苦手な人 1
やはり、結局、寧々はやもやしたまま約束の土曜を迎えていた。
「タツ兄のバンドってそんなに人気あるんだ……。っていうか、そんなこと知ってた京介にオドロキ」
京介と会った次の日、話を聞いた優子はそう言っていた。
今日もまた、改めて似たような話をしながら、寧々と優子は、先週タツが向かって行ったらしいライブハウスの前まで来ていた。
タツのバンド、Ironyの今日の出番は全四バンド中、三番目。七時半かららしい。それに合わせて、日曜の約束の通りに、京介と現地で待ち合わせることになっていた。
繁華街の裏通りにあるこのライブハウスのあたりは、遠くにひしめく大通りの車のエンジン音と往来の人々のざわめきが他人事のように届いていた。それは、祭が始まる前の慌ただしさや心の中の静かな盛り上がりにもどこか似ていて、優子と寧々の気持ちを昂ぶらせていた。
「楽しみだね」
寧々は、そわそわ落ちつかない優子の気持ちを代弁するように言った。
「すっごい楽しみ!」
優子は大げさな身振りで答える。
それはもう聞くまでもなく、寧々にはわかっていた。今日の優子は、いつも一緒の寧々から見ても大変に気合いが入っている。
普段あまり結わえない長い髪をルーズにまとめ、綺麗な首筋を見せた姿は、女の子らしい輝きでぱっと華が咲いたような存在感を放つ。きっと、この日のために睡眠やビタミンなどの栄養にも気を配り、肌のコンディションをも整えてきたのに違いない。
それに、着ているはっきりした色の派手めのワンピースが、それはよく似合っていた。きっと本人も分かっているのだろう。優子が一番気に入っている服だった。
こうして優子がうきうきしていると、けれども反対に、寧々はますますそわそわするのだった。タツとのことが気にかかってくる。その違和感を、視線で優子は感じたのかもしれない。
「やだ。なんか変かな、あたし」
「ううん、今日、すっごく可愛いと思うよ」
「もー、寧々。今日じゃないでしょ。いつもでしょ」
優子が遠慮無しに寧々を肘で小突く。じゃれるには少し強すぎる痛みで、優子がちょっとハイになっているのが寧々には分かった。それで聞いてみる。
「ん。あのね、ゆっこ」
「なあに?」
「タツさんのことだけど」
「うん」
「別れて三年経っても、また会えて嬉しいものなの?」
「うん、嬉しいよ。それにしても、この間はさ、久しぶりに会ったっていうのに、連絡先教える時間くらい取りなさいよねー。タツ兄ってば。ホント気が利かない。全然昔と変わんないわ。今日は聞き出すからね」
「う、うん」
優子は怒り肩で腕を組んで頬を膨らませている。
(あれから一週間、ずっとこの調子だし、やっぱり別になんでもないのかな?)
再会を果たしたあとの優子の様子に、少しのわだかまりを寧々は感じていた。だからなにか不安が過ぎっていた。けれど、それは気のせいだったのだろうか。寧々は自問するが答えなど出るはずも無かった。
「……にしても、京介遅すぎるんじゃない!?」
優子はスマホを取り出して、時間に気づき、さらに肩を怒らせる。きっと早く降りたいのだ。地下に、このライブハウスのホールや楽屋がある。だが優子でなくても、そう言うだろう。すでに待ち合わせの時間から二十分も経っていた。
「京介くん、『今日は練習してから来る』って言ってたから、盛り上がってるのかな?」
「またライブ見てへこむのが怖くなったんじゃないの~?」
優子は怪訝な顔をした。寧々からこの間の話は聞いている。
「まさか」
この間の熱心な京介の態度が嘘とは、寧々には思えない。否定する。
「どっちにしても連絡くらいよこしなさいよね~。始まる前にタツ兄に会っておきたいんだからさ~」
時間にはまだ余裕があったが、優子は少しイライラし始めていた。
「私、電話してみるね」
優子をなだめるように寧々はそう言って、すぐにスマホを手に取った。呼び出し音が鳴り始める。
なかなか繋がらない手持ち無沙汰なコールの時間。それは、優子の言葉と態度のギャップについて、また再び、どうしても寧々に考えさせる。
ようやく、プッ……、という小さな雑音で京介と繋がった。