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魔女ときのこ  作者: はる
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焦る魔女との出会い

きらきらかわいいものは、女の子皆が憧れるもの。

甘くてふわふわなクリームと、ひらひらレースに、それからフルーツ。

かわいいものに囲まれて可愛い服でおしゃれして。おなかが減ったらパスタに、パンケーキ。

私にはなんだって出せるし、なんだってできるの。

魔女一家の末裔として全英知を授けられた私にならね。


深い深い鬱蒼とした森の奥に、小綺麗に整備された人口の丘があった。

その丘にはただ、20畳程の面積を有する少し背の高い1階建ての、ファンタジーにでてくるような木造建築があるだけだ。原宿を想起させる極彩色と、散りばめられた宝石と、外装に張り付けられた今にも喋りだしそうなぬいぐるみたちでその家は構成されている。

その一部は本当に食べれるお菓子で作られていて、一言でいえば小学生の女の子が想像する女の子の理想のおうちという感じだ。

この片田舎の、それも人里離れた森の中にそのような建物があることは女の子たちには知られていない。それは商業施設として、娯楽施設として作られているわけではないのだ。この丘には車でたどり着くには森が深すぎる。まさに獣道という程の荒れた道と、深い孤独に耐えられる女の子はきっといないだろう。

その持ち主は、一人の少女で。この丘のすべては彼女のためだけに存在する。彼女は、魔女の末裔だ。


かつて、この森一帯は、魔女の住む集落だった。外界とは逸する、集落のみで形成される文化が育ち魔法が伝承されていった。

呪文一つで火を起こし、重いものを持ち上げ、水を生み出し、食材をも生み出すことの出来る彼女らにするべきことは創意工夫を下界から盗み、真似てくることだった。

魔女といえども、その魔力を使うことの出来る段階には大きく個人差がある。同じ魔法を使っても個人の持つ魔素によって生じる結果が異なってくるのだ。集落は、できるだけその個人の持つ力の差を埋めるべく、呪文の開発を行った。また、わずかな魔素からでも魔法を発現することが可能になるよう、魔法陣の開発、研究も重要なテーマとして数多く行われ伝承されていた。

しかし、時を経て、下界が便利さを増すとともにその魔法の習得を嫌がる魔女の末裔が増え始める。下界との交わりが増えたことにより、個人の持つ魔素が薄まったことも原因だ。持つ魔素が少なければ少ないほどその習得と修業は厳しいものとなる。一つの魔法を覚えるだけでもまず、魔素の増幅魔法、それぞれの魔法ごとに異なる魔法陣、省略できない魔法詠唱と、気の遠くなるような時間がかかるからだ。

下界に下りれば、蛇口を捻れば水が出るし、電気をつければ明るくなる。利便性を求め、町の煌びやかさを求め、魔女たちは段々と人間へと身を移していくようになる。


その点、彼女の家系は徹底された純血だった。集落の長一族として常に、魔素量の多い遺伝子を持つ者を婿として迎え入れていた。時には兄妹同士の結婚を認めてでも、その血の強さを守り続けてきた。血の濃さ故に、比較的短命であり、一定の年になると心身共に成長が著しく緩やかになるという欠点を持ち合わせていたが。その欠点を余りあるほどの膨大で、強大な魔素を体内に溜め込んでいる。

その容姿から、妖精と称されることも多々あり、集落の有事には先陣に立って戦っていたため、その強さと相まって森のある里には、美しい妖怪として物語られている。


妖精の末裔である彼女は、集落の中でも類を見ないまでに魔法を使う事に長けていた。

言葉など発さずとも、思考するだけで魔法を発動することが出来る。呪文も、魔法陣も一個も知らないどころか、発語する前の赤ん坊の段階からいたずらですまされないようなやんちゃを魔法によって出来るほどだった。

