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1番目の婚約解消⑥

「マリー! みんな、聞いてちょうだい! ーー今度の感謝祭、ルカが2人で一緒に行こうって!

セーシル公爵様が許可してくれたらしいのー!!」


 マリアナやアンジェリアに仕える他の侍女達は、ルカを御機嫌のまま帰宅させるという大仕事に無事成功した。

 やれやれーーっと、ほっと胸を撫で下ろし、各自片付けをすべく玄関口から戻ろうとしていたところで、彼女らの主人によって新たな問題が放り込まれた。

 マリアナは同情する先輩侍女の視線を感じなから、アンジェリアに向き合った。


「ーーーなるほど、感謝祭で、ございますか? ーー人混みで、ゴッタ返す街の中を、アンジェリアお嬢様が外出されると? 迷子が特別得意なアンジェリアお嬢様が?」


「もう! マリーったら! おおげさね! ーーきっと、大丈夫よ? セーシル公爵家からも、護衛を何時もよりたくさんつけてくれるって」


「当たり前です! 王国内外から人が集まる感謝祭の最中に街に出るなど!! ーー年長のタチアナ様、セライア様ですら外出を控えておいでです。コーディル公爵家としても護衛を出すべきでしょう。旦那様や奥様にもご相談しなくてはいけません! セーシル公爵嗣子様は、一体何をお考えなのか…」


「もう、そんなに心配しないで…でも、マリーごめんね? きっと、忙しくさせちゃうけど、お祭りには行ってみたいの…」


 毎日、勉強漬けのアンジェリアにとって、大好きな婚約者との街歩きは、かなり魅力的である。マリアナも平時であれば、快く賛成していたはずだ。


 感謝祭は、マリアナの言う通り、国内はもとより諸外国からの観光客も多い。それに合わせるように、ならず者も少なからずやってくるのだ。

 ガーライド王国の有力者であるコーディル公爵の末娘、アンジェリアを誘拐して金銭を要求するーーなんて事も起きかねない。


 ーーーとりあえずは、旦那様に報告ね。セーシル公爵家が全責任を取るにしても心配だわ


 マリアナはコーディル公爵のスケジュールを頭の中で思いだし、一先ず外出の話を保留とした。一緒にいた先輩侍女もそそくさと持ち場へ戻っていく。


「感謝祭の事は旦那様にご相談するとして…アンジェリアお嬢様に、カステール侯爵家よりお手紙が届いております」


 未だルカとの感謝祭の事で頭が一杯で幸せそうな表情のアンジェリアに、マリアナは先程屋敷に届いた急ぎの手紙を手渡した。

 カステール侯爵家のマチルダはアンジェリアと同い年の侯爵家の長女だ。しっかり者のマチルダとどこか抜けているアンジェリアは、子供も集まる茶会の席で仲良くなり、頻繁に互いの家を行き来していた。


「まぁ! マチルダからね!! この間、マチルダの従姉妹が王都の屋敷に来たら、一緒にお茶をしようと約束していたの! きっと、そのお誘いね!」



 ーーーーーー



 アンジェリアは自室に戻ると、マリアナの狙いどおりに、アンジェリアはルカとのお祭りについての話を一旦休止した。そして、お茶会の誘いだと期待して、鼻歌混じりにルンルン気分でマチルダからの手紙を開き始めた。


「ーーーっ!! なんてこと!!」


 マチルダからの手紙を少し読み始めたところで、アンジェリアの周りの空気がさっと変わった。不思議に思ったマリアナが振り返ると、アンジェリアは、さっきまでの明るい様子とは全く異なりは顔を青ざめて手紙を握りしめている。


「アンジェリア様? いかがなされました? マチルダ様からの、お茶会のご招待ではなかったのでしょうか?」


 マリアナの問いに、アンジェリアは涙を溜めながら無言で、先程の手紙をマリアナに受け渡した。

 どうやら、言葉にならないくらいショックな内容の手紙だったらしい。

 マリアナと先輩侍女が怪訝に思いながらも、アンジェリアから渡された手紙の内容を改めた。すると、手紙にはマチルダの従姉妹達の悲報が書かれていた。


ーーーーー


 遠方に暮らすマチルダの従姉妹達の馬車は、隣国のエステリア国を通って、ガーライド王国に入ろうとしたらしい。

 エステリア国は緑豊かな土地と温泉で有名な国だ。また、エステリア国はどの国にも中立な立場を示しており、それを利用して貿易商が国内を自由に行き来している。


 マチルダの従姉妹達も自由な往来が出来るため、エステリア国を通り抜けようとしたのだろう。

 すると、ベイガザード国の軍と思われる集団に、エステリア国を抜ける直前で馬車を囲まれ止められた。


 ベイガザード国は近年、クーデターが起こり、先の王室を皆殺しにした後、将軍の地位に居たものが新国王として即位していた。そのためか、軍部が国の中枢を担っており、昨今、軍事力をますます強化している。そして、途切れること無く周囲の国々に侵略戦争を仕掛けることを繰り返していた。

