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Ⅱ-Ⅵ 頑張れ ①


「で、どうだった?」


 会議室に戻った俺に対して柊木さんが尋ねてくる。

 こちらに向ける顔は、平静を装っているけれど、どこか不安げな表情に見えた。


「碧依、黒川さんと組むってさ。もうこっちには戻ってくる気はなさそうだ」


「そう」


 少し残念そうに柊木さんはパソコンへ向かいなおす。


「気を悪くしちゃったでしょ。ごめんね」


 すると、柊木さんがトーンを落とした声で俺にそう言ってきた。

 そしてこちらを向いて軽く微笑む。

 明日は槍でも降るかもしれない――、なんて思うのは彼女に失礼か。

 多分俺が居なくなっていた数分の間に、彼女の中では何か思うことがあったのかもしれない。反省だったのか、後悔だったのか。それは俺にも分からないけれど。


「柊木さん……」


 謝る相手が違うよ。それは碧依に向けて言ってあげないとダメだろ。

 そんな言葉が喉から出かけて止まる。

 ここで柊木さんを、柊さんの言葉を否定してしまったら、彼女はまた心を閉ざしてしまう気がしたからだ。せっかく彼女の素直な心を俺に向けてくれたのに。

 だから俺は顔をブンブンと振り、よしっ、と心を決めた。


「しおたん」


 俺は、幼少期のあだ名で彼女を呼んだ。


「なっ!」


 急にそう呼ばれて柊木さんは動揺した表情で反応する。


「なんで急にその名前で呼ぶのよ」


「そっちの方がしおたんのこと聞きやすいから」


 そして彼女の隣の椅子へ腰を掛けた。


「俺今気づいた。仕事云々の前に、俺自身がしおたんと会話とか意思疎通とか、そういうことが全然できてなかったなって」


 碧依のことは、俺の家に泊まったり一緒に旅行したり、色々経て、考え方とか、思ってることとかが昔と変わらないなということを知ることができた。

 だけど柊木さんはどうだろう。

 一緒に商業施設へは遊びに行った。それこそ荷物持ちとしてだけど、少なくとも一日ずっと一緒だった。

 だけど俺から聞いたのは灰本のための情報だけ。決して俺が彼女のことをもっと知りたいと思ってやった行動ではなかったんだ。


「だからって訳じゃないけど、とりあえずこの間の話の続きがしたいんだ。ほら尻切れトンボみたいに途中で終わっちゃったからさ」


「い、今は仕事中だから……」


 彼女は少し顔を赤くしながらそう拒否する。


「業務を円滑に進めるためのコミュニケーションも仕事のうちだと思うぜ」


「コミュニケーションなんて必要ないわよ」


「だから碧依が離れていってしまったんだろうな」


「ぐぬぬ」


 言ったろ、元営業部のエースに口で勝とうなんて笑止千万だって。


「聞かせてくれよ。じゃないと俺も離れていっちゃうぞ」


「す、好きにすればいいじゃない。どうせ碧依の方に行きたいと思ってるんでしょ。こんな口の悪い性悪女のことなんて放っておけば?」


 すると、今度は子供みたいに拗ねた口調で俺につっかかってきた。

 でも、何だか可愛いなと思わず笑みがこぼれる。


「んなことできるかよ。冗談に決まってるだろ。それに、しおたんが優しい子だってのは知ってるからな」


 そう言って、ポンポンと頭を撫でる。

 すると柊木さんは真っ赤になり、声にならないような呻き声をあげながら俺の胸をポカポカと殴ってきた。

 うん、全く痛くない。力が入ってないんだろうな。


「何が、『知ってるからな』よ。忘れてたくせに」


「失敬な。正しくは気付かなかった、だ」


「どっちも似たようなもんでしょうが」


 柊木さんからするどい突っ込みが入る。

 うん、まぁ、それはおっしゃる通り。


「ホント、卑怯な言い方……」 


 すると、彼女は殴るのをやめ、ポツリとそうこぼした。

 卑怯か。こう言ったら柊木さんは折れてくれるかもと思って言ってるから、その通りなのかもしれない。


「かもしれないけど、本当のことだから」


「……」


 その一言で柊木さんが何も言わなくなる。

 

 そしてしばらくの沈黙の後、柊木さんが少し潤んだ瞳で俺を見上げた。


「信じていいのね?」


 そうつぶやく彼女の瞳は不安で揺らいでいた。


「当たり前だろ」


 だから力強い言葉で返す。大丈夫だという意味を込めて。

 瞬間、彼女は目を閉じる。そして再び開けた時、そこにあったのは確固たる意志。小さな炎のように俺は感じた。


()()。昔話をしてもいい?」


 柊木さんは昔のように俺の名前を呼ぶ。


「ああ」


 俺は短く言葉を返した。

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