な面持ちでとぼとぼ歩いてる人を見かけたら君はどうする?放っておく?どこに?川に?
川が汚れるのは嫌だな。
もちろん、例えばの話さ。さっきから言ってるだろう戯言だって。
でね、ついていくとコンビニに入るんだ。そして、マッチを買う。
珍しくないかい?今どきマッチなんて。
理科の実験かって?アルコールランプかって思っちゃう。
まっちがえた…てか、ははは。
マッチの利点と言えばなんだろう。火をつけて放っておいても燃え続けることとか?
そうして、何かを決意したかのように建物に入っていく。どんな人なんだろうって気になっちゃうよね。夜も眠れないよね。
話しかけたくなっちゃうのも致し方ないよね。
まあ、戯言なんですけど。そんな人がいたらの話ね。
そうそう、この建物。土地的に風が集まる場所にあるんだよ。
周りにビルが立ち並んでいてビル風がちょうど集まる。行き場のない風たちは渦を巻く。
こんなとこで火事なんかあったら大変だ。凄いよ。
火災旋風になる。螺旋を描く炎になる。天をも焦がすスパイラル。
かっこいいね。一度見てみたくなるね。
火災旋風になる条件って知ってる?
一つはここのように風自体が渦を巻いているところ。
または程よい風が一定に吹いてる時。強すぎてもダメ。無風でもダメ。
なかなか狙って作るには難しい。
そう思うと一つ目の方法なら狙ってできる可能性が高いと思わない?
風が強い日を天気予報で見れば良いんだから。
そういえば今日もなかなか風が強い。良い火災旋風日和だ。
戯言のしがいがある。
人々は日々、妄想や空想をしている。そんなおもしろい戯言を人が抱えきれなくなった時、戯言は主人の体を離れ、空に浮かんでいくんだ。
軽いからね。煙が下に落ちていくのをあまり見たことないだろう?
都会は人が多いからそれらも多い。すぐに戯言は街中から空に溢れかえる。
空気中でぶつかり合い、だんだん流れが生まれる。
やがて、一つのまとまりになり、巨大な渦となる。
渦中は混沌さ。カオスってこと。
そして、雲を突き破り、天に届く。神にも届く。
人々は戯言を作る才能に長けているんだよ!
いわば、人は燃え盛る戯言にくべる薪。そのものなんだよ!
そんな素敵な副産物を僕は戯言スパイラルって呼んでいるんだ。
じゃあ、そろそろ帰るよ。
こんな僕の幼稚な遊びに付き合ってくれてありがとう。
君も遊びすぎないようにね。
火に焼かれて食べられてしまうよ?
まあ、戯言だからね。気にしないで。