当然、彼女は努力するということを知らずに育った。同世代の魔女がやがて魔法を覚える年になったとき、周りの大人が誰も歯が立たないほどに彼女は成長していた。同世代の魔女はおろか、周りの大人にすら、見下し、こんな言葉をかけ続けた。

「なんで、そんなこともできないのよ。」

初めのうちは子供だから、長の一族だからと我慢してきた魔女たちもやがて集落を離れるようになった。

友達など出来るはずもなかったし、返り討ちにあうことをわかっていながらそれでも彼女に向かってつらい言葉をかけるものは後を絶たなかった。

「あんたなんか、ひとりになっちゃえ」

彼女の唯一の親族であった母親は、彼女が10の年になり、母親の魔素量を超えたとき、長としての役目を終え、下界、原宿へと下りて行った。

「後のことは頼んだわ。ママね、ずっと下界に憧れてたの。今からでもアイドルになりたいわ。」

実年齢は35歳を迎えようとしてるにもかかわらず、人間の見た目でいうと17歳ほどにしか見えない彼女の母親は、その精神年齢も、いつだか成長を止めてしまっていた。

娘に負けて悔しいから、やりたい自分の夢を追うという理由でネグレクトを起こしたのだ。

彼女は、そんなどうしようもない母親に対し、感謝をして。それから心を閉じた。

「一人でも生きていける。友達なんていらないわ。大丈夫よ。」


こうして、彼女は集落の長になった。誰も近づけない森の奥に家を建て、たった一人の城を作った。

初めのうちは里帰りをしていた母親の持ち帰った極彩色のぬいぐるみたちと、母親から聞いた女の子が憧れる可愛いもの達によって城は構成されるようになった。

「ママね、恋をしたの。本物の恋よ。」

彼女が13になった年、ついに母親は里帰りをしなくなった。下界の、自分の本当の年の半分の男に心惹かれ熱い恋愛をするようになったからだった。

彼女は、さみしくなんてなかった。困ってなんていなかった。魔法で何でもできてしまったから。友達なんていなくとも魔法でぬいぐるみを喋らせればよかった。

本当は睡眠も必要なく動くことが出来たのだが、面倒くさくなって一日の大半を寝て過ごした。お腹が減れば魔法でケーキを出して。ぬいぐるみたちと楽しいお茶会。

時たま、鏡に魔法をかけて下界にいる母親の様子を観察していたが、母親は自分のことを忘れてしまったかのようにとても毎日楽しそうだった。でも、自分も下界に下りたいという気持ちは全くなかった。魔法を使ってはいけない世界なんてどうやって生きていけばいいかわからないからだ。

うらやましくなんてなかった。なんでもできてしまう自分の方が絶対すごいしたのしいに決まってる。

あんたたちが欲しいもの、全部手に入るんだから。

そうやって彼女は自分をごまかして生きていた。一人ぼっちのまま。


ある朝、彼女がふかふかのベットで目を覚ますともう既に日は高く昇っていた。

お腹がすいた。そう考えた彼女は、頭の中でほかほかのパンを思い浮かべる。いつも朝ごはんに食べている、バターたっぷりの白くてやわらかいやつだ。

魔法の発動理論が組みたち、目の前の机に出現する…はずなのだが、目を閉じても目の前には何もない。ただそこに木製の机があるだけだ。

頭の調子が悪いのかしら。彼女ははじめそう、考えた。彼女はそれまでなったことがなかったのだが、ほかの魔女は調子の良さによって魔法の出来が左右されてしまうと聞いたことがあった。

彼女は、頭の調子をよくしようと首をひねってみたり、肩を回してみたりしてそれからもう一度パンを召喚しようと魔法を脳内で詠唱する。回路が立ち上がり、はするもののイメージの中でショートを起こし、何も起こらなくなってしまう。