 もちろん、ベイガザード国と関わりなどマチルダの従姉妹達には全くない。名前を問われたマチルダの従姉妹達は、大国ガーライド王国のカステール侯爵の縁者だと名乗った。

 しかし、ベイガザート国の者達は、マチルダの従姉妹をエステリア国の貴族だと決めつけた。マチルダの従姉妹達は、偶然にもエステリア人に良く見られるピンクゴールドの髪色だったのだ。

 そのため、ベイガザード国の者達は、マチルダの従姉妹達一行が彼らから逃れるために嘘を言っていると考えた。そして、マチルダの従姉妹達一行を捕縛にしようと動いたそうだ。突然の暴挙にマチルダの従姉妹達も少ない同行者でなんとか抵抗したところ、侍女を1人残し、その場で皆殺しにされたという。


「どうして、このようなむごいことが…」


 マリアナが唖然として手紙から顔をあげると、アンジェリアは瞳を真っ赤にして手紙を睨んでいる。

 すると、アンジェリアの部屋の扉が静かに開き、侍女頭のバーバラが入ってきて、手紙をもったマリアナの側にやってきた。


「ーーーそれは、コーション国のせいでございましょう。ベイガザート国王がコーション国の鉱山を手にいれたいばかりに、周囲の国々を征服しようと動いてるようです」


 ーー先程、公爵様にもカステール侯爵家縁者の悲報が届きました。アンジェリアお嬢様の様子を公爵様が心配されておりますーーとバーバラは気の毒そうに悲報を知らせてきた手紙とアンジェリアを見つめた。


「コーション国の…魔法石?」


 マリアナが理解仕切れずにおうむ返しすると、アンジェリアは図書室で読んだサスティアル王国の新聞の内容を伝えた。


 エステリア国はコーション国の隣に位置している。

 恐らく中立国として名を馳せるエステリア国は、ベイガザード王国のコーション国包囲網に頷かなかったそうだ。

 そこで、ベイガザード王国は、エステリア国を従わせるために、エステリア国の貴族を人質にとろうと、軍をエステリア国側に張り付かせていた。

 そこにたまたま通りかかったカステール侯爵家の縁者を、エステリア国の貴族と誤認識し、誤って襲撃してしまったらしい。


「カステール侯爵様が、可愛い姪御様達を亡き者にされてこのまま見過ごすとは思えないですわ…そして、マチルダ様も、御従姉妹様方の訃報に心を痛めていることでしょう」


 ーー本当にお気の毒ーーと、いつもは厳しい表情をあまり崩さないバーバラが悲しそうに呟くと、とうとう涙を堪えず、アンジェリアはしくしくと泣き出してしまった。


 軍事国家で有名なベイガザート国が動き出したら、国力の決して強くはないエステリア国はもちろん、コーション国もこの先きっと危なくなってくるだろう。周囲の国々を巻き込む大戦に繋がる可能性もある。


 ーーーそれにしても!!


「マチルダの従姉妹達はまだ私と同じくらいの7、8歳だったのよ?! きっと彼女達も感謝祭、楽しみにしてたのに!? なんて酷いの?!」


 アンジェリアは理不尽で暴力的な国際状況を聞いても納得は到底出来ず、誤って殺されてしまったマチルダの従姉妹達の事を思って悲しみで胸が詰まった。





 ーーコンコンコンーー


 日もくれてきた夕方、アンジェリアの部屋を家令であるセバスチャンがコーディル公爵の伝令にやって来た。

 珍しく、静まり返ったアンジェリアの自室を見て、マチルダの従姉妹達の訃報をセバスチャンも聞いたのだろう、辛そうな表情をしている。


「アンジェリアお嬢様、旦那様が至急、執務室まで来るようにと」


「分かりました。直ぐに向かうわ」


 おそらく、カステール侯爵家の件で何か動いたに違いない。当主自ら、今後の情勢を家族に伝えるのだと直ぐにアンジェリアは理解した。


 ーーーここコーディル公爵家は、世界最強のサスティアル王国の元王女であるお母様がいる


 ーーーそれにタチアナお姉様は第一王子の婚約者候補…


 コーディル公爵家の者である限り、国際間の問題は避けて通れない。友人の従姉妹の訃報に胸を痛めながらも、アンジェリアは気持ちを奮い立たせて父親の公爵が待つ執務室に向かった。


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