コチノクボと思う壺 その9
まず、イマイズミは壺と筆記具、紙を調べた。
壺は大体50cmくらいの大きさ。特に何の仕掛けもないように思われる。
筆記具はチョークのような質感で黒色。鉛筆の鉛だけが取り出せたような感じで、それを掴んだ指に黒の汚れが付いた。デッサンの時に使うのと同じパステルという名前らしい。
紙はざらざらで目が粗く、少し黄色がかった白色。パステルであっても文字は書けるだろう。
レギンとローブの人物もこの一式を調べた。両者とも何かを仕掛けたような素振りは見せなかった。
イマイズミとレギンは壺を挟んで向き合って座る。壺が死角となってレギンにはイマイズミの手元が見えないようになっている。
「じゃあ、始める。まず一問目だ。」
「この建物にいる男の娘は何人だ。答えを思い浮かべてくれ。」
レギンはああ、と返事をした。その顔には目の前の男に対する警戒心が伺える。イマイズミは、それにかまわず筆を進める。
「書けた。では、1問目の答えをこの壺の中に入れる。」
イマイズミの紙は壺の中の闇へと吸い込まれる。蓋を占めた壺の中であっては、もうイマイズミが干渉する術はない。
壺が閉じられ、イマイズミが手を両足の上に置くのを見届けてから、レギンは口を開く。
「この答えはあえて言うなら4人だ。神仔様と私、部屋を作る術者。そして…ラルハ、起きてみなさい。」
目線の先には、首を折られた男がいる。その男は何事もなかったかのように起き上がると、首を反対の方向に回し、正常な位置へと戻した。
「いんや~、どうも。ラルハっていう男の娘でございますよ。」
先ほどの話し方とは違う飄々とした口調。少し崩れた髪を整えると、大きく伸びをする。
「なるほど。能力者は負傷させた方ではなく、負傷させられた方だったという事ね。」
トランプは自分の発想が至らなかった事を少し後悔する。
「あんたらにハッパかけるために紛れ込んでたんよ。まぁ、ひとつよしなに。」
1問目の答えは4人。イマイズミはわかっていたようにこくこくと頷く。
「2問目の質問だ。お前の勃象について教えろ。」
レギンの顔が少し強ばる。刃物のような鋭い目線でイマイズミをにらむ。
「貴様…勃象の秘密を明かすことは男の娘にとってどれほどの事かをわかって聞いているのか。」
「わかっているさ。勃象能力を知られることは弱点をさらすこと。今日だけで、二度ほど、男の娘と対峙したからわかる。」
レギンの左の口角が少し吊り上がり、大きく鼻から息を吐く。恐らく、歯を噛みしめている。内心は穏やかではないはずだ。
そんなレギンをから目をそらし、イマイズミはそそくさと答えを書くと、壺の中に入れた。
レギンは壺の中に紙が消えるのを見て、話し始める。
「勃象名は水中遊泳。だが、能力の詳細まではいえない。」
静かな敵意。レギンを包む雰囲気は徐々に重さを増していく。イマイズミは勃象について聞いたことに若干の後悔を覚える。何とかポーカーフェイスを保っているが、本当はここから逃げてしまいたいくらいだった。
だがここで引き下がるわけにもいかない。いよいよ大詰めの作業に移る。
「最後の質問だ。」
緊張が高まる。この部屋にいる者は皆、固唾をのんで行く末を見守る。
心配、緊張、期待、懐疑、敵意…。様々な感情が渦巻いている。




