第六話 ウォーリアの食事タイムなのです。
与えられた恭也の部屋は、まるで上等なホテルの一室のようであった。恭也は棚に鳥籠を置き、フカフカのベッドにダイブすると、ものの数秒で眠りに落ちそうになってしまう。
「……っは! やっべ!」
重い身体に鞭を打って起き上がり、デスクに置いてあったノートと鉛筆を使って絵を描き始めた。
――俺の顔をしたポヨッペなんざ、愛でたくないからな!
そんな思いが眠気に勝り、何度も何度も納得がいくまで絵を描き直す。
そして、二時間後。
「よし、できた!」
ノートに描き終えた絵は、背中から羽が生えたエンジェルのような少女である。あどけない表情にワンピース。オカメインコのトレードマークである赤ほっぺは重要なのか、赤いボールペンで塗りつぶしていた。
「おい、ポヨッペ! 起きろ!」
ポヨッペは目を開き、「ピィ?」と首を傾げた。
「これが、かわいい人間ってやつだ。間違っても俺の顔になるんじゃないぞ? いいか? この絵をよーく覚えておくんだ」
数秒置いて、「何言ってるの?」と言わんばかりにまた首を傾げたポヨッペ。
と、そこへ、トントンとドアをノックする音が聞こえた。
「入るぞ」
入って来たのは、パンツスーツ姿の赤髪の美女、アウスタリスである。
「おわっ!?」
恭也が慌ててノートを背中に隠すと、アウスタリスはギロリと恭也を睨みつけた。
「貴様、今何を隠した?」
「い、いや、大したもんじゃないって! 何の用?」
「はぐらかすな。何か企んでいるわけではあるまいな? 隠しているものを見せろ!」
「ほんとに大したものじゃ――」
ふっと風が吹いて、目の前にいたアウスタリスが消えた。恭也が慌てて辺りを見回していると、背後から右腕の関節を取られ、ノートを奪われてしまう。
「おま、返せ! いだ、いだだ! いだい!」
「大人しくしていろ!」
アウスタリスは片手でノートを開いた――と同時に、ひどく顔を歪ませ、拘束していた恭也を突き放す。その勢いで、恭也は地面に倒れ込んだ。
「バカの上にロリコンとは……救いようがないな」
「ちっげーよ! ポヨッペが俺の顔になんねえように仕方なく――」
「近寄るな。バカとロリコンがうつる」
アウスタリスは近づいてきた恭也にノートを投げつけた。額にぶつかって落下したノートを、恭也は慌てて拾い上げ、胸に抱きかかえる。
「……で、何の用だよ」
「朝食だ。ポヨッペを連れてさっさと来い」
「おー、メシもらえるんだ……っておい!」
アウスタリスはスタスタと歩き、部屋を出てしまった。恭也は慌ててノートをベッドに放り投げ、ポヨッペを抱えてアウスタリスを追う。
「なあ、そんなに俺が嫌なのか?」
アウスタリスに追いつくと、恭也は不機嫌そうに言った。
「そうだな。できれば、さっさと地球に帰ってほしいと思っている」
「なんでだよ。別に俺がアンタになんかしたってわけじゃないだろ?」
「精神も体も軟弱極まりないお前を見ていると、イライラする」
「そうかよ」
二人は再び歩き出す。その重々しい雰囲気を感じ取ってか、ポヨッペが「ピィ……」と力なく鳴いた。
「……悔しくないのか?」
「あん?」
突然聞かれ、恭也は意味がわからず呆然とした。
「軟弱者と言われて、悔しくないのかと聞いている」
「ああ。普通なら、悔しいんだろうな」
恭也に軽蔑の眼差しが向けられた。
「情けない奴だ。見ただろう? わたしたちの力を。貴様は場違いもいいところだ。ここに居たいなら、少しぐらい鍛えたら――」
アウスタリスが恭也の身体に視線を移したその時。アウスタリスは瞠目し、再び歩みを止めた。
「気付いたか?」
アウスタリスは徐に恭也の肩に触れる。繊細でしなやかな肩。軽く握ってみれば、綿のように柔らかい。
「なんだ、これは!?」
「……骨格と筋肉だけ、生まれつきこうなんだ。頑張ったけど、どうにもならなかった」
女みたいなやつ。
小さい頃からそう言われ、ずっとからかわれてきた。いくら鍛えてもほとんど筋肉はつかず、肉体の弱さは一般女性をさらに下回る。
だから、恭也は悔しいとは思わない努力をしてきた。悔しいと思ったところで、どうにもならないからだ。
「そうか……すまなかった」
――ああ、まただ。
恭也はうんざりする。こうして身体の秘密に気づかれ、何度憐れまれたことか。恭也にとって、からかう者たちと同様に、憐れむ者たちも疎ましい存在だ。
「着いたぞ」
アウスタリスがドアを開くと、そこは広々とした食堂だった。いくつも配置された円卓に、ここで働く職員、あるいはウォーリア達が楽しそうに雑談をしながら朝食をとっている。
その奥の方の大きな円卓で、大きく手を振るティアがいた。
「アウスー! こっちこっち!」
ティアのいる円卓へ向かうと、モーコ、スコルク、スイレンも一緒だった。皆、それぞれに朝の挨拶を交わす。
「遅かったね……あ!」
しまった、と言わんばかりに恭也を見て口を覆ったティア。それを見たアウスタリスが、大きくため息をついた。
「お伝えしていないのでは、と思いまして」
「ありがとう! すっかり忘れてたわ」
恭也が驚いてアウスタリスを見た。
「ティアに頼まれたんじゃないのか?」
アウスタリスは答えず、ティアの隣の席に座った。
