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天使が生まれ変わった日

作者: なぁさん

 森の奥深い開けた湖のほとりで誰にも知られること無く、2人の短い旅が終わりを迎えようとしていた。




 あなたの身体が緩やかに光の粒となって消滅していく。慌てて手を握る。強く。離さないように強く。忘れてしまわないように大切に。


「…僕は初めて君に会った時に一目惚れしたんだ。恋をしたんだよ。」


 思わず手の力が緩んでしまったかもしれない。


「………知っていました。分かっていましたとも。あなたは分かりやすいので。すぐ表情に気持ちが出てしまっていますから。」


 不意打ちによる恥ずかしさで少し強がってしまったが、それもあなたには気づかれているかもしれない。私も反撃する。


「私は初めて出会ったあの日からずっとあなたを愛していました。あなたとの旅でこの思いを知ることができたのです。そしてこれからも……私はあなたを愛し続けます!」


 涙が頬を流れるのを感じつつも握る手は緩めない。

 世界を救うためだけに神に創られた人形である私に心を教えてくれたあなたを。そしてその心を育ててくれたあなたを。

 世界のために創られた私は今この時だけは世界を忘れてしまっている。それほどまでにあなたを思っている。


 感情的になっている私を前にあなたは困ったような表情をした。そんな顔をする決まって私が泣いてる時だ。


「…ありがとう。………やっぱり君の涙は嫌いみたいだ。」


 あなたの手は私の頬には届かなかった。


「これもあなたが教えてくれたモノです。嫌いでいいですから否定だけはしないでください。私の感情の否定は、私の『大切』を…あなたを否定されようで嫌なのです。」


 あなたにだけは否定されたくない。


「怒らせたのならごめんね…でもやっぱり君には笑っていて欲しいな…」


 握っているあなたの手から温かさが感じなくなっていく。もう時間がないと肌で分かっていく喪失感に不安になっていく私に気がついてか、あなたが拙く笑って見せる。


「…そんな顔しないでくれよ。まだ旅は終わってないだろう?」


 そうだ。私たちの旅はまだ終わりきっていない。

 あなたの力が手を伝って私の中に入ってくる。


「あとは君に任せるよ。………大丈夫。僕がいなくても大丈夫。」


「はい…」


 余すこと無く伝えたあなたの手が私の手からすり抜けて落ちる。


「信じているよ………」


「ええ。任せておいてください。後片付けは得意ですから!」


「さすがだ―――――」


 初めての口づけはなにも味はしなかった。


「―――――涙の味はしませんでしたね。」


 強がってみせる。涙は嫌いだとあなたが言ったから。


「…そうだね。……………愛してくれてありが―――――」


 最後まで言い切る前にあなたの身体はパッと光の粒となって溶けて消えた。




「―――――行かなきゃ。」


 いつまでも止まっていられるほど私達の旅は優しくない。後片付けをしなければならない。




 湖から少し離れてから明らかに空気が変わった。それを頼りに探索してついに見つけた。『歪み』の原因である―――――


「―――――スマホ………だっけ?」


 綺麗な黒色のカバーをつけた黒い金属の板。あの人の元いた世界から流れてきたものだろうか。以前教えてもらった『携帯』と言うものと似た特徴をしている。

 それを手にとって、託された力を行使する。

 この世界を救世するためにあの人が『神』から与えられた力。この世界では本来は起こり得ないはずの現象を引き起こす『歪み』を修正する力。本来の私は、あの人がその力を扱うための補助をするだけの存在だった。

 でも今だけは違う。

 あの人が託してくれた力が私の中から消えていく。


―――――行かないで……


 もっとあなたと一緒にいたかった。

 もっとあなたと旅のしていたかった。

 もっとあなたの話を聞いていたかった。

 もっと笑っていてほしかった。

 もっと……

 もっと……


 

 気がつけば、手の中にあったスマホはあの人の力と共に消えてなくなっていた。

 先程までに感じていた『歪み』独特の空気は薄れている。次期にここも元通りになるだろう。ただのこの世界の一部に。




 私達の旅の終わりを迎えた。



―――――迎えるはずだった




「あ!帰ってきたよ!」


 森を抜けると、共に歩いていた仲間達が私に気がついて近づいてきた。私達とは違う目的で歩んできた仲間達。

 数ヵ月の間でも共に旅をして、皆友とも言えるほどには仲良くなった。特に、年の近い灰色の髪をした彼にとってもあの人は親友とも言えるまでの仲になり、私も金髪の少女と特に仲良くなったと思う。