きっと、眠たいんだわ。

彼女は少しの焦りを感じたが、再びベットにもどった。やわらかいベットに体を沈めると心地が良くてうとうとしてきた。ほら、やっぱり。

欲望に任せるまま眠りに落ち、日が暮れかけるころ目を覚ました彼女は、自分の知っている全魔法が起動障害を起こしていることを知り、絶望することとなる。

ひとしきり絶望し、ようやく自らの欲望を、自分の力で解消しなければいけないという焦りに気づいたときには、日はすっかり暮れ、空は真っ暗になってしまっていた。

「のどが渇いた…わ…。」

彼女は月明りを頼りに、丘の辺りを見回した。外に出るのすら久しぶりだということを彼女は戸を開くまでわすれていた。魔法によるアシストのない足どりは重く、どっちを向けば集落が飲用として使っていた井戸があるかさえ検討がつかない。

静寂の中動物の声が寂しく響き渡る。時折、ばさばさと羽音を立て、木から飛び立つ鳥に、彼女は酷く驚いてそのたびに身を竦ませる。

夜がこんなに怖いものだったなんて。

魔法で背中に羽を生やし、夜の空を飛び回っていたあの頃が懐かしくなった。羽をキラキラと輝かせて、飛び回る気持ちよさは夜の恐ろしさなんて微塵も感じさせなかった。何でもできるという全能感だけが彼女を突き動かし、怖いものなんてなにもなかったのだ。

それが今は、明かり一つつけることができない。全てを魔法に頼っていたせいで、家には電気も水道も、ガスも通っていないのだ。

今頼りになるのは月明りに照らされて、魔法で作られた金色に、キラキラと輝きを放つわずかな背丈の家を囲う草々だけだ。

彼女はそっとその草の一つをつみあげる。この草は、里帰りした母親が道に迷わないように。きちんと家に帰ってこれるようにと敷き詰めたものだった。指でつまむと一本の草はわずかに強く光を放った。彼女の体内に眠る魔素に反応しているのだろうか。

彼女は数年前にこの家を建てたときの自分の優しい気持ちに感謝をした。この深い森の中では、月明りも十分には届かない。ただ、この草を編めば、手元を照らすことが出来る程度の灯りにはなるかもしれない。

家の中に戻り、部屋の隅に置かれた少し埃のかぶった果物を収穫するためのかごを手に取る。そのかごは両手で支えなければならないほどには大きい。その昔、母親と森に散歩に出かけたときに母親がたまには新鮮な果物をかりたいからと、つるで編んだものだ。時たま、掃除魔法はかけていたものの、気に留めもせず部屋の隅に置いてあったため、痛みもせず、穴も開いていなかったことが奇跡に近い。母親の魔法による強力な加護がかごにかけらているのだろう。

などと、感傷に浸りながら、少女は再び戸を開き輝く草を摘み始めた。一本一本ちぎりとるようにして摘むのでひどく時間がかかる。

灯りになるほどにつむには一晩かかってしまうのではないかと少女は心配になった。

摘んでいく中で、一本だけ根元から抜けるものがあった。

その根の先には小さな、しかし、草本体よりも強い輝きを放つ玉がついている。

「え!?」

少女は驚いた。自分の蒔いた植物が、自らの思った以上の成長を遂げていたのだ。

少女が見つけたのは本当に小さい、ゴマ粒ほどの大きさであったが、草を集めるよりかはこの根の先に付いている球を見つける方がはるかに効率がよさそうだ。と彼女は考えた。

そして、気づいた。その根は、どうやら途中で切れているようだ。と。

それは一筋の光だった。彼女が人生で初めて出会った希望だ。何かに期待するということを、、彼女は初めてしたのだ。

少女は必死で掘り進めていく。指先に泥が馴染んでいくのも構わず、草の上に膝をついて、一生懸命に。

そしてついに見つけた。丸くて、ごつごつしたそれは、カブの様な形態をしている。

「か、可愛くはないわね…。」

しかし、水を探しに行くという要件は十分に満たせそうなほど明るさを放っている。手にした瞬間、彼女の魔素と同調するかのように、一層の明るくなり、行く道を照らした。


やはり、魔素が体から溶けてなくなったわけではないらしい。彼女は魔術の起動障害に戸惑いながらも、目の前で魔素に反応し輝く灯りカブ(仮)を見てほっと胸をなでおろすのだった。


