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第8話 違和感

「そもそも今回の滞在が終わったら、あと一回の旅で終わりなんだ」


 ミクはカラカラと笑ってそう言うが、俺はまだ思考が追いついていなかった。


「もう私の情報って必要なくない?」

「――!? お前! そういう大事な情報を何で言わないんだ!」


 やっと頭が理解した俺は目を丸くして思わず叫ぶ。

 次がラスト? そんな話、今の今までしてこなかったじゃないか!?


「あはは、ごめんごめん」


 反省している様子もない謝り方に俺はミクを睨みつけるが、


「あ、そうだ。コーヒーを飲むかい?

 ちょうど食後に、と思ってお湯を沸かしておいたんだ」


 はぐらかすように、ミクは強引に話題を変え、キッチンへ向かう。

 鼻歌交じりに二つのマグカップに電気ケトルからお湯を注ぐと、湯気が立ちインスタントコーヒーの良い香りが際立つ。

 そんな彼女の様子に俺はため息を吐き、


「まぁいいか」


と椅子に深くもたれる。


 それにしても今度で終わりか。

 思えば長かったような短かったような。

 カコを救うためとはいえ、色んな時代の、色んな世界を見ることができたのはなんだかんだ楽しかった。


 それが終わるとなると少し感慨深い。

 これが終わると俺達は元いた時代に戻ることになるのか。

 確かミクは未来人だった。


 またいつの時代かミクに再会できれば嬉しい限りだ。

 それが不可能でも、ミクが幸せに暮らしていれば、それだけで良い。

 少し寂しいけれど。


 なんて考えていると、


「インスタントコーヒーってほんと簡単だね~」


とミクがマグカップを二つ手に持ってこちらに来る。

 ――が、


「あれ――」


 何故かミクは力が抜けたようにガクンと態勢を崩した。

 そのまま転ばないように態勢を立て直そうとしたところで、


「あ、あぶねぇ!」


 二つのマグカップから黒い液体が跳ね、そのまま彼女の身体に大量にかかってしまった。

 着ていたTシャツは黒茶色に染まり、そしてその下のジーンズまでコーヒーが垂れてしまった。


「あちゃーやっちゃったね」

「⋯⋯やっちゃったって、お前、大丈夫なのか?」


 だが、ミクはテンパるどころか、マグカップを持ったまま自分の失態を恥じるように顔を赤らめる程度。

 淹れたばっかりのコーヒーがかかってしまったにもかかわらずだ。


「うん。大丈夫! あのお湯、若干冷めちゃってたみたいだから」


 俺の心配そうな顔に気が付いたのか、ミクはそう元気に言いTシャツを指で摘まむと気持ち悪そうな表情をする。


「あぁーでも下もコーヒーでびちゃびちゃだ。ごめん。シャワー借りて良い?」

「あぁ。それは良いけど⋯⋯でも――」

「ありがとう。じゃあちゃちゃっと浴びてきちゃうよ」


 ――お前着替えあるのかよ、と声に出せるか出せないかのタイミングで、ミクはマグカップを机に置き、そのまま居間を後にしてしまった。


「⋯⋯全くしょうがない」


 とりあえずシャワーを浴び終えるまでまだ時間が掛かるだろう。

 とりあえず床に零れたコーヒーを拭いてしまうことにしてしまおう。

 それから俺の部屋からスウェットを取り出して届ければいいか。


 まぁ、『俺』のことだ。


 スウェットの一つが無くなって、洗濯に出されていたとしても気が付きもしないだろう。


 そう思って床の掃除を始める。キッチンから雑巾を持ってきて床を拭く。


「――ん?」


 そこで若干違和感があったが、それでも気にせず俺は床掃除に専念することにした。

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