2:マーガレットは納得しない
翌日のランチタイム。アリス・ルーグは食堂にいた。
その日の食堂は、『王の寵臣ルーグ伯爵の娘アリスが婚約者を奴隷のように扱っているらしい』という噂で持ちきりだった。
いつの間にか盛大に尾鰭のついた噂は、僅か1日でアカデミー中に広がった。
故に、昨日以上に、皆がアリスを遠巻きにする。
皆が金で男を買い、権力で従わせる悪役令嬢の存在に畏怖の目を向ける。
つい先日、その噂が出てくる前までは皆、アリスを完璧令嬢と持て囃していたのに。
どこに居ても同じ、と判断したアリスはテラスには出ず、食堂の中にいた。
相変わらずの嫌な空気に包まれた食堂で、相変わらず不躾な視線がアリスに送られる。
そんな中でも、アリスと相席するマーガレット。
昨日、騒ぎを大きくしてしまったことを気にしている面もあるだろうが、彼女はそれ以上に友人思いなのだ。
友人が針のむしろに座らされるのなら、自分も同じくそこに座る、そんな女性。
複雑そうな顔をして俯くマーガレットに対し、アリスは優しく言う。
「マーガレット、あなたも居心地が悪いのではなくて?別に私に気を使って一緒にいてくれなくとも良いのよ?」
「別に、気を遣っている訳ではないわ」
「そう?なら良いけれど」
そうは見えない彼女の姿に、アリスは困ったように笑った。
マーガレットは覚悟を決めたように、すうっと息を吸うと、顔を上げた。
そして昨日とは違い、鋭い目線でアリスを見据える。
「私はまだ納得していないわ」
「貴女が納得してもしなくても、何も変わらないのだけれど」
「そうだけど、それの事じゃない」
「じゃあ、どれの事?」
「アリスが彼を奴隷のように扱っているという噂よ。そんな噂が蔓延るなんて納得できない」
「噂を信じるかどうかは貴女の自由だけれど、もう少し現実を見た方が良いわ。マーガレット」
アリスがそう言うと、タイミングよくキースが彼女のランチプレートを運んできた。
マーガレットは、俯いてよく見えないはずの彼の顔が、どこか怯えたような表情をしている気がした。
「ありがとう、キース。もう下がって結構よ。貴方もどうぞそちらで召し上がって?」
「…失礼、します」
キースは彼女に頭を下げると、言われた通りに側の席で食事を取り始める。
マーガレットは、使用人のように彼女に使われるキースを見て、険しい顔をした。
「アリス、貴女はそんな人間ではないはずよ」
「私は元々こんな人間よ?」
「どうして悪ぶっているの」
「悪ぶってなどいないわ」
「何か理由があるんでしょう?」
「そんなものないわ」
聴き分けようとしない彼女に、アリスは少し苛立つ。
だから、尊大な態度で事実を告げる。
「アレは私のモノよ。私がお金で買ったの」
「そうかもしれないけど」
「ならば、私のモノに私の世話をさせるのは不思議なことではないでしょう?」
「アリス!」
マーガレットは声を荒げた。
周囲からは、ヒソヒソとアリスを非難する声が聞こえる。
彼女はその声に、悔しそうに唇を噛み締め、スカートを強く握った。
「私は認めないわ」
「だから、認めるも何も貴女がどう言おうと…」
「アリスはそんな人間ではないわ」
マーガレットはアリスの言葉に被せるように言う。
「私の何を知っていると言うのかしら」
対するアリスは嘲笑うように言う。
その表情は、まるで昔見た演劇の悪役令嬢そのものだった。
しかし、マーガレットは引かない。
「全部は知らないわ。けれど私は、アリスが『私を助けてくれたこと』くらいちゃんと知っている」
そう言うと、マーガレットは悔しそうな顔をして立ち上がり、そのまま早めにランチタイムを切り上げた。
去ってゆく彼女の背中を見つめ、アリスは自嘲めいた笑みを浮かべた。
マーガレットがアリスに傾倒しているのは、容姿が美しいからではない。
アリスほどではないが、なまじ容姿の良い彼女はそれを理由に過去、身分の上の令嬢たちから酷いいじめを受けていた。
その場面を目撃したアリスに助けられたのだ。
アリスは最短で、相手に有無を言わさぬやり方で、いじめっ子令嬢たちを黙らせた。それもマーガレットが知らないところで。
彼女がアリスのしたことに気づいたのは、いじめがいつの間にか終わってから半年が経った頃だった。
(……アリスはそんな人間ではない。強引なところはあるけど、優しい人よ)