第五章
ところでコーヒーには、
皆:
久慈也が三限を受けているころ、月は駅前の商店街にいた。書店、雑貨店を巡って、一人で時を過ごす。平日の昼間から、若い女性が何をしているのかと通行人の目が刺さることもしばしばだが、月もただ遊んでいるわけではない。
今は、駅からもほど近い位置にある喫茶チェーン店の二階で、コーヒーを啜りながら眼下の通りを見下ろしている。
小さなタブレットPCをテーブルに置き、しばらくボーっと通りを見下ろしていたかと思うと、おもむろにキーボードを叩き、しばらくして再び動きを止める。そしてまた通りを見下ろす。時折コーヒーを飲み、時折伸びをする。時折突っ伏し、時折頭を抱える。そして、またも通りを見下ろす。
(ああ、この人は小説家か)
たまたま近くに座っていた男性客は、ちらちらと月の方を窺いながらそう思ったに違いない。ずっとスマートフォンをいじっていた彼は、鞄から文庫本を取り出して読み始めた。
逆に月の方からもこの男性が、自身もかつて物書きを夢見て、しかし何ら成すこともなかったのであろうことを見破っていた。
もしどちらかから話し掛けたら、共通の話題を見出して盛り上がれたかもしれない。しかしこの男性は平凡な奥手の日本人であったし、月は月で久慈也という存在があるが故に、他の男性に話し掛けることなどない。
結局そのまま、二人の他に客のいない空間には、互いに名前も知りもしないのに互いにわかり合っている奇妙な空気が蔓延り、そのうちいたたまれなくなった男性客が席を立った。
一人きりになった月は、「んんーっ」と声を出しつつ大きく伸びをした。身長の割に豊かな胸が、男性の目には毒になる揺れを見せる。
時刻はまだ午後二時半。月が帰るには早すぎる。
「さて、もうひと頑張りしますか」
そう小さく呟いて、コーヒーを啜り、月は通りを見下ろす体勢に戻った。
小説は確かに書いていたが、月にとって、それは『おまけ』だった。
『本命』は、いま行なっている『人間観察』の方である。
広い店内に一人、月は通りを行く人々を、午後四時近くまで観察し続けた。小説家のふりをして……
惚れ薬が入っている。