灯りを手にした彼女が向かう先は、母とともに狩りに行った果物の木。朧げな記憶を頼りに、足元を照らし一歩一歩進んでいく。久しく運動していなかった足は筋力が衰え、傍から見れば引きずるようだ。彼女としても、夢の中で何かから逃げられない時のようにすごくスローモーションに感じて、小さく息を漏らす。

「はぁ。」

草々を離れ闇に包まれた森に足を踏み入れた時、靴から伝わるかさかさとした落ち葉と、濡れた下草が織りなす不愉快な少しぬめった感触に気を失いそうになる。

ここは、母との道として切り開いた小道であったのだが、長年放置されたことにより、魔力が薄れ自然に包まれてしまっていたのだ。記憶の中では、明るくてやわらかできらきらと母親の笑顔に包まれていたその道は。その記憶は、もうないのだと実感して、彼女は少しつらくなった。

どうか果物の木はそのままであってほしい。淡い願いを抱えて、彼女は一歩、また一歩と足を進めていくのだった。

荒れた小道はだんだんと細ぼっていく。どうやら、完全に魔法の効力を失い、自然に還ってしまっていたのだ。

木が生い茂り枝を伸ばし、その行く道を阻んでいる。これでは先に進めそうにない。彼女はその先を灯りカブで照らし、悟った。このままでは食べれない。お腹も、喉も、満たされない。

「おいしいわねぇ」

ふっと、脳裏に母親の顔が浮かぶ。さんさんと注ぐ太陽から程よく日差しをさけてくれる大きな木陰。

魔法で作られた願えば食べたい果物へと姿を変えてくれる魔法の実を持つ母の魔法でできた果物の木。

それは森の自然をより豊かに育み、常にリスや鳥などの小動物の憩いの場になっていた。

母は、自分の肩を駆け回る野生のリスに、くすくすと優しい微笑みをかけていたことをよく覚えている。人にも動物にも好かれる人だった。すごく強い力を持ちながら、相手を見下すことなんて絶対にしない人だった。集落の誰からも愛されて、尊敬されていた人だった。

あの時も、肩に乗ったリスが、遊ばせてくれたお礼にと翌日になって玄関にクルミを仲間と持ってきたことを楽しそうに話していた。

また、あの実を食べたい。彼女は切望した。魔法で何もかもできてしまう彼女が何かを望んだのは、凄く凄く久しぶりのことだった。もしかしたら、初めてかもしれない。彼女にもそれはわからない。

ただ、彼女は乾いている。とてもとても乾いている。それは、喉も、心も。両方だ。

「あの、実が食べたい!私あの実が食べたいわ。お願い、だれかあそこまで連れてってよ。」

彼女は、不愉快と感じていた下草に手が濡れるにも関わらず手を付ける。魔素が流れ込んで、わずかながらに下草が金色に輝いた。やはり、一度引いた魔法軌道には反応するらしかった。

しかし、魔素を流しても、一向に道は開けない。ダメか。彼女は下草に着いた手を放そうとしたが、まるで接着剤でくつっけたかのようにぴたりと絡みつき離れない。もう片方の手で引っ張ってみたり、押してみたり、したものの全くもって意味をなさなかった。灯りカブは下草に落ち、音を立てて4つに割れてしまった。割れた衝撃で、カブの汁がキラキラと光り下草へとしみこんでいった。

