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第八話 モーコには欠点があるのです。

 モーコは慌てて両腕で胸を隠した。


「スコルク君も、わたしの胸に触るつもりなの!?」

「バカ、てめえのデカ乳なんざ興味ねえよ。ガチに決まってんだろ」


 スコルクはアックスをモーコに投げ渡し、腰から短剣を抜いた。


『残念、恭也君、時間切れです。フィールドの隅のほうで待機してください。巻き込まれますよ』


 ハルナに言われ、恭也はフィールドの端の方へと走り出す。そして、ディスプレイを見上げた。


 恭也のチームに、いつのまにかスコルクが追加されている。その数値は、パッと見たところ、モーコを大幅に上回っているようだ。


 生命力:3839

 攻撃力:1622(S)

 防御力:1446(S)

 回避力:1992(SS)

 攻撃速度:2012(SS)

 スキルポイント:100

 

 そう思って、モーコのステータスと見比べてみる。すると――。


「あれ? たしかモーコちゃんの攻撃力って……」


 恭也は1000の桁を『1』と記憶していたが、今表示されている数値は2106である。スコルクを大きく上回っていた。


『武器を持ったからですよ。バーチャルバトルでは、一人一つ、武器の所持が認められています』

「おお、なるほど」


 フィールドの端について、スコルクとモーコの方に振り返ると、すでにバトルが開始されていた。


「あ、あれ?」


 恭也は訝しんでその様子を見た。激しいバトルが展開されているものの、モーコが一方的にやられている。幾度か反撃をしているようだが、モーコの攻撃がスコルクにヒットする気配が少しもない。


 もちろん、スコルクの圧倒的な回避力によってモーコの攻撃はヒットしにくいと思われるが、そのことが攻撃が当たらない直接的な原因ではないことは、恭也の目にも明らかであった。


 モーコの様子がおかしい。表情が苦悶に満ちていて、腰が引けている。


「オラ、どうした! もっと踏み込んでこいよ!」


 スコルクの苛立った怒鳴り声が、闘技場に響き渡る。


「な、なあ。何か変じゃないか?」


 少し時間を置いて、ハルナの声が聞こえた。


『駄目……みたいですね』


 直後、スコルクは攻撃を中止した。


「やめだ、やめ! 相手になりゃしねえ!」


 そう言い捨て、スコルクは粒子となってフィールドから消えた。モーコは俯いて、その場に立ち尽くしている。


『モーコ、お疲れ様。今日はもう休んでいいですよ』


 コクリと頷き、モーコもまた、粒子となって消えた。


----


「ごめんなさい、恭也君を利用してしまって……」


 恭也は自分の部屋への戻り方がわからず、ハルナに案内を頼んでいた。職員たちが慌ただしく動き回る中、二人ビル内の廊下を歩いている。


「それはいいですけど……」


 今回の件で、恭也の疑問が氷解した。


 Sランクであるにもかかわらず、ティアに励まされ、スコルクにノロマだと罵られていたモーコ。すべては、モーコの欠点に起因していた。


「バーチャルバトルなのに、痛みを感じるんすか」

「はい。わたしも幾度となく検査しましたし、多くの精神科にも頼ってみたのですが、解決の糸口が見えないんです。バーチャルバトルについて何も知らない恭也君が平気な様子を見れば、何か変わるかもしれないと思いまして……藁を掴むような話ですけど」


 モーコの拳で吹き飛ばされた後、顔を真っ青にして近寄ってきたモーコに、恭也は内心驚いていた。痛みなどないただのバーチャルなのに、心配される理由がわからなかったのだ。


「モーコちゃん、優しい子なんすね」


 ハルナは悲し気な表情で頷いた。


 バーチャルバトルで、モーコは痛みを感じる。だからこそ、相手に思い切った攻撃ができない。相手も痛いのではないかと、不安になってしまうから。


「モーコが感じている痛みは、我慢できないほどではないそうです。それに、相手に痛みはないと理解しています。ですが、何度も体に受けた痛みの記憶が、拒絶反応を起こしてしまうといいますか……体が勝手にブレーキをかけてしまうようです。せめて攻撃がまともになれば、『アリオンの祭典』に出場するチャンスも生まれるのですが……」

「一度も出場したことないんすか?」

「はい。ウォーリアになって五年目になりますが、一度も。一度くらい、機会を見つけてなんとか出場させてあげたいのですが、うちはシード国で、大会は強敵ばかりになってしまうので……恭也君?」


 恭也は足を止め、真摯な眼差しでハルナを見据えていた。


「そんなことしても、モーコちゃんは喜ばないっす」

「え?」

「ハルナさん、ちょっとモーコちゃんと話をしたいんすけど、いいっすか」

「それはいいですけど……恭也君!?」


 恭也は居てもたってもいられず、駆けだしていた。自らの経験と重なって、他人事とは思えなかったのだ。


----

 

