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3:マーガレットは推理する

その次の日のランチタイム、マーガレット・ワトソンは食堂には行かなかった。


マーガレットはアリスの真意を確かめるため、とある男と約束を取り付けて、薔薇園の奥にある庭園の東屋に来ていた。

誰もいない静かな庭園に、小鳥の囀りと、池の鯉が跳ねる音がこだまする。

マーガレットは目を閉じて、それらに耳を澄ませながら考えた。


(…アリス、あなたは何を考えているの?)


すると、ガサッと音がした。


「来たわね」


マーガレットはゆっくりと目を開け、目の前に現れた男を見る。

その男こそ、瓶底眼鏡のキース・ダイル。アリスの婚約者だ。



「な、何でしょうか…。僕はアリス様の昼食を運ばないといけないのですが」


キースは相変わらず、おどおどとしていて挙動不審だ。

その態度にマーガレットは苛立つ。

正直なところ、キースの顔が平凡であることも特別な才能がないことも、マーガレットにはどうでもいい。

敬愛するアリスの傍に、この頼りない男が立つ事が納得できないのだ。


マーガレットは、一先ず自分の隣に座るよう促す。

キースは怯えながらも、彼女の隣に腰掛けた。


マーガレットは、ふうっと小さく息を吐き、キースを睨みつけながら問う。


「貴方が食事を運ばなかった程度のことで、彼女は怒らないわ。それは貴方もわかっているのではなくて?」

「……それは」


マーガレットの指摘に、キースは言い淀む。

やはり彼は、周囲が噂するほどの屈辱を彼女から受けてはいないようだ。


「昨日はアリスに言われたから、ランチプレートを運んでいたのでしょう」

「…何故それを知って」

「やっぱりね」


マーガレットは納得した。

昨日のアレは、彼女の指示によるものだった。


「おそらく、今の彼女の態度に関しては、貴方の名誉を守るために敢えてそうしているのよ。現に、『伯爵家を騙し、婿の座を手に入れた男』という噂は消えたわ」

「けど、『悪徳伯爵令嬢に買われた哀れな男』とは思われています」

「それでも伯爵家を騙した悪者になるよりはマシでしょう?『家を人質にとられ、従わされている哀れな男』の方が同情しやすいもの。そうする事で貴方に憐憫の目は向けられても、侮蔑の目は向けられなくなるはずよ」

