第1話 道化
学術都市エコールが誇る大図書館の館長室にショーンたちはいた。
「ふむ、まぁご苦労だったな。霊亀も正気を取り戻して休眠場所に帰ったし」
そんな軽い調子で言葉を述べるのは、館長ケイロンである。すなわち、ショーンの当初の目標である。
「それで、ガンドルフの坊主の紹介とは何が知りたいんじゃ?」
「ガンドルフの紹介状に書いてあったと思うが。俺の変身についてだ」
仮称アクトの進行から一週間。学術都市は元の平穏へと還っていた。よってショーンたちは当初の目的どおりにケイロンのもとを訪れていた。
ふむ、と息をこぼしながらケイロンは考える人のような体勢になって思考に耽る。
場は沈黙で満たされ、ただケイロンの背後にある柱時計の秒針の音が聞こえるのみだ。
数十分経ったのち、ケイロンは口を開いた。
「『その者、姿は魔族に似る。しかして、その力は人も魔も等しく打ち砕く。古の神々の創りし真理が齎らす断罪者、処刑人。』、確かにこれは、儂がガンドルフに教えたことだ。古に語られた真実の断片、勇者と呼ばれる救世主存在とは異なる英雄像」
そこでケイロンは再び沈黙した。
しかし、今度はその沈黙を破る者がいた。
「賢愚兼ねる道化」
アニヤだった。
「そうでしょ。おじいちゃん、人が救われるためでも、滅ぶためでもなく、ただ進化か退化かを選ぶために送り出される英雄だ」
「お嬢ちゃん。それをどこで……」
ケイロンはアニヤの言葉に目を見開いていた。
「アニヤ、どういうことだ?」
ショーンの問いにアニヤは笑顔を浮かべ
「知らない」
と答えた。
「なに?」
「これはね、理解した知識じゃないんだよ。アタシが嫉妬だった時に頭の中に自然とあったナニカなの。だから、知識はあっても理解はしていないという奇妙な状態になってるんだ」
「つまり、肝心なところはわからないと」
「そっ、そういうこと」
うーんと一行は頭を抱えた。アニヤはそれについての記録はあってもそれに付随すべき情報を持っていないのだ。
「おほん、ショーン君。話を戻そうか」
一行の沈黙にケイロンが声をかける。
「ああ」
「賢愚兼ねる道化か。確かにそれが儂の言おうとしていたことだ。彼の存在は人の成長を司る。ともすれば、神ともされる存在だ。勇者や魔王という存在とは異なる英雄像だ。しかし、君がそれなのかどうかの判断は難しい」
「なぜ?」
「賢愚兼ねる道化はね、勇者にも魔王にもなれるんだ。救世主や天敵のように選択権のない存在ではない。選ばれた当人の主観によって人類に必要な役割を担う。つまりね、半魔という状態は宙ぶらりんな状態なんだ。チカラだけを引き出しているといえば良いかな。そんな状態では存在として確立されないんだ。君はまだ定義されていない。普通の人として過ごす選択肢もある」
「えっと」
ショーンの顔には戸惑いがあった。普通の人として過ごす選択肢。それは果たして彼にとって幸運か不幸か。
ケイロンはそんなショーンに優しげな笑顔をむけてこう言った。
「ああ、だが今までの話はすべて、儂の憶測に過ぎない。半魔という状態と賢愚兼ねる道化を結ぶ線が明確なわけじゃないんだ。君は全く別のナニカである可能性も残っている」
「「「「「はあ!?」」」」」
その場にいたほとんどがケイロンのこの無責任さに口を開けた。
「ふむ……」
ショーンたちを帰したケイロンは一人、館長室で考え込んでいた。
そこにドアをノックする音がする。ノックの主はケイロンの返事を待たずにドアを開けて館長室へと入室する。
「タリス、おまえはなんで返事を待たずに入って来るんだね?」
「館長を尊敬していないからですが。なにか?」
ケイロンの抗議にタリスは歯に衣着せぬ物言いで返す。ケイロンはため息をつきつつも、いつものことだと自分を慰めた。
「それでなにかね?」
「はい、何故に真実を伝えなかったのですか?」
タリスの疑問にケイロンは目を細めた。
「わしは信実を伝えたとも」
「ええ、信実は伝えましたね。しかし、あなたはもう知っているはずです。この世界は自滅すると」
その言葉にケイロンは沈黙した。
「ケイロン=サジタリア。星の民であるあなたは、この世界を整えなければならない。どのような犠牲を払おうとも、そうしなければ最終的にこの世界は終焉を迎える。わかっておいででしょう」
ケイロンはその言葉を聞いているのかいないのか、沈黙を保った。
タリスはその様子をしばし観察したのち、一礼をして静かに退室した。
アイデアが浮かばないんです……
設定とプロットはすぐ思い浮かぶのに、なんで内容って難しいんですかね?
ある程度、王道に添いつつもオリジナル性を持たせるテクニックってどんなんだろう……