「ここ、空いてるよ!」
スイレンが空いている隣の席を示す。アウスタリスに礼を言うタイミングを失い、「お、おう」と恭也も座った。
「えっと……メニューとかあるの?」
「ううん、僕らの食事はハルナさんに管理されてて、そのありあわせになるとおもうよ――あ、ほら、来た」
スイレンが指さしたほうを見ると、料理をのせたサービスワゴンを押す給仕服姿のハルナが現れた。
「お待たせしました」
ハルナがまずティアに手際よくサーブする。慌てて、恭也は立ち上がった。
「あ、手伝いますよ」
「いいんです、座ってて下さい」
ハルナに制止されて座り直したものの、居心地の悪さを感じていた。雑用のためにここに来たというのに、恭也はいまだに何の手伝いもできていない。
ハルナがアウスタリスにサーブすると、手伝わせてもらえない理由が判明した。
「今日はサジタウルスのサーロインステーキです。そのホワイトキャロットソースをかけて食べて下さい。パワーが上がりやすくなりますので。それと、器用さの数値を安定させるためのサラダ……こちらはポポルトナッツのスープです」
「ポポルトナッツ?」アウスタリスは戸惑った表情でハルナを見上げた。「甘いものは苦手なのですが……」
「先日の検査で精神力の数値が落ちていたのですよ。薬だと思って、食べて下さい。それにしてもめずらしいですね、何かあったんですか?」
「え? い、いえ、何も……」
「……何かあったら、必ず相談してくださいね」
ハルナはスコルクの席に移った。アウスタリスと同様、説明やアドバイスをしながらサーブをするハルナの姿を、恭也は尊敬の眼差しで追う。
「すっげ……みんなの状態で、料理を考えてるのか」
恭也の問いに、ティアが応じた。
「考えているというか、ハルナが作ってくれてるんだけどね」
「まじで!?」
恭也は一つ一つの料理を見た。どれも異なる料理で、しかも工夫が凝らされている。
スイレンがティアに続いた。
「状態だけじゃなくて、僕らの育成方針とか、好みとか。いろいろ総合的に判断して作ってくれているんだよ。ウォーリアによって食べちゃいけないものとかもあるし……スコルクさ、完全肉食タイプなのにモーコのサラダ食べようとして、ハルナさんにものすごく怒られたんだよ」
「うっせ!」
顔を真っ赤にして怒ったスコルクを、スイレンはケタケタと笑った。
「ブリーダーって、すげえんだなぁ」
恭也は感嘆して呟いた。ポヨッペのような小鳥からアウスタリスのようなドラゴンに至るまで、様々なウォーリアがいる中、それぞれに適切な食材を使わなければならないハルナの苦労は想像するに余りある。
恭也の視線に気づいたか、ハルナが微笑んで答えた。
「ブリーダーは、わたしだけではありませんので。タワー内に二級ブリーダーが三名、それ以下のブリーダーが三十二名います。それぞれのブリーダーが、責任をもって担当するウォーリアの食事を作るのですよ」
「おお……そうなんすね。びっくりした」
ティアが悪戯な笑みを浮かべて言う。
「謙遜しちゃってぇ。二級以下のブリーダーを監督するのもハルナの仕事なの。ここで出される料理を全部把握していることに変わりはないわ」
「……うへえ」
絶句した恭也に、ハルナは困ったような笑顔を返すと、再びサーブに移った。
忘れるな、とばかりに、ポヨッペが「ピィッ! ピィッ!」と騒ぎ出す。
「そうだ、ポヨッペはどうすりゃいいんだ?」
「このソテーは――あ、ポヨッペちゃんは籠から出して、食卓の上にのせてあげてください」
ハルナに言われ、恭也はポヨッペを食卓に移した。ポヨッペは首を伸ばし、今か今かと料理を待つ。
「お待たせ、ポヨッペちゃん。サントラの実とタルタの実を細かく砕いて、プルートパウダーで味付けしたものですよ」
ポヨッペは差しだされた小皿に頭を突っ込み、貪るように食べ始めた。
「おい、みんな待ってるのにそんな――」
「うめえぇぇ!」
恭也は驚いてビクンと跳ね上がった。その場にいる全員が目を丸くして、ポヨッペを凝視している。余りにも大きな声で、周囲の注目も集めていた。
「い……いまの、ポヨッペちゃんですよね?」
モーコが沈黙を破って口を開くと、ハルナが小さく首を横に振った。
「いえ、まさか……施術の翌日に言葉を発するなんて、そんな……」
皆に見守られる中、ポヨッペは食べ終えてしまい、満足気に「ピィッ!」と鳴く。
ハルナがポヨッペを間近でじっと見ながら言う。
「念のため、後で覚醒の進行状況を検査してみます。恭也君も一緒に来てください」
「う、うっす」
「では、ありあわせですが、どうぞ」
恭也の前にも食事が置かれた。それぞれに「いただきます」をして、食事を始めてすぐに、恭也が「うっ、うっ」すすり泣き始める。
「ちょ、ちょっと! どうしたの?」
ティアが聞くと、恭也は一歩距離を置いたハルナを見上げた。
「うめえっす……超うめえっす」
「泣くほどですか!?」
「俺、一人暮らし始めてから、コンビニ弁当ばっかりだったから……なんっつうか、あったかくて、超うめえっす」
「そ、そう?」
泣きながら食べ続ける恭也を見て、スコルクが呟く。
「なーんか、おもしれえのが二人増えたなぁ……」