「それがわかっているのなら、そもそも強引に婚約などしなければ良かったのに…。僕はこの婚約には納得していません…」

「私だって納得していないわ」


アリスと到底釣り合わないくせに、彼女に選ばれたことに不満があるような言い草だ。

マーガレットは彼をまた、睨みつけた。


「何か理由があるのよ。彼女は聡いわ。そしてとても優しい女性なの」

「や、優しい?」


当然のようにそう言うマーガレットに、キースは困惑の表情を浮かべていた。

優しい人間が男を金で買うものか、とキースは思う。

確かに周りが噂しているほどの悪女ではないが、かと言って強引な手を使った彼女を『優しい』などという評価を彼ができるはずもない。


しかし、それはマーガレットには伝わらない。


「話して。彼女との間に何があったのか」


マーガレットは彼女の真意を探ろうと、キースに詰め寄る。

その目は彼をしっかりと見据え、その声はとても低く重く、東屋に響いた。

暫しの沈黙。池の水の音だけが庭園にこだまする。

キースは目の前のマーガレットの迫力に気圧され、相変わらずの辿々しい口調で話し出した。


「そ、そうは言われても、僕は本当に何も知らないんですよ」

「知らないわけないでしょう。自分の婚約のことよ?」

「でも、本当に知らないんです。ひと月前、突然父からアリス様との婚約を告げられて、その日のうちに伯爵邸へ行けと言われまして…」

「…伯爵邸に?」

「は、はい。結婚前に伯爵邸に居住を移すことが、婚約の条件の一つだそうで…」



マーガレットは顔をしかめる。

婚約段階で相手の家に住むなど聞いたことがない。

婚姻前に一線を超えてしまうのは、宗教的な観点から見てもあまり好ましいとは言えないからだ。

ルーグ伯爵が娘の醜聞に繋がる事をするとは思えない。

この特別な措置にマーガレットは、やはりこの婚約は特別な事情があったのだと確信した。


「それ以外に婚約の条件は?」


マーガレットはさらに詰め寄る。


「伯爵家の、我が家の稼業への融資も条件に有ったかと…」


男爵家は最近、羽振りが良くなったと聞く。おそらくかなりな金額を融資してもらったのだろう。

確かに、実家の支援を条件にキースを買ったことは本当のようだ。


「それは聞いてる。それ以外よ」

「特になにも…父から、今後一切男爵家に関わるな、とは言われましたが。それが伯爵家との契約だったかどうかまでは…」


マーガレットは顎に手を当てて考え込んだ。

彼女が何故この男を買ったのか、その本当の理由を。


(…アリスは、優しくて聡い)


これらの情報と彼女の性格を踏まえて、彼女の真意を推測する。

すると、アリスが『瓶底眼鏡の何も持たない男』を金で買う理由など自ずと見えてくる。


ハッと何かに気がついたような顔をしたマーガレットは、ゆっくりと、確かめるようにキースに尋ねる。


「貴方、もしかして男爵家でひどい扱いを受けていたのではない?」

「な、何故そのことを」


キースはわかりやすく焦る。

マーガレットは小さく「やっぱり」と呟いた。


キース曰く、彼は男爵の子ではあるが男爵の奥方の子ではないらしい。

キースの母親は市井の女で、女手ひとつで彼を育てていたが、ある時病に倒れ、そのまま儚くなったという。

その後、男爵は母親の親戚を名乗り、キースを引き取った。

男爵家は彼を家族として受け入れて、とても良くしてくれたらしい。

しかし奥方が真実を知ってしまってから、彼女は必要以上ににキースにキツくあたるようになった。また、彼の兄もキースを穢らわしい物でも見るような目つきで彼に接するようになった。

故に数年前からキースは男爵家で、使用人以下の扱いを受けている。

食事は満足に与えられず、寝床は使用人用の小さな部屋。そして、 使用人に混ざり食事の用意や洗濯をこなす日々。

また、男爵もそれを知りながらいて見ぬふりをしているそうだ。


「どうりで…。だから、何だかもさっりとしているのね」

「もさっりとしているのは毛質の問題かと…」


マーガレットはもさっとした彼の頭をまじまじと見る。


「髪を切れば少しはマシになるでしょうに」

「…目が気持ち悪いと兄に言われたもので…」


キースは癖のある前髪を触り、目を隠しながら言う。


「だから、そんなに分厚いメガネをしているの?」

「… いえ、眼鏡は目が悪いからです」


マジマジと顔を見てくるマーガレットに、キースは気恥ずかしくなり、顔を右斜め下に向けて少し後ずさる。



「この事実、彼女に話したことは?」

「ありません。学園で顔を合わせることはあっても会話など恐れ多くて」

「それもそうか…」


アリスはその能力の高さから遠巻きにされがちだが、皆、彼女に憧れている。

キースのような男が話しかけるなど烏滸がましいこの上ないのだ。


キースは彼女と自分はどこかで繋がりがあったか、過去を探る。

すると、「あっ」と何かを思い出したような声を出した。


「…そういえば、二ヶ月ほど前にルーグ伯爵が我が家へ来られた際に、彼女も見かけたように思います。もちろん会話なんてしていませんが…」

「それだわ!」


突然立ち上がり、食い気味に叫ぶマーガレット。


(きっとその時、アリスはキースの事情を知ってしまったのよ!)


