1番目の婚約解消⑤
「急にお邪魔してごめんね? 王城から屋敷に帰ったら、アンジェから連絡が来てると家令に聞いたんだ。そしたら、急にとてもアンジェの顔を見たくなって。少し遅い時間になってしまったけれど、アンジェはこの後、何か用事はなかった?」
「ちょうど私も、久しぶりにルカとお茶をしたいと思って、セーシルのお屋敷に連絡をさせてもらったの。だけれど、ルカは最近忙しくて直ぐには会えないでしょう? それで、1人ぼっちのお茶が寂しくなっちゃって、代わりにマリーを誘ってたの。ね?マリー?」
「公爵令嬢が侍女見習いをお茶に誘わないでくださいませ!」
アンジェリアの言葉にマリアナが食い気味に返したが、ルカはマリアナだけに分かるように不機嫌な視線を寄越した。
「ふふ…、本当に2人は仲良しだね? アンジェには侍女見習いなんかよりも、もっと僕を気にしてほしいのにね?」
「! もう! ルカはいつも、私をからかうんだから!」
「ーーー!! (ルカ様! こちらを睨まないでくださいませ!!)」
アンジェリアはルカの鋭い視線に気がついていないが、睨まれたマリアナはたまったものではない。そそくさと、ルカにお茶とチョコレートを差し出し、部屋の隅へ避難した。
アンジェリアはマリアナの動揺に気がつきもせず、顔を赤らめながらチラチラとルカの顔を見つめていた。
ーーールカ様の嫉妬なんか冗談じゃないわ!
2人が幼い頃から、マリアナは近くで2人の様子を見てきたが、ルカのアンジェリアへの独占欲がかなり強いことを知っていた。
ーーーアンジェリアお嬢様が参加される全てのお茶会を把握していたり、コーディル公爵の避暑地まで同行して来たり…
どうしてアンジェリアお嬢様はルカ様の異常な行動に気がつかないのかしら?!
アンジェリアに外出先で他家の子息が近づこうものなら、ルカはセーシル公爵家の力を存分にふるって撃退を繰り返してきたのである。
アンジェリアが、他の貴族令息から貰った誕生日の贈り物の全ての内容さえ、ルカは把握していた。
ーーールカ様へ情報を流しているのは、奥様かセライアお嬢様か、はたまた両人か…
コーディル公爵家の次女のセライアは、長女のタチアナとは違い、自身と年齢の近いアンジェリアの事をとても可愛がっている。
アンジェリアが珍しくお茶会に行けば、セライアは心配でアンジェリアの側から離れず、アンジェリアの側にいたいルカと何かにつけて対立もしていた。そのため、アンジェリアの隣を奪い合うルカとセライア2人の、不毛な争い見かねたコーディル公爵夫人は、セライアを自身の側に置き引き連れて出歩くようになった。
そして、1人屋敷に残されたアンジェリアには自然とルカと過ごす時間が増えた。
ーーーセライアお嬢様がアンジェリアお嬢様と過ごす機会に恵まれないのは、ルカ様がセーシル公爵夫人に頼んだからではないかしら?
コーディル公爵夫人とセーシル公爵夫人は、セーシル公爵夫人がガーライド王国に嫁いで来る以前から親しくしている。ルカが自身の母親に頼んで、セライアとアンジェリアとの距離を取ろうと画策しても可笑しくはないのだ。そう、アンジェリアの様子などセーシル公爵家には筒抜けと言っても過言ではない。
「ーーー! ねぇ! マリーったら!」
「ー!! はい! お嬢様!」
マリアナが、ルカのアンジェリアへの執着とも言える愛情を振り返っていると、深い思考に入ってしまっていたらしく、アンジェリアの呼び掛けを聞き逃してしまった。
「マリー? もしかして疲れているの? 少し休んでーー」
「大丈夫です。アンジェリアお嬢様。大変失礼致しましたーーー何かーー」
「大丈夫かい? 確か名前はマリアナだっけ? ーーアンジェも言うように疲れているなら、部屋を出て休憩してきても良いんだよ?」
慌ててマリアナがアンジェリアに大丈夫だと返事をすれば、それをルカはそれをサクッと遮り、マリアナを部屋から閉め出そうとする。
ルカの天使の様な美貌で、コトンと首をかしげる仕草はとても絵画のようで美しい。しかし、マリアナを見つめる瞳だけは鋭く、とても10歳とは思えない。逆らえない程迫力があり、マリアナを威嚇しているようだった。
「ーーー、で、では、恐れながらお言葉に甘えて、少し失礼させて頂きます」
マリアナはルカの眼光に早々に白旗を上げて敗北することにした。幼い子供を2人だけにして部屋に残したからといって、問題が起こることもないと諦めたのである。
「マリー、ゆっくりしてきてちょうだいね?」
アンジェリアが心配そうにマリアナを見つめているが、ルカの目はすでにアンジェリアしか映っていない。
「ところで、アンジェ? 今度の王都の感謝祭の事なんだけどーーー」
マリアナは深い溜め息を、部屋を辞する礼で誤魔化した。そして、アンジェリアの部屋から静かに撤退をした。