第10話 歪みゆくはヒトのサダメか
ショーンたちは上位屍喰鬼を退けたあとさらに奥へと進んだ。そしてついに10階層にたどり着く。
「これは…」
異様な気配に気圧されながらも三人は本来ならボスのいる部屋へと入る。
最初に目につくのはやはり、スーツを着た屍喰鬼であろう。それは座っていた。部屋は薄暗くその顔ははっきりとしない。
「ようこそ。我が愛しきものとそのご友人よ」
明らかに知性のある言葉が紡がれる。
「わたしは屍喰鬼王」
本人からその正体が告げられる。その言葉に唯一知識のあったカーミラは息を飲む。
屍喰鬼王
それは他の屍喰鬼とは一線を画す存在。屍喰鬼は本来、不死族の例にもれず夜の闇の魔力によって発生する。しかし、それは吸血鬼が意図的に生み出す存在なのだ。屍喰鬼王がいるということは吸血鬼がいるということでもある。カーミラはそのことを最も警戒した。
「お嬢さん、残念ながらわたしの創造主はここにはいないよ」
しかし、それは屍喰鬼王の言葉によって否定される。その言葉と同時屍喰鬼王の顔が明らかとなる。それに一人だけ反応を示した。
「お、お父さん……」
レイルであった。屍喰鬼王と化したそれはレイルの父であったのだ。レイルの言葉にショーンが反応を示す。
「あなたがレイドさんか」
「その通り。レイル無事だったのだね。さあ、こっちにおいで」
屍喰鬼王であるレイドはしかし、優しくレイルに語りかけた。レイルはゆっくりと信じられないというように目を見開きながら父のもとへ近づく。ショーンはレイルの気持ちを理解できるだけに言葉をかけられなかった。
しかし
「レイル、止まるんだ!」
カーミラが言葉とともにレイルの前に割り込んだ。
「むっなにをする」
レイドは明らかにイラついた表情を見せ、欲望器を具現する。それは真っ黒な槍であった。その槍はまるで蛇のように動きさらに伸び、カーミラを捉えた。
「きゃあ!」
一拍遅れで噴き出る血にレイルが悲鳴をあげる。
「我は 彼の者の 癒しを求める ヒール」
ショーンの神聖魔法がカーミラを優しい光で包む。どうやら傷は塞がったようだが、カーミラは気絶していた。カーミラとレイルを庇うようにショーンは前に出る。
「お父さん?」
レイルは父にあるまじき行動に呆然とする。
「あなたは誰だ?」
ショーンの誰何にレイドは答える。
「わたしはレイルの父レイドだ」
「違う!あなたは…あなたはわたしのお父さんじゃない!」
レイルが悲鳴のように叫んだ。
レイドは生前とても優しい人物であった。突然、人を傷つけるような人ではない。レイルは確信をもってそう言えた。だからこそスタリアの門番もレイドの死を悲しんでくれたのだ。他にもレイドの人柄に惹かれた人物はたくさんいる。
「い〜や、わたしが父だよ。レイル。さあこっちにおいで。おまえも屍喰鬼となろう」
その言葉にショーンも確信した。この屍喰鬼王に人間だった頃の感覚などないことに。
「あなたはレイドではないよ」
「なに?」
ショーンの言葉にレイドが疑問の声をあげる。
「娘を怪物にしようとするなど明らかに正気ではない」
「それは仕方ないだろう。一緒にいるためには同じでなくてはならない。まして屍喰鬼は死体を喰わねば生きていけないんだ」
「だからと言って娘を怪物にして良い理由にはならない!」
ショーンは激怒した。
「娘の前でこれ以上の醜態を晒す前に死ね。屍喰鬼王!」
「わたしはレイドだ!それが真実だ!」
レイドは立ち上がり欲望器を前へと突き出した。だが、ショーンとの距離はまだそれなりにある。本来ならその行動に意味はない。しかし、それは欲望器。能力をもってそれを意味ある行動へと変える。蛇のように動き伸び、槍の穂先がショーンに襲いかかる。
ショーンはそれを新月でもって弾いた。レイドはしかし屍喰鬼王としての身体能力で体勢を崩すことなく、ショーンへと接近する。
「おりゃあ!」
ショーンは戦斧でもってレイドを迎へ打った。
その戦斧は茶色であることを除けば元盗賊リーダーの上位屍喰鬼が使っていた欲望器と変わらない。それはショーンが新月の能力で上位屍喰鬼の心を強奪した結果だった。欲望も心を由来とする以上、心を奪えばそれが手に入るのは必然。
戦斧は両手に持ったレイドの槍の柄で防がれた。さらに欲望器の能力で蛇のように動くそれは当然のように戦斧を防いだままショーンに襲いかかる。
ショーンは仕方なく距離をとる。
そして、槍が元の形状に戻ると同時、ショーンは駆ける。跳躍しレイドの頭上から戦斧の能力を発動して襲いかかる。もちろんレイドも黙って見ているわけではない。先ほどと同じく柄を防御に使いながら穂先をショーンに突きつける。
槍の穂先がショーンにたどり着く前にそれは別の槍で軌道を逸らされた。レイルの流水であった。
ジャキン!
戦斧と槍の柄がぶつかり、レイドの足が石畳の迷宮の床に突き刺さる。戦斧の銘は重豪。重力を操る能力を備えていた。それによって重さも早さも増した一撃が発生する。
しかし、レイドとて屍喰鬼王。その身体能力は異常でありしっかりと防御した攻撃に傷を負うことはない。
仕切り直しかとショーンが思考した時、レイドの体が流水によって縫いとめられる。
「ショーンさん!」
レイルの呼びかけに反応してショーンは新月をもってレイドの首を落とした。
「嗚呼…これで…眠れ…」
「そうだな。おやすみ…」
最後まで言うことなく屍喰鬼王はいや、レイドは事切れた。