第一章
怖い話だと思った? 残念! パンツでした!
臨:
「ねえ、人形に心ってあるのかな?」
小筒月は身を乗り出しながら問うた。午後の一時いっとき、紅茶でも珈琲でもなくアイスクリームを楽しむこの人懐っこい少女のことが、大府久慈也は好きだった。
たまに講義の無い午後を狙って、一人暮らしの久慈也の元にやって来ては変わった話を始める少女。
そしてただひたすら話すだけ話して、ろくに返事も待たず勝手に去っていく少女。
不思議な少女、小筒月。彼女にいつの間にやら惹かれていた自分に若干の疑問すら感じる久慈也であった。今日もまた、この少女は不可思議な話を振って来た。
「人形に心があるわけないじゃないか。人形はただの人形だよ」
久慈也はきわめて常識的と思った答えを返した。しかし、そんなことで黙る月ではないことくらいは、久慈也も先刻承知である。
「でもさ、でもさ、もしかしたら人形にも心があって、でも心があってもそれを人間に伝えられないだけってこともあるかもしれないじゃない?」
久慈也は一瞬考えを巡らせ、再び常識的と思う返答をした。
「わからなくはないよ。けれど、だとしたら結局それは心がないのと変わらないよ」
「どうして?」
「観測できないものはないのと同じだからさ」
科学的にはそう考えることになっている。だから幽霊は、科学的には存在しない。
しかし、久慈也のぶっきらぼうな物言いを受けた月は余計に人懐っこそうな表情を浮かべ、アイスを食べることも忘れて久慈也に問う。
「観測できないのならわからないってだけでしょ? 猫が死んでるか生きてるかは重なってるんじゃなかったっけ?」
月は話をこじらせ始めた。もともとがどうでもいい話題であることがほとんどなので、月の話は大抵すぐにこじれる。
一応、久慈也は答えた。
「それは結局箱を開ければ観測できるから議論できるんだよ。人形の心のあるなしを知るなら、いったいどこの箱を開ければいいんだい」
そして月はますます目を輝かせた。今の月はアクセル全開なのだ。ちょっとやそっとじゃ止まりはしない。
可愛らしい笑顔で月が言う。
「それはもちろん、パンドラの匣でしょう!」
「…………」
可愛らしい笑顔が、久慈也には黒く見えてしまった。全く、この少女は本当にいろいろなことをよく知っている。日常生活にはまずもって役立ちそうにないが。
「それとも、私のパンツ開ける?」
そしてとどめだ。容赦のない月の言動には本当に困ったものであると久慈也は思う。
しかも、月は生半可なレベルでなく可愛らしいのだから余計に困る。
久慈也は思わず月のパンツに手を伸ばそうとしたが辛うじて自制し、彼女の手からスプーンを抜き取った。
「あ、こら返せ!」
スプーンを追って伸ばした月の手をかい潜り、久慈也は素早くアイスのカップを掴んだ。そしてそのまま、淡い色を浮かべたバニラアイスをスプーンですくい、ぱくりと食べた。
「ふぎゃああ!」
月が声を上げた。同時に再び伸ばして来た手を避けて、久慈也はぱくぱくとアイスを食べる。
「おお、うまい。さすがはハーゲンダッツ」
「ふぎゃーっ! 返せこのシュレディンガーの泥棒猫!」
月はテーブルを回り込んで久慈也にのしかかる。しかし久慈也はしっかりとアイスを守りつつ、なおも食べ続ける。
「何が泥棒猫だ。世界に災厄をばら撒こうとした者がアイスひとつで騒々しい」
「ひどい! 私のパンツの中は災厄だって言うのね!」
「そっぶっ……!」
『そっちじゃない』と言おうとした久慈也だったが、言いかけたところで後ろからパンチを喰らい、アイスを少し吹き出してしまった。ホットカーペットに、白い模様が付く。
「げほっ……くそ、災厄はパンツじゃなくてパンチだったか……」
久慈也が必死で捻り出した言葉は寒い駄洒落だったが、月はさらに熱くなっていく。
「何よ! やっぱりパンツ見たかったんじゃない! 久慈也の変態! ほら、思う存分見なさいよ!」
そう言って月は立ち上がると、一気にジーンズを下ろした。その手は目にも留まらぬ早業だったが、柔らかそうな純白の下着に久慈也の目は留まった。
その一瞬の出来事のうちに、月はまたしても目にも留まらぬ早業で、久慈也からアイスを奪い返した。
パンツを丸出しにしたまま、月はカップを片手に仁王立ち。間もなく彼女は声を張り上げた。
「ふぎゃー! 四分の三もなくなってるー!」
叫んだ月は自分の足元で視線のやり場に困っている久慈也を仁王像の如き目で睨みつけ、わずかにカップに残ったアイスを口にほうり込み、自ら下ろしたジーンズのせいで満足に上がらない足で精一杯の地団駄を踏んだ。そしてまた叫ぶ。
「久慈也ぁっ!」
「はい」
久慈也はこの際なので、視線を月のパンツに固定して、思う存分堪能させてもらうことにした。
が、直後に二度目のパンチを喰らい、パンツはジーンズで隠されてしまった。ベルトを閉めながら月が言う。
「もう一個買って来いっ! この変態っ!」
「はい……」
パンツの見物料がアイス一個で良いのなら上々だと久慈也が思った刹那、三発目のパンチが脳天を響かせた。
MMDを長くやっていると、日常生活がパンツを中心に回ることになル。