「なんでよ!なんなのよ!」

彼女は、悔しくて泣きそうだった。自分の無能さに泣きそうだった。

「跪けよ、無能の魔女。」

どこからか凄く微かな声が聞こえた。彼女が聞いたことがないほどに、低くて汚い声だった。

声の主は、すぐ近くにいた。灯りカブの上に一匹のナメクジがいたのだ。

「ひやぁああ。」

彼女は情けない悲鳴をあげる。その悲鳴に、ナメクジは面白くて堪らないといった様子で口を歪ませる。

もっとも、ナメクジの口の変化など彼女には知る由もないし、見たくもなかったのだが。

「俺が醜いか。」

ナメクジの、ねっとりした体液が灯りカブに垂れていく様は、今すぐ目をつむってしまいたいものだった。

粘っこく、低い声が彼女の脳を蝕むように直接脳波を揺らして語りかけていた。

「やめてぇええ。」

彼女は体をくねらせて、必死にもがく。

ずる、ずると体を引きずりながらゆっくり彼女に近づいていくナメクジ。彼女は人生で一番の絶叫を上げる。

脳内で何度も何度もナメクジを倒すための魔法回路を構築するが、ことごとく拒絶され出ない。

魔法に失敗するたびに活性化していく下草は、片腕を捕らえるのみにとどまらず、彼女のもう一つの手もついに捉えた。彼女がもがこうと下草に触れたが最後、完全に縛られてしまった。

彼女の体はずるりとバランスを崩した。下草に引っ張られることによって地に顔がつきそうだ。


「ほら、地に顔をつけろよ。気高い魔女カラモモ様。」

カラモモはか弱い腕で必死に体を支える。全身が軋むほどに強い力が腕にかかり、そのたび下草は強く腕に絡みついていく。血が止まりそうなほど強い締め付けにカラモモの白い頬は真っ赤に染めあがる。

「誰でもいい…誰でもいいから助けてえええ」

カラモモは、泣きながら叫んだ。人生で初めて負けるということを知り、恐怖を知り、そして助けを求めた。

「くっくっく・・・こんなところに誰も助けになんか来ないぜ。お前は一人ぼっちなんだからなぁ。カラモモ。」

ずずん。森のどこで、地滑りが起きたようだった。ぺきぺきめきめきと、音を立てながら木々がなぎ倒されていく。

音は次第に大きくなり、近づいてきて…どうやらこちらに向かってきているようだった。

森で地滑りなんて珍しい。この森の傾斜はとても緩く、これほど大きな音を立てる地滑りは起こったことがなかった。カラモモの頭の中は真っ白になった。このまま木々に押しつぶされてしまう。死の恐怖に怯えて頭が混乱する。怖い、こわい、こわい。目の前のナメクジは平然とカラモモに罵声を浴びせ続けている。

カラモモの体から力が抜け、顔は地面についた。ぺたん。唇に土の味が広がる。と共に、カラモモの魔素が下草へと流れ始めた。駆け抜けるように溢れていく魔素にナメクジは満足した様子で目を細めた。

どがああああああああん。目の前の木が大きな音を立てて何かにぶつかってはじけた。カラモモの魔素が流れ込んだそれはとても柔らかい物体へと変化していた。音こそ激しかったものの、優しく落ちてきた物体を包み込むように受け止めたのだ。カラモモにはそれが見えなかった。ただ、激しい音に身を固くして、ぎゅっと目を閉じていた。

鼻腔には強い獣の匂いを感じながら。

「うわああっ死ぬかと思ったああ。あれ…女の子?」

ナメクジとは違う、少し高くてよく響く声にカラモモが目を開けると、目の前には下界の服を着た長い髪を一つにまとめた背の高い泥だらけの少年が立っていた。彼の足元にはクマの死体が転がっており、どうやらそれが地滑りの元凶だったようだとカラモモは悟った。

