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Ⅰ-Ⅴ 二日目の朝と柊木さん ②


 気付くと俺は食堂の椅子に座らされていた。

 ちなみに食堂は会社のビルの5階にある。

 柊木さんはというと、食堂にある自販機で何かを購入していた。

 そして飲み物を手に不機嫌な顔でこちらへ歩み寄ると、ポイッとそれを投げてこちらに寄越す。


「これで手打ちよ」


 俺はその言葉の意味が分からず、投げられた飲み物を見る。

 暑い時期にはありがたいぐらいキンキンに冷えた、ブラックの缶コーヒーだった。


「あの……。手打ちとは?」


「くっ、昨日のことよっ!」


 彼女は顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。

 昨日のこと、昨日のこと……。やばい、可愛い碧依しか浮かばない俺は病気でしょうか?


「えっと、いまいちピンとこないんですが」


「だーかーらーっ! 昨日の私の痴態を忘れなさいと言っているの!」


 昨日の痴態……、あー、あれね。

 酔っぱらって変な絡みをしてきたあれか。

 でも痴態っていうほどか?


「人生の汚点だわ。こいつにあんな姿を見られてしまうなんて……」


 柊さんは今にも死にたそうな顔でうつむいている。

 そこまで気にするほどかねぇ。

 はぁ、と俺は一息ため息をつくと、コーヒーを開けた。


「まぁ、柊木さんがそう言うんなら俺はそうするけど。ただ、そこまで恥ずかしがることじゃないと思うけどなぁ。可愛かったし」


 俺は一口コーヒーを口にする。ほろ苦い風味が口の中に広がり、頭が少しスッキリとしていく感覚になる。


「か、可愛いって! あんたはまたそうやって私を!」


 再び彼女は顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。

 ほのかに涙目になっている彼女に心を奪われそうになった。

 柊木さんってよく見なくても愛らしい顔をしているから、こんな表情を見せられると男としてはドキッとしてしまうのは仕方ないよね。


 スーッ。


「はっ!?」


 何やら冷たいものを感じて後ろを振り返る。

 が、そこには誰も居ない。それもそうか。何を気にしているんだ。変な汗をかいてしまったので、コーヒーを一口飲んで水分補給をしておこう。

 そう思い、俺は手に持っている水分を口に流し込んだ。


「初めて会った時もそうやって私を馬鹿にしたわよねっ!」


「へっ!?」


 思わず口から吹き出しそうになる。

 初めて会ったって昨日だろ?碧依とのやり取りを指摘されたぐらいで、別に馬鹿にした記憶はないんだけど。


「忘れたとは言わせないわよっ! 私の心はズタズタだったんだからっ!」


「えっと。それだと――。いや、なんでもないです」


 俺を好きだということになりまんせかと聞こうとして慌てて言葉を飲み込む。

 絶対にそれはない。が、あの碧依とのやり取りで心がズタズタなのだとしたら、それ故に、イチャイチャしやがってこの野郎と間に入ってきたのだとしたら、そうとしか考えらない。

 しかし、直接聞いたところで否定されて殴られる未来しか見えないので、やはり飲み込んで正解かもしれない。


「初めて会った時と、それから昨日も子供扱いしたわよね。アンタ本当に私を何だと思ってるのよ!」


 ん?


「まったく、碧依もこんな奴のどこが――」


 俺は柊木さんの肩をガシッと掴んだ。


「いたっ! ってなにす――」


「え、初めて会った時って昨日じゃなくて!?」


 そうだ、今柊木さんは昨日が2回目みたいな言い方をした。

 じゃあ初めて会ったのはいつだ!? やばい全然思い出せん。


「なんで昨日なのよ。ったく私たちが初めてあったのは――」


 彼女がそう言いかけてたところで、始業のチャイムが鳴り響く。

 時計を見ると、短い針は9の数字を指し示していた。


「ヤバッ! と、とにかく、これで昨日のことはチャラだからねっ!」


 柊木さんはプリプリと怒りながら小走りでエレベーターの方へ向かっていた。


「ちょっ」


 俺は引き留めようとするも彼女には届かなかったようで、既にエレベーターで行ってしまった後だった。

 んー、昨日が初めてではないとなるといつだ。

 俺が個人的に彼女を知ったのは新人研修の時だけど、あの時は別に喋った記憶ないしなー。

 俺は頭を掻きながらコーヒーをすべて飲み切ると、自動販売機の横のゴミ箱へ捨て、彼女の後を追いかけた。



「やぁ、佐和君。二日目から遅刻とはいい度胸じゃあないかい?」


 戻った俺を待ち受けていたのは、笑顔だが明らかに怒っている部長と、般若のオーラを纏う碧依、ほわほわ笑顔でこちらに手を振る瀬戸さんに、こちらに向かってベーっと舌を出している柊木さんだった。

 そして部長の言葉を聞いて俺はハッとする。やべぇ、ここに来た時に出勤記録表に押印するの忘れてた。


「ち、違うんですっ」


「ほう、何が違うというのかなあ!?」


「ほらっ、碧依は俺がもう来てたのを知ってるよな?」


「おはよう、涼太君。昨日は飲みすぎちゃったのかな?」


 涼しい顔でそう返してくる碧依。どうやら俺を援護する気はないらしい。


「柊木さん!? さっきまで食堂で話してたよね?」


「あー、頭痛いー、何も聞こえないー」


 柊木さんはここぞとばかりに頭を抱えて机に突っ伏す。てめぇ、さっきまで俺と普通に会話してただろ。


「さて、もういいかな?」


 部長が笑顔でゆらゆらとこちらに近づいてくる。


「えっ、えっ!?」


「仕事の前に、君には社会人としての基礎を教え込まないといけないみたいだねえ」


 部長はガシッと俺の肩を掴むと、部屋の出口へ引きずっていった。

 デジャブってやつ? 数分前にも同じようなことがあったよなー。


「他の皆は仕事を始めていてくれ」


「「「はーい」」」


 そうやって全員が普通に仕事を始めるのを引きずられながら俺は見ていた。

 そして俺は改めて思う。


 この部署でやっていく自信ないわー、と。


 その日、とあるビルの8階におぞましい叫び声が響いたとか、響かなかったとか。まぁ、どうでもいい話。

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