 この森で旅は終わりだと伝えて、最後は2人だけにしてもらった。

 さよならを伝えていた。もう会うことはないだろうと。

 本当は私達は2人ともこの森から出てくるはずはなかったのだから。

 それでも何かあった時のためにと、ここに残ってくれていた事に嬉しく思った。


「……あれ?天使ちゃんだけ?あの人ははまだ中にいるの?」


 金髪を二つ結びして鍔の広い三角帽子を被っている気の強い少女が他の仲間達も思っていたであろうことを聞いてきた。


「………あの人は役目を終えて元居た場所に還りました。私達の旅は終わりました。」


 みんなが私の言葉を聞いて言葉を詰まらせた。


「…そうか。」


 灰色の髪をした気品のある青年がかろうじて声にした。

 白髪と白髭を生やした老人は静かに目を閉じ、口は僅かに震えている。

 少女は目にたまる涙を我慢して私に抱きつき、私の頭に手を回してくる。普段なら私の胸に顔を埋めてくる少女の雰囲気はなかった。


「………あなたが一番辛いでしょう?私が隠してあげる。」


―――――だめだった


 あの人が去った後は流れなかったのに、もう出ないと思っていた…耐えていた、あの人が嫌いだと言ったのに、私の目から溢れてしまう。

 あの人はもういない。

 私を創った神はもういない。

 1人になってしまったと自覚させられた。こんな思いをするのなら、私も連れていって欲しかった。けれどそれは叶わない。

 私は死ねないのだから。

 私の嗚咽が静かに周囲に溶けていく。



「天使殿はこれからどうするんだい?」


 青年が静寂を破って、少女に抱かれたままの私に聞いてきた。

 一瞬答えに迷った。けれどすぐにやりたいことが浮かんだ。


「世界を………あの人が救った世界を回ろうと思います。あっ…でもその前に…墓を………あの人がこの世界に居た証を作りたいです…」


 どうしても目に見える形であの人を残したかった。あの人の魂はこの世界を巡ることは無いと解っていても作りたかった。ただの自己満足だけれど、あの人をこの世界に残したかった。


「そうか………では付き合おう!我らの友………救世主様の墓を!立派なものを作ってやろうではないか!あいつが思わず文句を言いたくなるほどの立派なものをな!」


 先程の静寂を破るように青年は言う。


「…儂も付き合おうかの。黄金の墓なら立派じゃろうて。」


「私も天使ちゃんと一緒に行く!てか黄金の墓とか趣味悪いんじゃない?あの人には似合わないわよ!ねぇ?」


 青年の言葉に私が答える前に老人と少女もそう言った。黄金の墓………


「私も黄金はやめてほしいです…」


「なぜじゃ!………女にはこのよさがわからんのじゃな。残念でならん。」


「なんですって!?」


 良い感じに老人と少女が温まり始める前に青年が手を叩いて2人を止めた。


「さて!そうと決まれば…次の目的地はどこだ天使殿!」


 突然話を振られて少し驚いたが、目的地はもう決まっている。

 私とあの人の旅が始まった場所―――――


「―――――辺境領。シテラウル王国のフォクスリー辺境領の森です!」


「えっと…確かフォクスリー辺境領の森って未開拓領域がヤバいところだよね?」


「そうじゃな。広大であるから人が入れる所もそれなりにはあるが、奥深い所は何も解っていおらんはずじゃ。…それよりもフォクスリー辺境領と言えば、こやつやじゃろ。」


 そう言って老人はなんとも言えない表情をしている青年を指差した。


「あ!そうじゃんそうじゃん!」


「よりにもよってそこか…いや、文句はない。ないが………なんだその顔は?」


「べっつにぃ~?」


「まったく…後で覚えていろ………天使殿!直ぐに発とう!」


 話題の的にされてしまった青年が空気を変えるように荷物をまとめ始める。他の二人も笑いをこらえつつ新たな旅の準備をし始めた。




「あ!」


「なんじゃ急に…」


「いやさ?…天使ちゃん!」


 森から離れて草原を歩き始めてから少しして、老人と口論していた少女が突然私に声をかけてきた。


「あなた達の旅が終わったのなら、天使ちゃんはもう天使としての役割?はもうないの?」


 天使としての役割………


「……………そう…ですね。本来であれば私も神とあの人ともに消えるはずでしたから………」


 『救世主を補助する天使』はもう必要ない。ここにいるのは役割を終えても存在している、今は無き神に創られた人形。でも……………


「じゃあ「ですが!」…うん。」


 言葉が重なってしまったが少女は許してくれた。


「ですが………私は『生きたい』です…!」


 青年と老人も私達の話を静かに聞いていた。


「我が神が許してくれた、あの人が託してくれた『人生』を送りたいです……!」


「そっか…そっか!うん!じゃぁさ!―――――」



「―――――名前を決めようよ!」



「名前………?」


「そう名前!天使ちゃんの!あなたの名前!!!」


 思ってもいなかったことを言われての驚いてしまう。そんな私にはお構いなしに少女は捲し立てる。


「これから『人生』を送るって言うのに、名前が無いなんかて不便でしょう?ねぇ?!」


「あっ、あぁ……そうだな。『天使』は名ではないからな。ただ急に言われてもだな……」


 突然話を振られた青年は驚きながらも同意する。

 それから青年と少女はあれでもないこれでもないと口論し始めた。


「ふむ………では『ヘデラ』なんてどうじゃ?」


 少しして、ずっと静かだった老人がそう言った。


「ヘデラ………理由は?」


 青年の疑問に老人はにやっと笑い、


「儂に娘が出来たときにつけようと思っていた名じゃ。よいじゃろう?」


 と言った。青年と少女の口論に老人が参加した。


「ヘデラ……………」


 ふと呟き、そして何故か昔あの人が好きだといっていた花を思い出した。

 さっと駆け出し、三人の前に躍り出た。

 突然の事に3人ともどうしたのかと不思議に思っている顔をしていた。

 今までの私ならならこんなことはしない。あの人の隣にいた私ならこんなことはしない。


 でももう違う。


「じ、自己紹介しますっ!!」


 若干声がうわずってしまた。顔も熱く感じる。皆の私を見る目が温かく感じる。


「…『元』天使………『ヘデラ=ベリーキャンド』でしゅっ…!!あ、改めて!よろしくお願い…します!!!」


 初めてした自己紹介は噛んでしまい、皆に笑われてしまいました。






  辺境の森の浅い所にあるはずの少し開けた場所。私達が初めてした出会った場所。そこに一年を通して枯れることを知らない花畑を作って、その中心に墓を建てよう。

 手紙も書きます

 必ず

 必ず

 重いと言われたって構わない

 『過去』に存在した『天使』のために

 『今』を生きる『私』のために

 必ずこの言葉を添えます

 私があなたを忘れてしまわないように




「ヘデラ=ベリーキャンドより変わらない永遠の愛を」

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