 恭也、高校二年生の夏の事である。


 野球部の合宿に参加し、厳しい練習に耐えて帰宅した恭也だったが、合宿の最終日に感じた右肩の違和感が消えず、念のためにと病院に来ていた。


「よくもまあ、今まで野球を続けられたものだ。だが、もう君の身体は限界だよ」

「は?」


 突如言い渡されたドクターストップ。


 小学生のころからずっと続けてきた大好きな野球。レギュラーを勝ち取る為に毎日欠かさず自主トレーニングをしているほど熱心だった恭也にとって、到底受け入れられるものではない。


「いや、ちょっと痛むだけなんですけど」


 医者は大きく首を横に振って、レントゲンに映った肩のあたりを指示棒でトントンとやった。


「怪我自体は大したものじゃない。軽い炎症だ。だが、君の丸みを帯びた肩、内向きの足や肘。これがどういうことかわかるかい?」


 医者でもない恭也がわかるはずもなく、少し不機嫌に「わかりません」と返すと、医者の目が鋭く恭也の目を射抜いた。


「いいや、君はわかっているはずだ。中学までなら軟式だし、テクニックでカバーできる部分も多いが、高校野球ではそうはいかない。どれだけ練習をしても、周りに追いつけないことを君は感じていたはずだよ」


 図星を指され、恭也は医者から視線を逸らした。


 いくら筋力トレーニングをしても、外野の頭を超すようなバッティングができない。いくらダッシュを重ねても、ベースランニングのタイムは中の下。


 もどかしさを感じていたが、練習が足りないからだと自分を叱咤し、自主トレーニング時間を増やした。結果、軋むような感覚が頻繁に発生するようになり、うっすらと、限界なんじゃないかと思い始めていたことは事実だ。


「つまり、どういうことなんですか?」


 恭也が意を決して聞くと、医者ははっきりと答えた。


「わかりやすく言えば、君の身体はひどく女性的だ。このまま高校野球を続ければ、いつか必ず大怪我をする。野球は辞めなさい。つらいとは思うが……わかったね?」


 恭也は認めなかった。


 努力は絶対に自分を裏切らない――そう教わってきた恭也にとって、野球をやめることは逃げることでしかなかった。


 もう限界なんじゃないかという不安と、努力すれば結果はついてくるという意思の狭間で、限界以上のトレーニングを続けた恭也。


 そうして迎えた、高校三年生の夏。


「九番、セカンド雄武」


 ついに勝ち取ったスターティングメンバ―。恭也は飛び上がりたくなる気持ちをようやく堪えていた。恭也の努力を近くで見ていたチームメイトも、恭也と一緒に喜んでいた。


――どうだ、見たか!


 あの医者に、声を大にして言ってやりたかった。


 だが――。


 至福の時間は、一瞬にして崩れ去った。


 試合で結果を出してやろうと意気込み、試合前のノック練習でキャッチャーに全力送球をした時のことである。


 肩に激痛が走った。恭也はうずくまり、そのまま救急車で搬送され、病院で診察を受けることになる。


 結果は、急性腱板断裂。


 その後はリハビリ生活が続き、恭也がグラウンドに戻ることはなかった。悔しさに涙することもあったが、最終的には、監督やチームメイトが恭也の実力を認め、スターティングメンバ―を勝ち取ったという事実が、恭也の不安定な心を救っていた。


 しかし、ある日のこと。


 野球部が懐かしくなり、恭也はかつてのチームメイトと話そうと、部室へやってきた。部室のドアノブに手をかけた時、「恭也さー、」と聞こえて、ついドアを開かずに聞き耳を立ててしまう。


「いまどうしてる?」

「クラスでは、割と元気そうかな」

「そっかぁ。じゃ、恭也はまだ知らないんだな」


――なんのことだ?


 恭也は思わずドアに耳を寄せた。


「お情けで監督がスタメンに選んだって話?」

「そうそう。それ聞いたら、恭也凹むだろうなあ」

「監督もなー。最後の初戦ぐらい出してあげたかったとか。みんなの前で言うなっての。微妙な気持ちになるわ」

「ま、監督の気持ちはわかるけどな。恭也めっちゃ頑張ってたし。でも、あの体じゃなあ」

「ほっそいよな。顔も女みたいだし。女だったら、絶対惚れてるわ」

「言えてる! 健気な感じで――」


 恭也は最後まで聞かず、駆けだしていた。


 結局のところ、恭也はスターティングメンバ―の座をもぎ取ったのではない。差し出されたのだ。憐憫の眼差しに囲まれながら。レギュラーを勝ち取りたい一心で辛い練習に耐えてきた恭也にとって、この上ない屈辱だった。


「……ちくしょう!」


 校舎の壁に拳を打ちつけ、一人涙を流す。


 こんな悔しい思いをするのなら。こんな惨めな気持ちになるのなら。


――もう、俺は頑張らない。


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