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第七話 バーチャルバトルなのです。

 食事を終えて少し休んだ後、恭也はハルナに呼ばれてポヨッペの検査に立ちあったが、特に異常は見られなかった。しばらく様子見をしようということに留まり、恭也は今、ハルナに頼まれてモーコの部屋の前に立っている。


「ふーっ」


 大きく息を吹きだす。女性の部屋を訪ねるのは初めてのことで、恭也はそれなりに緊張していた。


 意を決してノックを二回すると、「はぁい」と可愛らしいモーコの声が聞こえた。やがてドアが開き、ベージュのエプロンを身につけたモーコが目を丸くする。


「恭也さん? 何かご用ですか?」

「ハルナさんに、モーコちゃんを闘技場に連れてきてくれって頼まれてさ」

「闘技場に……ですか」少し間を置いて、モーコは頷いた。「すぐに準備します。中で待っててください」

「え? 入っていいの?」

「はい、少し片付けがありますので、よかったら」


 恭也は躊躇いがちに中に入り、ドアを閉めた。同時に、漂ってきた木の香り。モーコを見ると、どうやら木工具を片付けているようだ。


「何してたんだ?」

「木のアクセサリーですとか、おもちゃを作ってるんです」

「ちょっと見てもいい?」

「ええ、どうぞ」


 モーコが頷いたことを確認して、恭也は窓際にあるモーコが作ったであろう木工品に近づいた。馬やウサギといった動物、小箱やアクセサリーといった小物などが、所狭しと並んでいる。


 恭也は、馬の人形を手に取った。頭をつついてみると、尻尾も同時に動き、「おお」と声を漏らす。色彩も鮮やかで、商品として売っても問題はないであろう仕上がりだ。


「すっごい良くできてる……器用なんだな」

「ありがとうございます。わたし、こういう小物作りが好きで……お休みの時は、よく彫刻刀を握っていますよ」

「意外だな。ウォーリアって、とにかく体を鍛えてるって印象だったんだけど」

「大抵そうです。スコルク君なんか、お休みの日もトレーニングしています。わたしは、戦闘要員としてあまり期待されていませんので……」

「Sランクなのに? 昨日だって、すごかったじゃん」


 素朴な疑問だったが、あまり触れてほしくない話題のようで、モーコの表情が暗くなった。


「悪い、嫌なこと聞いちまったかな」

「いえ……ああいうのは大丈夫なんですけど、戦闘は得意じゃなくて……じゃあ、行きましょうか」


 モーコの案内で、恭也はビルの地下にある闘技場へやってきた。


 観客席に出ると、ガラスのドームで覆われた長方形のフィールドが見えた。四方から配置されたライトが、乳白色の床を照らしている。広さはサッカーのフィールドの二倍ほどだろうか。


「すっげー、超きれいだな」


 恭也が観客席の椅子を撫でて言うと、モーコがあたりを見回しながら答えた。


「今年の『アリオンの祭典』は、セントレイクが開催地なんです。ここが会場なので、整備も行き届いているんですよ。ハルナさんは……見当たりませんね」

「あれは?」


 恭也は向かい側にある巨大なディスプレイを指さした。恭也の頭上にも、同様のものがある。


「あそこに、出場するウォーリアのステータスが表示されるんです。闘技場で訓練することも多いので、たまに様子を見に来ていただければ、みなさんのステータスを確認できますよ」

「左右の、上の方にあるあれは? 特別席?」

「はい。教皇様や大統領といった、とても地位の高い方が観戦されます。それと、マイク見えますか? あそこで、コンダクターがウォーリア達に指示を送るんです」

「うへえ。後からお偉いさんが見てるとか……すごいプレッシャーだろうな」


 と、そこへ「お待たせしました」とハルナがやってきた。


「ごめんなさい、恭也君の登録に時間がかかってしまいまして」

「登録?」

「フィールドに入るための登録です。モーコ、向かい側のボックスに入って下さい」

「え? は、はい」


 モーコは走ってフィールドの縁を伝い、反対側の観客席の方へと向かった。


「恭也君はこっちです」


 ハルナはそう言うと、観客席下の廊下へとつながる階段を下り、恭也はその後に続いた。リノリウムの床をしばらく歩いて、ハルナが『選手室』と書かれたドアの前で立ち止まる。


