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Love & Live  作者: ふぇんねる(ヴィヴィアン叶)
1st Number  
3/15


「京介くんたち、楽しそうだったね」

 寧々と優子は先ほどのライブハウスを出て、電車の駅を目指して歩いていた。繁華街の明かりは点き始めたばかりで、まだぼんやりと空が陽の光を残していた。

「ね~。打ち上げ、あたしも行きたかったな! 明日のテストさえなければさ~!」

 ちぇっ、と舌打ちした後で、優子は上から目線で付け足す。

「……ん~。ライブはさあ、まあ正直、上手くはなかったけど、心意気は認める。これから頑張って練習すれば、ワンチャン?」

「ゆっこは厳しいね」

 寧々は苦笑いした。「ゆっこ」というのはもちろん優子の愛称だ。寧々始め、周囲にはそう呼ばれていた。

「そりゃあね、人に聴かせるんだから、やっぱり最終的には、タツ兄くらいうまくなってくれないとさ」

「また出たね。その『タツ兄』さんの話」

「何回でも出るよ?」

「その幼馴染の彼氏、ドラムやってたんだっけ?」

「そうそう。いっつもヘッドホンしてて、ドラム目の前にしてなくても、手で膝とか座布団とかドコドコ叩いててさあ……」

 寧々は、もうかれこれ何百回も聴かされた話にも愛想よく微笑む。

「かっこよかったんだあ~」

 優子がほぅ、と溜め息をついた。過去形なのは、それが、終わった関係だからだ。もう会えないのだと。連絡先も、多分お互いに変わったのだと。だから聴く寧々も優しいのだ。

「でも意外~。京介がバンドなんてさ。だって京介、中学では地味な方だったからさ」

「前から歌は上手かったんだよ」

「うん知ってる。だから意外なの。上手いのに、みんなの前では遠慮して歌わないこと多かったからさ。高校入ってなんか気持ち変わったのかな?」

「そうだね、私もはじめて聞いた時、すごく驚いた。でも、楽しそうにしてるから、なんだか私も嬉しいの」

「ホントにそう思ってる~?」

「え?」

 優子はずいと寧々と鼻先と鼻先の距離を詰めた。

「だって、クラスの子だと思うけど、ライブ始まる前に京介、女の子に囲まれてたじゃない。あたしたち、京介とは別の高校に通う事になっちゃったし……寧々、妬けなかった?」

「え、えと……そ、そんなこと……。ごめん、少しある……」

 寧々は途中考え込んで、結局は認めた。すると優子は噴出すようにして笑った。からかわれたのだ。

「あはは。なんちゃって! 大丈夫。あいつ寧々の事以外見えてないから」

「そうかな……だといいけど……」

「心配ないよ~。付き合い始めからずっと寧々たちを見てるあたしが保障するっ」

 あと横断歩道をふたつ渡れば駅前の通りに出る。ライブハウスを出てからここまで、人通りはどんどん増える。駅前まで出ればもっと増える。その道をふたりは迷い無く進んでいた。

 実はここらは、寧々と優子の通う高校の近くなのだ。ふたりとも町並みには詳しかった。向かっている駅も、いつも通学で利用している。今横を通り過ぎたカフェだって、もう何度か入った。

「あーっ、ここのケーキ美味しいんだよなあ……。食べたいなあ……でも今日はなあ……。よし、寧々。明日テストが終わったら、来るよ!」

 隣の親友が微笑んでいるのはわかっているので、優子は寧々の顔すら見ない。

 滞りなく進んでいた二人の足。だが、駅前に出るまでの最後の横断歩道の信号待ちで、それがふいに止められた。横から現われた男が二人、寧々と優子の前に立ちはだかったのだ。妙に馴れ馴れしい声が掛けられる。

「これからどこいくの? もしかして今、ヒマ?」

 短髪と長髪の男たちだった。年はおそらく寧々たちより少し上な程度だが、整えすぎた眉に派手なシャツ、変にくだけた様子から察するに、高校生では無いのだろう。それに、この季節にしては日焼けした二人の肌、そこに映える白い歯が、まだ始まったばかりの夏の季節には、なんだか白々しい雰囲気を漂わせていて奇妙だ。

 ナンパだろうか。

 そう思ったのは寧々だが、優子も多分同じことを思っただろう。人が集まるこの界隈ではよくあることだからだ。つい昨日だってそんなのに出会ったばかりだ。

 二人の表情がとたんに固くなる。加えて、こんなタイプを大嫌いな優子が、あからさまに不機嫌な顔をして、ぷいとよそを向く。が、期待を裏切って突然、がばりと男二人が深く頭を下げた。

「すんません! チケット買ってください!!」

(チケット?)

 寧々と優子は瞬きしながらお互いの顔を見合わせた。ダフ屋だろうか。その割には、そこまで柄が悪くない。それにここらにアーティストがやって来そうなホールなんて無い。

 二人の様子を見て察したらしい短髪の方の男が説明を始めた。

「ライブのチケット。あ、俺たちが、これからそこで演るんだけど……呼んでた客のキャンセルが続いちゃって……」

 そう言う男の指は、駅前通りとは違って殺風景な裏通りの方向を差していた。アマチュアのライブ、ということらしい。そういったライブハウスなら、ここらには先ほど出てきた京介たちがいた場所の他にもいくつかあるはずだ。楽器屋も多い。

 短髪が言い終わるのを待って、今度は長髪の方が口を開く。

「お願いしますっ! ハコがどうこうより、今日の主催、めっちゃ怖いバンドで、客集められなかったらヤバイんだ! ヒマだったら、どうか!!」

 主催とかバンドとか、あまりなじみのない言葉だ。だが、どうやら困っているらしい。それで、寧々はそれなりに理解しようと一応耳を傾けていたのだが、優子が隠すにしては大きな声で耳打ちしてくる。

「急にキャンセルされるなんて、どうせろくでもないバンドに決まってるよ」

 男たちの方すら向かず、優子はばっと寧々の手を取ると、ちょうど青になった信号を大股で渡り始めた。男たちが追いかけてくる。

「タダでいいし! いや、ジュースおごらせてください!」

「ごめ。興味ないし。ほか当たって?」

 演る側が観る側に差し入れとは。今しがた京介たちに差し入れてきたばかりの寧々が目を丸くする横で、冷たく優子が切り捨てる。けれども、男たちは引き下がろうとしない。

「お願いしますっ!」

「絶対楽しいから!」

 恐らくこんな調子で、すでに何人にも断られているのだろう。それで切羽詰まっているのだろう。まるで安いホストの勧誘のようになってきた。





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