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無償の愛をあなたに  作者: 白露
2/5

ビースト



 その夜、彗星が空から落ちてきた。



 真っ白い光が尻尾のようだった。一本の光の尾を長く長く伸ばしながら、真っ直ぐに森に落ちていったが、音はしなかった。



 村の人は「落ちたように見えて世界の隅を通り越して、裏側にいっちまったんだろう」と言っていた。

確かに此処は世界の隅っこで、この村より東には進めない。なぜなら天に突き刺すように高い山が幾重にも聳え立っているからだ。

 何十年も昔に高名な魔法使いが訪れて、空高く飛んで果てを眺めようとしたが、終わりはみえなかったという。だから、此処が世界の終わり。もしかしたら始まりなのかもしれないが、此処より先は無いとされる。

 


 学校では山々の果ては絶壁でそれを飛び降りると裏側(あの世)にいけると習った。

 

 山を踏破すると言って出て行ってから戻って来た人は居ないし、魔法使いが終わりが無いといったこともあわさって、この村は「世界の一番端」という名前である。



 村の人たちは単純に「はじっこ」と呼んでいた。

 


 ――ともかく、そんな「はじっこ」に彗星が流れ、音も無く消え去っていったのなら、それは裏側に言ったのに違いないというのが村民の見解だった。


 音が無いくらいなら、近場の被害も無いだろう。

 だから、村人はその日以降そのことをすっかり忘れた。

 ただ一人、くすんだ日没色の髪色をしたチトという薄汚い少女を除いて。


 

チトは、その彗星が落ちた翌日は仕事が休みだった。


 森には延々と木製の柵がたっているが、昔からこっそり抜け出しては山の食べ物をとりにいけるほど杜撰なものだった。


 手には蔦であんだ籠があり、中にはブランチのパンとハンカチが入っている。

 慣れた様子で木柵を潜り抜け、誰も近くにいないことを確認してから、こっそり何度も通って獣道のようになった道を登り始める。


 一般的に立ち入り禁止の山だが、麓である「はじっこ」は生活に必要な木材資源をこの山から採っていいという特例があったから、適度に間伐され歩きやすくなっていた。

 このあたりはまだ日差しが足元まで降り注いでくれる。



「こっち?……だったかな?」


 彗星が落下した方角の記憶を頼りに歩く。段々と獣道からはずれ鬱蒼としてきた。木の根や葉っぱに足をとられて転びかける。


 けれど、なんだか気持ちがいそいでしまう。


 彗星が落ちた、という言葉のせいか。彗星が流れていくことはあれど、あんなに近く迫った銀色の彗星は初めてだった。絶対落ちてないことはないと思った。もしかしたら、彗星のかけらがあるかもしれない。それは、なんだか魅力的で、持っておくと良いような気がした。



 暫く歩いて低かった日差しも天上に差し掛かってきた。

 湿った空気と日差しのせいで、汗が顎を伝う。


 体力は仕事と畑の作業で自信があった。

 華奢だが筋肉はそれなりについてた、――しかし、こうも何もないと疲れが増してくるもの。



「……ないなあ」



 そろそろパンでも食べようと思い、具合の良い木の根を探して、あたりを見回したとき、ぐにゃりと空間が歪んでいる場所を見つけた。


 なんだろうと不思議がって、手をかざしてみると、それはぐるぐると渦をまいてチトを強く吸い込んだ。



 驚いて目を丸くする瞬間さえなく、気づいたときには、ぽっかりとまるく空間があいた空き地に放り込まれていて、顔面からスライドした。それから、勢いはなくならずぐるりと一回転して、どこかにぶつかった。下生植物か、柔らかかった。




 何が起こったのか何秒か要した。体勢は植物に足を預けて、頭は下。仰向けに空を見上げている形である。


 ぱちくりする。空から直にさしてくる太陽が眩しかった。



「……おい、いつまでそうしている」



 突然、足元から低い声がした。

 息を詰まらせて、慌てて起き上がる。それから、また、ぱちくりと大きな目を見開かした。


「小汚い」


 声は人間のように、あるいは他種族の人間型たちのようだったが、姿がそうではない。

 ごくりと息を飲んだ。

 黒色の鼻。赤く鋭い目がこちらを睨み付けている。そして、目の前に大きな口。間からは牙が見えた。

 見た目は狼、だと思った。ただ、普通の狼より何倍も大きいし、そもそも普通の狼は喋らない。しゃべる狼といえば――。



「……びぃ、すと……」



 消え入りそうな声だった。チトは今にも泣き出しそうになり、膝を震わせた。大きな目をさらに大きくし、目の前の獣――「魔王の手下だ」と寝物語に聞いた――ビーストに恐怖する。

 

 ビースト、とチトがつぶやくと、狼の姿をした「ビースト」は不快そうに目を細め身じろぎした。その一瞬にさえ、チトは反応し体を震わせ、腰を抜かした。

 「ビースト」が口をあけた瞬間にチトは強く目を瞑った。そのまま脚から、鋭い牙に千切られる姿が脳裏を過ぎった。





「――別に喰わんさ」


 しかしいつまでも痛みは訪れず、そのかわり、人間のような声が聞こえた。

 そっと薄目を開くと、ビーストは目を閉じ、もうチトの存在さえ認知してないように振舞っていた。

 その様子に、チトは困惑した。そもこの形のビーストの末裔が今の狼と伝承で聞いたことがある。狼は大体が人間や動物を食らう立場であり、当然元祖であるこのビーストが人間を食わない理由が無かった。



 いや、しかし、見逃してくれるらしいし逃げなければならない、そう本能的に切り替えたチトは息を殺して立ち上がろうとするが、腰が抜けて立てない。


「――っ、っ、っ」


 足に動けと命令しても立ち上がれない。

 ビーストが、片目を開ける。それにびくりと反応するが、再び片目は閉ざされた。あまり関心が無いようだった。



 その対応に、チトは少し冷静さを取り戻す。

 ビーストの息が荒いことに気づいた。ふと、視線をずらすと脇にあたるところにばっさりと鋭い剣か何かで横薙ぎに斬られたようなあとがあった。そこから赤黒い血が染み、地面をぬらしている。



 その様子に息をのみ、ビーストの顔を見上げるが、全くこちらを意識しているようではなかった。

 チトは深呼吸をしてから、そっと立ち上がる。息を潜めて、視線はビーストに向けたまま、ゆっくり後退する。



 ビーストは、目を閉じたまま、追っては来なかった。



 

  

 

 

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