第四章
ようやくタイトルが作中に出る。
者:
久慈也は大学でサークルに加入していない。特段興味を惹かれるサークルが入学時になかったこともあるが、何より月と過ごす時間を多く取りたいが故の選択であった。
当初は同じ学科の友人らからも積極的な誘いがあったが、ほどなくして「大府は彼女とヤるのに忙しい」という嬉しい誤解――誤解ではないような気もするが――が周知され、今では誰もサークルに誘っては来なくなった。
そういう背景故に、二年生の夏になってサークルへ誘われるとは久慈也も予想だにしなかった。
しかも、誘ってきたのが学科一物静かな人物と言われた古鷹聖だったものであるから、その時の久慈也の驚きようは大層なものだったと、後に聖本人から久慈也は聞かされている。
「しかしなんだって俺を誘ったんだ?」
久慈也は別段聖と仲が悪いわけではなく、普通に同じ学科の同期として接していたが、逆に仲が良いというわけでもなかった。聖にしてみても、物静かでこそあるが、仲の良い友人は久慈也以外に少なからずいる。
午後二時の学食は、紙コップに飲料を注ぐ自販機をバリスタとしたカフェになる。そのカフェで久慈也と同席する聖が、ぎこちない笑顔で質問に答えた。
「いや、実は僕もそれはよくわからなくってさ。部長が『不思議な人を集めて来い。例えば大府久慈也とか』とか言うもんだから……」
「俺は不思議なのか……」
久慈也自身はそんなつもりはさらさらなかったのだが、正体不明の中学生みたいな女の子と付き合っていて大学での付き合いがあまりよろしくない久慈也は、確かに不思議な部類かもしれない。
「いやでも、俺は不思議な人間の筆頭候補になるほどではないだろ」
申し訳程度に反論してみると、聖はまたはにかんで答える。
「ははは、いや、僕もそう思うんだけどさ、それでも部長が連れて来い、できれば正規部員として加入させろって聞かなくて、まあとりあえず本人に聞いてみようかと思って」
「なんじゃそりゃ……一体誰だよその部長」
聖にしつこく命令するくらいであるから、上級生だろうとは予想が付いたが、サークルに入っていない久慈也にはそれこそ上級生の知り合いなど殆どいない。それとも例の噂が学年まで超えて知れ渡っているのか。
「部長は鶴崎夜明先輩だよ」
嫌な想像をしている間に、さらりとその名が流れるが、その名前は久慈也のデータベースにヒットしなかった。
「……誰?」
聖が親指を立てて、階上を示しながら答えた。
「ほら、いつも二階のデッキで煙草吸ってる身長が高い女の人いるだろ。あの人が鶴崎先輩」
「ああ、あの人ね」
その姿は久慈也も知っていた。やけに背が高く、いつも黒い服を着こなして、すぐにモデル業をできそうなほど長く美しい脚と、溢れんばかりの巨乳をこれでもかと見せつけているのを、この一年半で何度目撃したか知れない。
あの人に命じられたなら、聖でなくても従わざるを得ないだろう。下手に断ったりして巨乳ビンタや美脚かかと落としを喰らうところを想像したら、それだけで腑抜けになりそうなほどであった。
「ま、そういうわけなんで、一度だけでもいいから部室に来てくれないかな? 毎週月曜日と水曜日の四限後には部室にいるからさ……おっと、それじゃ」
昼休み終了、三限開始の予鈴が鳴った。講義があるのか立ち去ろうとする聖を、久慈也は呼び止めた。
「ま、待て」
「何?」
「そもそも何するサークル?」
聖は、ああ、言ってなかったっけと頭を掻いて、申し訳なさそうに苦笑いしながら答えた。
「ごめんごめん、オカルトサークル『オサカナトネコ』だよ。今日も活動日だから、良かったら顔出してよ」
聖は足早に立ち去って行った。
オカルトサークル。その謎多き部長が、何故か久慈也を勧誘したいと言い出した。
「その鶴崎って人こそ最大の不思議だろ……」
一人で呟いた久慈也が、空になった紙コップをくずかごへ捨てて学食を出ると、キャンパス前の道路へ向けて、聖が乗るクロスバイクが軽やかに滑り出していくのが見えた。
「あいつ、講義じゃなかったのかよ……」
恨み言を曇り空へ向けて吐き、三限の講義室へ足を向ける久慈也だった。
実はタイトルは作中に出ていない。