コチノクボと思う壺 その10
「最後の質問だ。」
イマイズミは息を飲み込むと話し始める。
「お前はここまでの質問に真実だけを答えていたか。教えてくれ。」
足を崩した格好で座るレギンは膝に肘を立てて頬杖を突く。沈黙が流れる。イマイズミは筆を走らせ、自身の仕事を終える。
蓋が閉じたその時、沈黙を守っていたレギンはその表情に笑みを作る。イマイズミを捉えたまま見開いた眼には、悪知恵を思いついた子供のような輝きがある。
「未来が分かると言ったな。」
「貴様は未来を読み、このレギンが言う答えを当てるってことだよな。」
イマイズミは身を震わせる。レギンは未来を読めるというハッタリを利用してこの思う壺を根底から否定しようとしている。まずい。
心臓が早く脈打つ。しかし、引いた血の気が戻る気配もない。
「この質問に答える形式であれば、どんな未来も読めるんだよなぁ!」
「それは無効だ。ルール違反という奴だ。そんな不正は通らない。」
まずい、どうにかしないと。焦るイマイズミはレギンの鋭い目付きがむき出しの刃物の様に感じられた。
「いいですよお。レギン。思ったことを言いなさい。」
神仔様と呼ばれるローブの人物は祭壇からレギンに声をかける。やばい、こいつの決定がこのままレギンの意思となる。この状況を打開しなければ。
「まて、そんなことはできな…」
イマイズミは立ち上がり、ローブの人物に詰め寄ろうとする。しかし、レギンという障害は高く、厚い壁であった。イマイズミの前に立ちふさがって、びくともしない。障壁を前にイマイズミは声を発することもできなかった。
「本当に未来が読めるというのならあ、レギンが何を言うかをわかって当然。それとも、なにか不都合な事でもあるんですかねえ。」
「おい、だったら、
「黙れ!!」
レギンの声がこだまする。その大きさと迫力に思わずイマイズミは腰を抜かし、ペタッと床に尻を付いた。
「神仔様がお決めになったのだ。質問にどう答えても良いと。貴様がどうこうと口を挟む余地はないのだ。」
ここで折れたらまずい。なんでもいい。ゴネてでも、流れを引き戻さなくては。
しかし、体がいうことを聞かない。イマイズミの心中は死への恐怖に支配されていた。どうしようもないほどの精神圧迫に身も震えだしていた。
残酷にも話は進む。
「その質問には、そうだな、この部屋にいる男の娘の名前を答えることにしよう。答えはクラオス・ノウだ。」
クラオス…。それに反応したのは扉の前の兵士ではなく、集められた創造主候補の人間だった。この部屋に入って初めて話しかけてきた男。ラオと名乗ったその男は背負っているバッグを降ろし、イマイズミに近づく。
「どうも、嘘ついてごめんね。僕は勃象能力でこの部屋を作った。」
もう一度、部屋が揺れる。すると、イマイズミが腰を下ろした床から石がせり上がってくる。ただの石じゃない。真ん中がスプーンで削ったようにくぼんでいて、人間1人が座れる空間がある。
突然現れた石に座らされる奇妙さ。イマイズミは冷や汗を流す。
「詳しい事は言わないが、石と土に能力を吹き込んで自由に工作する勃象だ。」
創造主候補に紛れていた男の娘は一人ではなかったのだ。
「クラオス・ノウ、石造りのノウで通ってる。以後よろしく。」
イマイズミの心臓の鼓動は早くなっていく。イマイズミは予想だにしなかった展開に表情を保つのが精いっぱいだった。
椅子に座るイマイズミを見下ろすレギンは高らかに言う。
「さあ!終わらせようか、この思う壺を!答えを確認させてもらう!」
このまま答え合わせを行うことでとどめを刺すのだ。
レギンは思う。さて、こいつの恐怖におののく顔はどうなっていくのだろうか。どんな顔をして自分の行動を悔いていくのだろうか。と
しかし、イマイズミのひきつった表情は徐々に口角を上げていく。
「へへ…その前に。答えの確認だけさせてくれ。途中で変えられたら困るからな。」
トランプはわかった。イマイズミはまだ勝負を投げ出していないことを。いや、それどころか、勝利を確信している。
とてつもない流れが、勢いが、静かにしかし確実に迫っている。




