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Love & Live  作者: ふぇんねる(ヴィヴィアン叶)
1st Number  
8/15

「あっ、京介くん。遅くなってるみたいだけど、何かあったの?」

 やっと出た京介だが、その声はなかなか聞こえてこなかった。

『……あ、ごめん。ちょっと、行けそうになくなっちゃった……』

 ようやく話し始めたと思えば、何故か声をひそめている。寧々は首を傾げた。

「どうしたの?」

 この間はあれほど来たがっていたはずなのに。

 それに、京介が話をためらっているようなので、もしかしたら、という思いが寧々によぎる。

「バンド、大変なの?」

『……ん、そう。ちょっと、トラブっちゃって……』

「ケンカしたの?」

『……うん。まあそんなとこかな……』

 京介はなかなか具体的なことを言わなかった。それで、寧々はそこでは話しにくいのだと思った。練習の後だ。メンバーがそばにいるのかもしれない。

 京介にバンドを頑張って欲しいと思い始めていた寧々は、その関係を大事にして欲しくて、引いた。

「じゃあ、また今度会おうね。……頑張ってね」

 トラブルが起きたなら、時間をかけてでも、約束を破棄してでもきちんと解決して欲しい。柔らかな声だった。京介にもはっきりと、寧々の意図は伝わったに違いない。

 しかし反応は鈍い。。

『うん……じゃ……また』

 そう言い終わるか終わらないところで、ぶつりと京介の方から電話は切られてしまった。

(……。よっぽどこじれてるのかな?)

 素っ気ないとも取れるような態度に、寧々は少し驚き、瞬きしながらスマホの画面をややしばらく見つめた。

「京介、来れないって?」

 会話は聞こえなかったはずだが、顔を見れば優子にもわかったらしい。寧々はしょんぼり頷いて返した。優しい言葉はもちろん、京介のために出した無理だ。

 寧々の代わりに、優子が憤慨してあげた大声が辺りに響き渡る。

「信じらんない! ドタキャン!? 寧々、せっかく可愛くして来たのに!」

「ふ、ふつーだよっ!」

 寧々は耳まで真っ赤にして、辺りを気にしながら優子を押し止めるように手を出した。 けれども寧々の気なんか知るよしもない優子は、ますます声を張り上げた。

「いーえ! いつも一緒のあたしにはわかります! 今日の寧々は気合いが入ってる!」

 確かに今日は髪も服もメイクも念が入っている。やはり友人との時と京介との時は違う。当然のことだ。しかしそれを指摘されるのは、寧々には照れ臭い。

「っ……ゆっこだって……」

 それを言うなら、優子は普段の数百倍気合いが入っている。そう、抵抗したかった寧々だったのだが、優子は無残に続きを消し去る。

「さ、そんなことより入ろ! タツ兄に会えなくなっちゃう」

 優子は、まだもごもごしている寧々の腕を有無を言わさずがっちり掴むと、入口前で混雑する人々の間を掻き分けて、ライブハウスの地下に通じる階段を駆け降りた。




 古ぼけた暗い印象のエントランスを抜け、靴跡の染み付いた階段を降りるごとに、寧々と優子にはあまり聞き慣れない生の楽器の音、そしてマイクを通した歌声がボリュームを上げてやってくる。

 テレビやなんかを通して聴くのとは違う、生音の圧。耳ではなくて体にぶつかってくる。

 全然知らないバンドの全然知らない曲だが、ビートの激しさに呼応して、二人の鼓動も早くなるようだった。

 地下階の天井が高いのか、長めの階段を降りきると、そこはやや幅広の長い一直線の廊下になっていた。

 一番手前にある扉のそば、受付らしいところには二人の人影と折りたたみの茶色い木目模様の机があり、その机の上にはなにか紙が何十枚も積み重なっている。受付がここにあると言うことは、そばの扉がホールへの入口なのだろう。通り過ぎざまにちらりと見ると、バンド関連のものらしいことが寧々たちにも伺えた。フライヤーだ。HPや次回のライブのことなどが記されている。

 その奥、少し離れた場所に、ステージ側のホールの出口、そのさらに奥には楽屋がある。と、進むと見えてきた壁に貼られたプレートには書かれていた。もっとむこうの暗がりにはさらに、金属製の重厚な親子扉も見える。

 寧々たちにはあずかり知らぬことだが、このライブハウスは、地上階は事務所、地下にはステージやドリンクバーのあるホールや楽屋、機材を収納する倉庫、という造りになっていた。

 今はライブの真っ最中のためなのだろう。受付の者の他は、穴の開いたソファーで煙草を吸う何人かしか、ここにはいなかった。

 寧々を引っ張って猛進してきた優子だが、段々とその歩が遅くなっていた。表情が硬い。少し緊張しているようだ。

 普段は物怖じしない優子なのだが、無理もない。まるでここは別世界。

 タバコと、少しカビ臭いような臭い。

 あたり一面に貼られた、バンド宣伝のビラ。

 古ぼけひび割れた黄色くすすけた壁。

 使い古された灰皿。

 二人には馴染みのないものばかりだ。

 優子が引っ張ってきた寧々を振り返り、二人はしばらく不安げな顔を突き合わせた。ドカドカいうバンドの音が、その間も容赦無く二人を圧迫する。

 やおらあってから、決意したように優子は生唾を飲み込み、口もとをきゅっと締めた。

「……行こっ」

 そう言ってしまってからは速かった。

 さっとまた寧々の手を引くと、ずんずん突き進む。楽屋前に書かれていた『関係者以外立ち入り禁止』という文字もお構いなしだ。寧々の方は躊躇したのに、開いていた楽屋の扉の奥に有無を言う間もなく連れ込まれていった。



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