コチノクボと思う壺 その7
人が1人、消えた。何をされたのかも分からず。訳も分からず。
何も言えなくなってしまった。目の前で起きたことはそれほどの衝撃があった。
レギンは右手をめいっぱいに広げ、彼女の頭を掴み、目にも止まらぬ速さでその手を床に降ろした。その動きとともに床の中に彼女は消えていった。
チャポン…
彼女が消えた時の音が、尊厳ある人の存在が消えるにはあまりに弱弱しく小さな音が、頭の中でこだましている。
「お前、長髪の女。」
レギンはゆっくりと立ち上がると、トランプにゴツゴツとした二本指を突きつける。
「お前はこの建物にいる男の娘の数は何人だと思う。」
トランプは唾を呑む。知らない、分からない、検討もつかない!だが、ここで誤った答えを出そうものなら同じように消される。
少し黙り込んだ後、おもむろに口を開く。
「…6人?」
トランプの額に汗が流れる。冷や汗だ。
「さっき言ってた5人に加えて、ここに入る為に能力を使っている。」
ローブの人が入ってくる時、扉はものすごい音を立てて開いた。目隠しはされていたけど耳にはなにもされなかったから、もしあの扉から入ってきたなら、扉の開く音ないし閉まる音を聞き逃すはずがない。よって、私たちはあの扉を通らず、別の方法でこの建物に入った。これが理由ってところね。
レギンはトランプの言うことを聞くと、鼻から深い息を吐き出す。そこで悟った。この答えは…
「開ける時に音がするが閉まる時は無音の扉であった場合や、お前らの言うこの部屋を作っている男の娘が全員を収容した後、壁を作って密室を完成させた可能性が無視されている。」
「先ほどのサイムに比べれば、考察が浅すぎる。その考えも間違っている。嘆かわしい。」
「不正解だ。」
右手がゆっくりとあがっていく。手のひらが広げられる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。この国って、男の娘が勃象能力を使うことを禁止しているんでしょ。神仔様とかいう人の前で堂々と破っちゃっていいわけ?」
トランプの震えた抗弁はいとも簡単に躱される。
「それは市民に適用される法律だ。我々は違う。」
手の動きは止まらない。ゆっくりとトランプの頭頂部を目指している。トランプは恐怖からか、もう助からないという諦観からか、そこから手も足も動かなかった。
残酷だ。強くて力ある者に、弱い者はただただ搾取されるだけなのか?くそ。くそ、くそ。
チャポン……
あの音がまた頭の中を巡った。その時イマイズミは考えもせず勝手に言葉を発していた。
「待て。神仔近衛隊のレギン…。」
頭に着地する寸前の手がピタッと止まった。レギンの鋭い目線がこちらに注がれる。
「お、俺は、この異世界に転移をしてからその女とここまで来た。友情も仲間意識も何もない他人だ。」
イマイズミは混乱していた。こいつを見殺しにすればいい。そうすれば、ほんのちょっとだろうが、死なずに生きながらえることができる。だが、だが、だが、だが!
「だが、しかし!ここでこの顔見知りを見殺しにすれば、矜持とかプライドとか、そういう生きるのに必要な尊厳を失ってしまう!」
覚悟。イマイズミの言には確かな力があった。勃象を使うことをためらわないレギンをして感心さしめる程の力だ。
「ほう…。ではどうする。お前はわかるのか。この問いが。」
「わからない。だから当ててやる、」
「“未来”を読んで。」