「ここ、一般の人は立ち入り禁止なのですが、今日は特別です。ドア横にあるガラス板に親指を翳してください」

「う、うす」


 恭也が言われたとおりにすると、『認証しました』と機械音声が聞こえて、左右にドアが開いた。


「指紋認証っすか……って、いつのまに?」

「朝食の食器から、拝借しました」


 素敵な笑顔を返され、恭也の頭がガクッと落ちた。責める気にもなれず、大人しく選手室に入る。


 中は、十畳程度の小さな部屋だった。五つの大きな漆黒のロッカー以外に何もない。


「なんすか? ここ」

「入ってみればわかりますよ。さあ、どうぞ」


 ハルナが漆黒のロッカーの一つを開いた。導かれるがままに、中へ入ってみる。


 すると突然、バタンとロッカーのドアが閉められた。


「ちょ!?」


 恭也はガンガンとドアを叩くが、開かない。慌ててロッカー内の壁を伝ってみるが、やはりただの箱のようだ。辺りは真っ暗で、何も見えない。


『恭也君、聞こえますか?』


 ハルナの声だ。


「ハルナさん!? え、何!? これ何の罰ゲーム!?」

『モーコの胸をいつも鼻の下を伸ばして見ているので、お仕置きです』

「え!? いや、そんなに見てないでしょう? むしろ、見ないように努力してるんすよ? 割とマジで」

『というのは冗談で、もうすぐ準備ができますので……これでよし、と』


 突然、恭也はまぶしい光に襲われた。慌てて両腕で顔を覆い、多目が慣れるまで数秒。


「……あれ? モーコちゃん?」


 目の前に、モーコがポカンとして立っていた。辺りを見回すと、観客席や巨大ディスプレイ、特別席が見える。


 そう、恭也は今、闘技場のフィールドの中心にいるのだ。


「え? なに? なんで俺ここに?」

『恭也君がいるのは、間違いなくボックスの中ですよ。意識だけ、そこにあると思っていただければ結構です。後にあるディスプレイを見て下さい』


 ハルナに言われ、恭也が振り返って見上げると、何やらよくわからない文字の羅列と数値、記号が表示されている。


「全然わかんないんすけど」

『あ、ごめんなさい。上から、生命力、攻撃力、防御力、回避力、攻撃速度、スキルポイントと読みます』

「なるほど、つまり――」


 生命力:48

 攻撃力:28(F)

 防御力:12(F)

 回避力:24(F)

 攻撃速度:21(F)

 スキルポイント:100


「――てことか。 これ、俺のステータスですか?」

「ええ。基本性能の各項目を元に算出されるステータスです。ちなみにスキルポイントは、現実の使用可能頻度に即した形で消費されます。例えば、アウスのフォトンブレスは現実では一日一回しか使用できませんので、試合では一回しか使えない、つまり消費スキルポイントは100ということになります。ファイヤーブレスは一日二回使用できますので、消費スキルポイント50。スキルごとにスキルポイントが用意されているわけではありませんので、0になると、他のスキルを含め一切使用できなくなります。それでは、モーコの方にあるディスプレイを見て下さい」

 

 恭也が向き直って見上げると――。

 

 生命力:4855

 攻撃力:1502(S)

 防御力:1560(S)

 回避力:921(A)

 攻撃速度:1126(A)

 スキルポイント:100


「モーコちゃんつええええ!」

『Sランクのウォーリアですからね。このままでは勝負になりませんので、少し恭也君のステータスをいじります』

「へ?」


 徐々に恭也のステータス数値が上昇していく。最終的に、すべてのステータスが約十倍になるまで調整され――。


「なんだこれ……なんだこれなんだこれ!?」


 恭也に漲る力。全身が羽毛のように軽い。試しに拳を繰り出してみれば、パァン! と空気を叩く音が聞こえるほどのスピードだ。


『少し、身体を動かしてみてもらえますか?』


 恭也は走ってみた。端まで百メートルはあるその距離に達するまで五秒程度。バク転、側転、宙返り。何もかもが自由自在だ。しゃがんで足に力を入れて飛び上がってみると、優に五メートルを超える跳躍ができた。


「やっべ、これ超楽しい!」

『問題ないようですね。では、モーコと勝負しましょう』

「え!?」


 恭也は耳を疑った。モーコを見ると、同じく訳が分からないと言った様子だ。


『大丈夫ですよ、仮想空間ですので、痛みはありません』

「いやいや、俺がバトルとか無理ですって――」

『もちろん、ステータスに圧倒的な差がありますので、単純に戦ってもらうわけではありませんよ。恭也君が、モーコの胸にタッチできたら、恭也君の勝ちとします。はい、始め』

「えええええ!?」叫んだのはモーコだ。「いえ、その、えええええ!?」


 慌て戸惑うモーコに対し、恭也からはやる気が漲っている。


「モーコちゃん……すまない。ハルナさんは俺の上司。逆らえないんだ」

「いえ、あの……理不尽な命令には逆らうことも大切で――」

「理不尽な命令? それはよーくわかってる! しかし! 日本男児たるもの、理不尽なことから逃げてちゃいかん! 男の尊厳にかけて俺は……モーコちゃんのオッパイにタッチする!」

「わけがわかりませ――」


 恭也はモーコの声を無視して蹴り出した。一直線にモーコの懐へ飛び込み、巨大なヤシの実を掴まんと腕を伸ばす。その手を、モーコは半身で躱した。


「ちょっと、待ってください、待って!」


 恭也の攻撃(?)は止まらない。恭也の手がモーコの胸を幾度となく襲い、モーコは躱すごとに後退する。


 そして、ついにモーコが壁を背負ったその時。


「これで……終わりだあああぁぁぁ!」


 恭也はモーコの胸に目がけて飛び込んだ――が。


「ごめんなさあああああああい!」


 モーコの強烈な正拳が、恭也の顔面をえぐる。鈍い音を立て、恭也ははるか後方まで吹き飛ばされた。飛び石のように全身が叩きつけられ、フィールド中央当たりでようやく止まる。


「お? お!?」


 恭也は起き上がると、キョロキョロと辺りを見回した。次いで、自分の身体をポンポンと叩く。やはり痛みはなく、傷もない。


『恭也君、ステータスを見て下さい。チャンスはあと一回ですね』


 ハルナに言われてみると、生命力の数値が58に変わっていた。480あった数値が、たった一撃で大幅に削られている。


「だ、大丈夫ですか!?」


 モーコが顔を真っ青にして駆け寄ってきた。


「おう、なんともないよ。すっげえ、やっぱりバーチャルなんだな……って、え?」


 モーコがほっと溜息をついた直後。モーコの隣の空間が歪み、人の影が現れた。


「よお、やってんな」次第にその姿が明らかになる。「俺も混ぜろや」


 両刃の巨大なアックスを肩に担ぎ、仁王立ちしているその男は、スコルクだった。


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