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パーキングエリアにいた少女

作者: 皐月


 トラックドライバーをして二十年になる。

 昨今では長距離ドライバーの高齢化や、ネット通販の拡大化による人手不足などが重なり貧乏暇なしの状況だ。

 その日も俺は深夜の高速道路を走っていた。

 時刻は二時過ぎ。

 ここのところ特に忙しかったせいか急激に眠気が襲ってきた。こんな時に無理して走り続けるとろくなことにならない。

 俺は最寄りのパーキングエリアにトラックを乗り入れた。


 そこは観光名所などにもなる巨大サービスエリアとは対極のようなところで、駐車スペースも大型、小型車両合わせて二十台ほどしかない。

 施設もトイレと自動販売機があるだけだった。

 もっとも仮眠を取るには十分だし、かえって静かでいい。


 俺はトラックから降りると、まずは用を足しにトイレへ行くことにした。

 静まりかえる駐車場を足早に横切っている時にそれに気づいて足を止めた。

 自販機の横にあるベンチ。そこに白いワンピースを着た少女が座っていたのだ。

 七、八歳だろうか。何をするでもなくただそこにじっと座っている。

 俺は駐車場を見回した。


 人影は見えないが奥の方に白い乗用車が一台だけ停まっている。

 必然的にあれが少女の乗ってきた車だろう。親がトイレから出てくるのを待っているのかもしれない。

 不用心だなと思ったが、考えたら俺が来るまでは他に人はいなかったのだし、こんな寂れたパーキングエリアにそうそう停まる車もないだろう。

 俺は再び歩き出すとトイレへと向かった。


 男子トイレへ入ると体感センサーが反応して自動で電気がついた。最近では節電のためにこうしたものが一般的になっている。

 四つ並んだ小便器の一番手前で用を足すと外へと出た。少女はあいかわらず身じろぎひとつせずベンチに座っている。

 俺は自販機の前まで行って、少し迷ってから声をかけた。


「お嬢ちゃん、こんばんわ」


 少女はわずかに首を動かしてこちらを見た。

 よかった。すくなくとも生きてはいるらしい。


「何か飲むかい? 奢ってあげるよ」


 ふるふると小さく首を振ってこたえる。

 まあそうだろう。昔と違って今では知らない人間に話しかけられても返事をするなと教えている。ましてや物を貰うなんてありえないはずだ。

 世知辛い世の中だなと思いながら、俺もそれ以上無理強いはしなかった。

 自分が飲む用にコーヒーを買う。

 もちろんこれから仮眠を取るつもりだからすぐには飲まない。目が覚めてからのものだ。

 そのままトラックに戻ろうとしたが最後にもうひとつだけ聞いてみた。


「誰か待っているのかい?」

「……お父さん」


 やっぱり親を待っていたらしい。そして普通に会話ができたことに安堵した。

 少女はどうみても物の怪のたぐいではない。


「風邪をひかないようにな」


 夏とはいえ夜の屋外は冷える。

 俺はそれだけ言うとトラックへと戻った。



 スマホのアラームを十五分後にセットする。

 ほんの僅かな時間だがこれだけでもだいぶ違う。むしろ何時間も眠るよりも頭がすっきりすることを経験でわかっていた。

 腕を組んで目を閉じる。

 だがいつもならすぐにでも眠りに落ちるはずが、今日はなかなか眠れなかった。

 何かが気になっていたのだ。

 何をだろう?

 眠ろうとしても、それを考えて頭が冴えてしまった。


 その時、高速道路をトラックが走り抜けた。

 ヘッドライトの光が目を閉じている俺にも感じられ、瞼の裏に強烈な明かりの残像が残る。

 俺は飛び起きた。

 何が気になっていたかがわかったのだ。

 さっき俺がトイレに入った時に電気は自動でついた。


 つまり、()()()()()()()()()()ということだ。


 だが少女は父親を待っていると言った。母親をではない。

 では少女の父親はどこにいたのだ?


 俺はトラックを降りた。

 だがベンチに少女の姿はない。

 そのまま歩いてベンチ前まで来たが周囲に少女の気配はなかった。

 俺はトイレへと入ってみる。

 再び自動で電気がつく。

 中を見回すが誰もいない。二つある個室の扉も開いたままだった。


 俺は外へ出て少し迷ってから女子トイレにも入ってみた。こちらも自動で電気がつく。

 中には個室が五つ。その扉はすべて開いていて少女はもちろん、誰の姿もなかった。

 外へ出てパーキングエリア全体を見回す。

 目につくのは奥に停まっている白い乗用車だけだ。

 少女はあれに戻っただけなのだろうか?


 そう考えると、俺の早とちりだった気もする。

 少女は父親のトイレを待っているとは言わなかった。俺の「誰か待っているのかい?」という問いに「……お父さん」と答えただけだ。

 あれは父親が車で仮眠を取っていて、目が覚めるのを待っているという意味だったのかもしれない。

 それを確認するのは簡単だ。

 俺は乗用車へと向かって歩を進めた。


 それは型こそ古いが、国産大手メーカーのありふれた車種だった。

 エンジンはかかっておらず、車内は暗くてこの距離からでは中の様子は見えない。

 俺は足を速めて車の隣に立った。

 そして身を屈めて中を覗く。

 

 中には誰もいなかった。


 運転席にも、助手席にも、後部座席にもだ。

 あらためて乗用車を観察すると気づいたことがある。

 車体はもちろんフロントグラスにまで埃がびっしりと付いていて、これでは運転するのに視界がきかない。

 この車には明らかに長い間動かしていない形跡があった。


 背筋に冷たいものが走った。

 俺は慌ててトラックに戻ると、急いでトラックを発進させる。

 しばらく運転に集中しているとなんとか落ち着いてきた。

 さっき買ったコーヒーを飲もうとドリンクホルダーに手を伸ばすが、そこにあるはずの缶がない。

 助手席に放ったのだったかと、横を向くとそこにあの少女が座っていた。


 俺は驚いて思わずブレーキを踏んだがペダルが下がらない。何かが突っかかっているのだ。

 タイミングの悪いことにカーブに差し掛かっている。俺は咄嗟にエンジンブレーキでなんとかスピードを落とした。

 ほっとして再び隣を見たがそこには誰もいなかった。


 ブレーキペダルの下には缶コーヒーがあった。偶然なのかそれとも……。

 その後、あのパーキングエリアには寄らないようにしている。

 仮眠をとる時もなるべく大きなサービスエリアを使うようになった。その気持ちはわかってくれると思う。



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