一人盛り上がるマーガレットに、キースは怪訝な顔をする。

しかしマーガレットは止まらない。


優しいアリスは、可哀想なキースそのままにしておくことができず、父である伯爵に無理を言って彼を買った。

マーガレットの時のように、本人に悟られぬよう。

本人が()()()()()と感じて惨めにないよう、巧妙に。


これがマーガレットが導き出した答えだった。


(…アリス、貴方って人は)


マーガレットはうな垂れるように、またベンチに腰掛けた。

答えを知ってしまうと、マーガレットは複雑な心境だった。

彼女の優しさは素晴らしいが、そのせいで彼女は求めてもいない男と結婚するのだから。



今度は隣で苦々しい顔をするマーガレットに困惑しながらも、キースは徐に口を開いた。


「マ、マーガレットさん。アリス様は一体何をお考えなのでしょうか?僕がこの婚約に納得できないのは、申し訳なくて心が押しつぶされそうだからです。」

「…申し訳ない?」


弱々しく語るキース。


「僕は妾腹ではありますが、微小ながら魔力はあったので、このアカデミーへの入学は許されました。しかし、僕には何の才能もありません。実家ではまるで僕が存在していないかのような扱いでした。だから、本当なら、アリス様の夫となるにふさわしい男ではないのです」

「貴方がアリスにふさわしくないなんて、皆が知っていることよ」

「だから…なかった事にしてもらえないかと思っているのです…」


マーガレットの眉がピクッと動く。


「貴方はアリスとの婚約が無くなれば、自分はどうなると思うの?」

「だ、男爵家に戻る事になるかと…」

「なぜ今、貴方が伯爵家で生活を送っていると思っているの?」

「えっと…こ、婚約したからでは…?」


察しの悪いキースに、マーガレットは苛立つ。

おそらく、アリスは『キースを救うために婚約した』という事実を彼に知られたくない。

だが、マーガレットはそれを理解しながらも、彼女の優しさを無碍にするようなことを言うキースに、どうしようもなく腹を立ててしまう。

だから、彼女の真意に気づくよう誘導する。


「…伯爵家での暮らしはどう?」

「あ、皆さんとても優しくて…僕なんかのために、美味しい料理を出してくれて…」

「ふかふかのベッドで、清潔なシーツで寝れるものね」

「はい、実家とは比べものにならないほど…。え?」


キースは何かに気づいた。


「あ…あの、ひょっとして…僕は、アリスさんに助けられたのでしょうか?」


首を傾げながら、キョトンとして言うキース。

マーガレットはまた勢いよく立ち上がり、すうっと息を吸とた。そして、キースに向かって勢いよく吐き出す。


「そうよ!!あなたはアリスによって掬い上げられたのよ!」


いきなり怒鳴られたキースは驚き、頭を守るようにして縮こまる。

その反応は、虐待を受けていた彼の数年間を表すもの。

しかしマーガレットは気がつかない。


「でもだからって、アリスを貴方と同じところまで落とすなんて、私は絶対許さないわ!」

「…お、落とすなんて」

「落としているじゃない!貴方がそんなおどおどした態度の瓶底眼鏡男だから、アリスは悪役を演じて、貴方にやっかみがいかないように気を配っているのよ!?」


彼女の迫力にキースは気圧され、怯えた目で彼女を見る。

マーガレットはそんな彼を睨みつけ、言い放つ。


「アリスの優しさを無碍にする事は許さないわ。相応しくないと思うのなら、相応しくなるように努力なさい!魔法の才はどうにもならなくとも、それ以外はどうとでもなるのよ!身なりに気を使い、背筋を伸ばし堂々と振る舞うだけでも雰囲気は大きく変わるわ!」


勢いよく言い切ったマーガレットは、怒りで顔を赤くし、肩で息をする。

マーガレットの言い分を理解しながらも、体を守るように縮こまり、怯えた。

二人とも押し黙る。

重い空気が二人の間に流れた。


その重い沈黙を、ガサッという音が破る。


「誰!?」


マーガレットは周囲を警戒した。


「こんな所で人の婚約者と逢引なんて、淑女としては如何なものかしら?」


聞き覚えのある透き通った声。

そこにはマーガレットが敬愛する、アリス・ルーグの姿があった。

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