第二章
まだ怖くはならない。
兵:
大府久慈也。二十歳。泣く子も黙る大学二年生。煙草吸う。酒も飲む。好物はいかめし。
対する小筒月。職業不明。少なくとも久慈也と同じ大学の学生ではない。煙草吸う。酒も飲む。明らかに見た目は少女だが、これでも御年二十歳。好物は豚キムチ。
二人の関係は、なんのことはない隣人であった。が、久慈也が大学入学に際し同じアパートの隣の部屋に引っ越して来てからというもの、月はしばしば久慈也の部屋を訪れるようになった。なんでも、月は角部屋の一号室であり、隣の二号室とそのまた隣の三号室には住人がいなかったため、話し相手がおらず寂しかったらしい。
そんな月の部屋へ挨拶をしに行った日のことを、久慈也は忘れもしない。
ドアを開けて出て来た月を見た瞬間、久慈也の心はときめいた。Tシャツにジーンズと、ラフな格好ではあるが、なんと可愛い子なのだろうと。
陽気で人懐っこい月は、その翌日からもう久慈也の部屋を訪ねて来ていた。特に用事があることはほとんどないのだが、久慈也といるだけで楽しいらしい。
そんな状態が続いて、一年半ほど。
二人の関係は既に、ただの隣人ではなくなっている。友人ですらない。唇を重ねたことも、体を重ねたことも何度もある。
どこの誰が見ても、久慈也と月は幸福に包まれた恋人同士であった。
しかし、久慈也は月についてひとつ疑問に思うことがある。
月の職業である。
再度買ってきたアイスを食べる月に、久慈也はもう何度目かわからないその質問を投げ掛けた。
「ねえ月」
「なに?」
「君の仕事って何?」
「創造主だよ」
何度目かわからない上に、未だに意味もわからない答えを返された。
「何を創造するんだい?」
「人類の悪の根源」
「どうやって創造するんだい?」
「お湯を注いで三分待つの」
「で、創り上げたそれはどこにあるんだい?」
「みんなの心の中に……!」
「……負けました」
まで、八手をもちまして、小筒月九段の勝ちでございます。
毎度何ら変わらないやり取りが、これまで何度も繰り返されてきた。そして毎度のことながら、意味の無いまま終わる。これがもし二回目くらいの時に久慈也が怒っていれば、何か月の職業についてわからないでもなかったのかもしれないが、時既に遅し。もっとも、久慈也にとってももうどうでもいい話題になってしまっていた。
そういうことは、結婚することにでもなった時に聞けばいい。
そんなことよりも、久慈也は月と他愛もない会話をし、一緒に過ごすことができるということの方を大切に思っている。
久慈也は幸せだった。
まだ怖くはならない。