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【第一章・魔物憑き】05

 ミラの声は低く抑えられていて、寝惚け眼で少し前を歩いているルーには聞こえていない。

「ベルノ、おまえの剣はどうした? どうしてそんな鈍昏(なまくら)を下げている?」

「え? いや、あれは……俺が持ち歩くには派手過ぎるから……」

 ベルノは困惑したように目を泳がせた。

 確かに今腰に下げているのは安物の中古品だが、自分はしがない抗呪術師なのだから、この程度の剣でいいではないか──と、ほんの七日前にクラヴィス伯爵領で衛兵に追い回され、安い鈍昏剣を折られた事を棚上げにする。

「派手? 派手だと? 馬鹿な言い草を──」

 ミラは、心底見下げ果てた、とベルノの胸を逆手で叩いた。

「せっかく手に入れた宝剣を使わなくてどうする。それこそ宝の持ち腐れだ」

「そう言われても、あんな何でもバターみたいに斬れる剣は……」

「『切断の呪詛(カース)』がかけられているんだから当たり前だろう」

「そうは言われてもなぁ……」

 刃が触れただけでほとんどの物が力も入れずに斬れてしまうのだ。並の剣とは鍔迫り合いにすらならない。あの剣は殺戮用の兵器だ。まともな神経で振るえるものではない。

「……ちっ。情けない。だからおまえは腰抜けなんだ」

 吐き捨てるように言われて、ベルノは参ったなぁと頭を掻いた。


   †††


 ミラに言われた通り、途中の屋台で串焼きの羊肉(ラム)と石窯に張り付けて焼いたパンを買い、道々それを食べながら紹介された宿屋に向かった。ルーが最後の一かけを口に放り込んだ時、目当ての通りに差し掛かり、あっという間に宿屋も見つかった。正面の扉に『カペルの宿』と白文字で書かれていたので、探すまでもなかったのだ。古くて間口の狭い煉瓦造り、街中と示し合わせたかのように二階から上はせり出し梁の漆喰壁だった。玄関脇に置かれたランタンにオレンジ色の火が灯され、小さな蛾がパタパタと飛んでいる。

 玄関扉を開けるとすぐにカウンターがあり、小太りした白髪の親爺が人の良さそうな顔を上げた。中に据えた椅子に腰掛けて、ランプの明かりで本を読んでいたようだ。遅い時間にチェックインする客に慣れているようで、すぐに立ち上がって愛想良くカウンターから出てくる。

「いらっしゃいませ。お泊りですか?」

「ああ、二人なんだが、部屋に空きはあるかい?」

「一部屋でよろしければ」

 ベルノは黙ってルーを見た。野宿にも慣れている娘だから、今更ベルノと同室を嫌がることもないが、一応は女の子なので、こんな場合はいつも儀礼的に意思確認をしている。

 ルーは、しょうがないな、という態で頷いた。

「一部屋で構わない」

「はい、ではすぐにご案内いたします」

 ランプを二つ持った宿屋の主人に案内されたのは、急な階段を登った二階にある粗末で狭い客室だった。同じような簡素な扉が四つ並んでいる。屋根裏と見紛うような天井の低さだが、三階もあるはずだから、少なくとも屋根裏ではない。

「なにぶんうちは素泊まり専門の宿でして、お金持ちの旦那様や若様が娼妓のいる高級宿に上がっていらっしゃる間に、従者の方々が仮眠と荷置き用にお使い下さるんでございます。粗末な部屋しかございませんで、まことに申し訳ないことです……」

 宿屋の主人は客室用のランプをベルノに手渡して、ぺこぺこと頭を下げながら階段を降りて行った。その後頭部を見送って、ベルノとルーはこっそり苦笑いを浮かべた。

 客室は予想通りの窮屈さで、窓は小さい。床は清潔に磨かれているが、家具と言えるものは今にもぐしゃりと崩れそうな寝台もどきが二つだけ。布団やシーツなどという気の利いたものは無い。板だ。完全に板だ。野宿よりはマシだが、ふかふかの寝台を期待していたのでがっかりした。しかも、壁際にはオブジェ代わりに魔除けの枯れた柊が掛けられていた。

「ああ、気が滅入る光景だ……」

 ベルノはうんざり顔で手近な寝台に腰を下ろした。


   †††


 目を閉じてから、どれくらい経ったのか。

 うう、とベルノはうめき声を上げた。寝苦しく、妙な胸騒ぎがする。

 ふと、動くものの気配に気付いた。

 誰かが暗がりに立っている。黒いローブを纏う、ほっそりとした人影。開け放たれた窓から差し込む月明かりを背に、そっとベルノを覗き込んでくる。紫水晶(アメジスト)の瞳がまるで内側から光を放つように薄闇の中で輝いていた。やけに白い肌だ。生気が無い。長い黒髪が幾筋か零れ落ちて、ベルノの額と頬を撫でる。暗いのに、なぜか黒髪だと確信した。涼しい香りがする。春に見た、羽ばたく蝶のような白い花。あの香りに似ている。

 冷たい手が喉にかかる。首を絞められるのかと思ったが、そうではなかった。

 読んでいる。ベルノの中にある複雑な魔力の気配……いや、何かの痕跡を。

「無い……どこにあるんだ? 君が持っているのは確実なのに……どこに隠した?」

 どうやら何かを探しているらしい。

 ああ、これは夢だ──

 思わずベルノは相手の手首を掴んだ。夢うつつで言葉を紡ぐ。

「何を探してるんだ?」

 思いがけず、舌足らずな甘ったれた調子になった。

 くすっ、と相手は笑う。掴んだ手首は細かったし、返ってきた声音は存外優しい。

「剣はどうした?」

「剣? 剣ってなんだ?」

「君が神殿から盗んだ『アルフィニアの剣』だよ。持ってるだろ?」

 ああ、持ってる──と答えたのかどうか。

 気付くと、ベルノは薄い毛布の端を握りしめて、まぬけ面で寝台に起き上がっていた。まだ夜は明けていないようだ。立てつけの悪い窓の隙間から差し込む日光は無いし、もちろん月明かりも無い。部屋の隅を見ると、店主が用意してくれたランプが心細げに灯っていた。油が切れていない。つまり、寝着いてから大して時間は経っていないという事だ。硬い板の寝台と薄過ぎる毛布のせいで、半刻程うとうとしただけで目覚めてしまったようだ。隣の寝台ではルーが気持ちよさそうな寝息を立てている。

「よく熟睡できるなぁ……」

 半ば呆れながら、寝呆けまなこをこする。

 奇妙な夢を見ていたらしい。涼しい花の香りがまだ漂っているような気がする。

 しかし、窓は閉まっていて、もちろん、黒髪の誰かなどいなかった。


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