第5話 英雄を頼ろう
『あなたの強さは嫉妬できない。それは与えられたものだ。それだけの力なんの覚悟もなく振るうことの恐ろしさ見せてやろう』
ショーンはアニヤの言葉を心の内で反芻する。
(確かに与えられた力だ。だが、何故それが奴にわかる。神の細工だ。気づく者などいるとは思えない。奴は自らを一柱と言った。だが、俺より弱いかのような発言があった。なんだなんなんだ?)
ショーンの疑問に答えは出ない。力が自らのものでないと見破られたことに恐怖があった。
彼には覚悟がない。アニヤの言葉は事実なのだ。
与えられた力に慢心し、できぬことなどないかのように彼は思っていた。全能感がそこにはあっただろう。元は平和な日本の高校生だ。慢心がなければ、力がなければ、どんな日本人でも生き物を殺すのに躊躇いをもつはずだ。彼にそれがなかったのは力による現実感の喪失だろう。しかし、彼は今、自覚したのだ。
-力につきまとう責任というものを-
彼は覚悟を決めぬ限り、もう鬼刀 新月を握ることはできない。普通の魔物相手ならば可能だろう。だが、本当の意味での戦いはもうできないだろう。
信念がない者に、信念ある者が負けることはない。
その信念が善悪どちらであったとしても、それは変わらない。確固たる意志はそれほどまでに知的生命体に影響を及ぼす。
獣たちは考えないだからこそ信念は必要ない。本能が強く訴えかけるのだ「生きろ!」と。
だが、人は理性を得る代わりに失ったのだ。自らを無条件に突き動かす衝動と情動を。
ショーンとサクラはレイルたちの元に戻り、アニヤのことを話した。レイルはアワアワとしていたが、カーミラは深刻そうにして言った。
「アルトリアにひとまずは相談してみよう」
その言葉に一行は頷き、取り敢えずは眠りについた。
ショーンの恐怖が表面に表れることはなかった。それは彼なりの意地だったのだろう。
翌朝、一行はスタリアの冒険者協会支部長室に訪れていた。
「へぇー『七罪魔王』か、やっかいだな。しかも、嫉妬のアニヤ=レヴィアに目をつけられたのか」
「ああそうなんだ」
ショーンは一見なんでもない様子に見えた。しかし、アルトリアはその顔を面白うに眺めていた。
「ショーン君、何か悩んでるね?」
「っ!」
アルトリアは実は人族ではない。霊人族という人族と大差ない外見ながら、寿命の存在しない種族だ。アルトリアもこれで三百歳を超えている。年の功からか、ショーンの心の揺らぎに気づいていた。
ショーンはバレたことで、諦めたのかアニヤの言葉による自分の動揺を語った。
「ふーん覚悟ねえ。そんな不安定な状態では『七罪魔王』を相手になんてできないだろうね」
「だろうな」
ショーンはアルトリアの最もな発言に自嘲の笑みを浮かべる。
「しかし、心の問題は本人以外にはどうしようもないからねー。うーん………あっそうだ。君の心の整理のために英雄の元を訪ねてみないかい」
「いるのか?英雄が」
「あぁいるとも。アリティア王国の英雄、大剣聖ガンドルフ・ラインハルトがね。彼はまだ存命だ。王都で暮らしている。私が紹介状も書いておこう。どうだい?」
「願ってもないことだ。よろしく頼む」
ショーンは己の覚悟を決めるために王都を目指すこととなった。
そこは暗い。光源は等間隔に設置された燭台の青白い炎だけだ。
そこを侍女が歩いていた。目的の場所に着いたのか、その歩みを止める。
彼女はノックをして一つの部屋に入る。
「失礼します。報告に参りました」
「ああ」
部屋の主は億劫そうに声を上げる。
いつものことなのだろう。侍女は気にせず言葉を告げる。
「嫉妬が動いたようです。今回の嫉妬対象はサクラという天災の森の隠れ里出身の森人族です」
「そうか」
主の言葉には何の感情もない。しかし、侍女は気にしない。
「それとそのサクラの周囲の人間には黒髪黒目の者がいるようです」
「……そうか」
主は何か考えたのか、相槌が遅れた。
その反応に侍女は笑みを浮かべる。
「望むものだとよろしいですね。アキラ様」
「あぁ」
侍女は報告を終えて退出した。
主はその瞳を閉じた。まるで来たるべき時まで無駄な消費をしないようにするかのように。