第九話 恭也はモーコのために頑張ることにしました。
「モーコちゃん、いるか?」
ノックと同時に声をかけると、中から物音が聞こえて、ドアが小さく開いた。その隙間から、モーコが顔を覗かせる。
「……何か御用ですか?」
「モーコちゃんと話がしたいんだ。少しだけ、時間とれないかな」
「いえ、すみません、今は――」
「頼む」
恭也の真剣な表情に根負けしたか、モーコは不承不承に「どうぞ」と招き入れた。
テーブルセットの丸椅子に座った恭也に、モーコはお茶を持ってきた。恭也は「ありがとう」と一口のみ、躊躇いがちに切り出す。
「あのさ、モーコちゃんて……どうしてウォーリアになったんだ?」
「どうしてって……」
モーコも恭也の向かい側の椅子に座る。そして、窓際の木工品を眺めながら語り始めた。
「ミノタウロス族が住まうわたしの里は、火神エルドラ様を祭り、代々エルドラ様を守り続けてきました。いえ、里をエルドラ様から守る、と言ったほうが正しいでしょうか。エルドラ様の心は荒みやすく、エルドラ様を鎮める儀式が毎日のように行われていました」
「儀式?」
「はい。地を焼く炎の中、ニ名のミノタウロスが力比べをして、先に炎の中から逃げ出した方が敗北……という儀式です。ミノタウロス族は誇り高く、炎の中息絶える者もいました。逃げたら逃げたで、エルドラ様から『腰抜け』呼ばわりされる屈辱の日々が待っています」
「ひっでえ神様だな」
「ええ……それでも、火はわたしたちの生活に欠かせないものでしたから」
「モーコちゃんもやったことあるのか?」
「いえ。儀式を強制されるのは、成人――十八歳になってからなので。そう、あれはわたしが成人になる前の年でした。わたしが薪を集めるために森へ入ると、空からティアさんがやってきたんです。一緒に来ないかって。わたしに、ウォーリアの才能があるって。あんなひどいことをさせるエルドラ様から逃げたくて、わたしはすぐに応じました。里を去ることに後ろめたさはありましたが、それよりも、あんな野蛮な儀式をさせられる方が嫌だったのです」
「じゃあモーコちゃんがウォーリアとして頑張ってるのは……」
「はい。わたしを里から連れ出してくれたティアさんと、育ててくれたハルナさんに、どうしても恩返ししたくて……でも、全然駄目で……」
「そっか」
今にも泣きだしそうなモーコを、恭也はじっと見つめた。いくら頑張っても、どうにもならない壁――それを目の前にしているモーコの気持ちが、恭也には痛いほどわかる。
「やらなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
モーコがはっとして顔を上げた。
「俺もさ、逃げたんだ。どうにもならないことから。だから、モーコちゃんに頑張れって言えないし。それに、こないだの事件で大活躍だったじゃん。そういうので充分じゃないのか?」
モーコは唖然として恭也を見ていたが、大きく首を横に振った。
「それは、嫌です」
「どうして?」
「わたしだって、『アリオンの祭典』に出場したいんです。ウォーリアとしての、自負もあります。みんなと一緒に戦って、勝って……笑いたいんです」
恭也から笑みがこぼれた。モーコの心が折れていない。恭也は、そのことが知りたかった。
「そっか。じゃあ俺、モーコちゃんのこと全力で応援するよ」
「はい?」
「今は、何ができるかわからないけど。モーコちゃんが出場できるように、協力する。諦めなかったその先に何があるのか――勝手な話だけど、それを俺に見せてほしいんだ」
立ち上がり、「ごちそうさま」と出口へ向かう恭也を、モーコが呼び止めた。
「あの、逃げたって……恭也さんは何から逃げたんですか?」
恭也は振り返り、ニヤリとした。そして上着を脱ぎ、シャツ一枚になる。
「タッチしてみるか?」
「え、ええ!?」
「さっきタッチできなかったから、俺の負けだろ。代わりにタッチさせてやろう」
「いえ、わたしは別に――」
突然、恭也はガバッとシャツを脱いだ。モーコは慌てて目を覆ったが、指の隙間から見えた恭也の上半身に絶句する。
「女みたいだろ。胸はないけどな」
恭也は力なく笑ってそう言うと、シャツを着て、「時間切れ」とモーコの部屋を出た。