「あぅ…。」

彼は、ナイフを取り出すとカラモモに絡んだ下草を丁寧に割いて取り除いた。

「ねぇ、君…ここらで休めるところ知らない?ちょっと、遭難しちゃってさ。まさかとは思うけど、君幽霊じゃないよね?」

「あなたこそ…おばけえええ」

「おばけじゃないよー

彼は、満面の笑みでカラモモを抱き上げた。その瞬間、カラモモは意識を失った。

これが、カラモモとキノコ博士の最初の出会いとなった。

ナメクジはその様子を呆然と見上げていた。

「なんだよこれ…」

「わっ君喋れるのすごい!!」

彼は、カラモモを小脇に抱えると恐れることなくナメクジの横にしゃがみ、指を差し出した。

「ねぇ、教えてナメクジさん。もしかして、私は死んだのかな。こんな可愛い妖精に、不思議なきのこだらけの森。そして、喋るナメクジさん。」

ナメクジは、傷だらけの彼の指に体液を垂らしながら登ると首を回しながらつぶやいた。

「死んでなんかねぇ。ただの夢だよ。」

彼はカラモモの通ってきた金色に輝く小道にぱっと顔を輝かせる。

「なんて神秘的なんだ…。未知の胞子とか舞ってそう!!」

夢でもいい。構いはしない。

こんな素敵な場所があるなんて遭難してよかった。彼は、酔いしれる。

ナメクジとキノコ博士。二人はカラモモの家の2番目の来訪者となった。


翌朝目を覚ましたカラモモは、自分の側に金属製のマグカップと温かいお茶があることに驚いた。

いい匂いにつられて体を起こし、熱さにも構わず喉に流し込む。

おいしい。約1日振りの水分に体が震える。

もっとお代わりが欲しい。そう思ってベットから立ち上がると柔らかい感触が足裏を伝わった。

「ふぎゅっ。」

情けない声を上げた彼は、眠そうに目をこする。

「うーん…ごめんねお嬢さん、ちょっとおうち借りちゃった。」

「……」

カラモモはそっぽを向く。突然のそれも勝手な来訪者を認めることは出来なかった。

ただ、すぐに追い出せるほど今のカラモモは強気にはなれなかった。

だからこそ顔をそむけることが精一杯のコミュニケーションなのだ。

「勝手に上がり込んで悪かった。やはりここが君の家で正しかったんだね。よかった。」

泥だらけの顔が優しく微笑む。昨夜は暗くてわからなかったがどうやらまだ肌には張りがあり、カラモモ程ではないが見た目年齢はそこまで高くなさそうだ。せいぜいカラモモの実年齢と同等もしくは少しだけ上といったところか。

服装は陰った森の中とはいえ初夏に片足突っ込んでいるこの気候では大変汗をかくほどには着込んでいる。山登りに適した厚手のジャケット。袖はずたずたになっているものの、この厚手のおかげで森を滑り降りてきたにもかかわらずかすり傷程度で済んでいるのだろう。

指先は細く、まるで幼い少年のように骨ばっていない。非力な印象すらある。

泥と厚手で顔もよく見えなかったが、体毛の薄さやまだ耐えられる程度の体臭、顔のつくりの幼さ、声変わりしきっていないハスキーな音階からカラモモは、背の高いだけで自分よりもじつは幼い少年なのではないかと考える。

だからといって態度を変えるわけにはいかないのだが、少しばかり不憫な気持ちになる。

「なんであんなとこにいたのよ」

カラモモは、そっぽを向いたまま尋ねる。

昨日の出来事は偶然とは言い難かった。

なんせこの数年、カラモモの家を訪ねたものは誰一人としていなかったからだ。

カラモモが力を失った日に、まるで助けるかのように現れた事に対して疑念すら抱いてしまう。

彼は起き上がるとまっすぐカラモモの目を見つめていう。

「キノコを…キノコを追ってきたら遭難した」

「…???」

どうやら彼はキノコ研究に勤しんでいたらしい。

カラモモの住む集落は手がつけられていない上に生態系も少しばかり他とは異なると聞いていたそうだ。

それが彼の好奇心に火をつけたようでこうしてはるばるきてしまってそして見事に遭難したという。

「このキノコなんてすごんだ。なんと足が生えて歩く…幻覚作用なのかな?」

バックから取り出された毒々しい色のキノコが、彼の手の中で蠢いている。

カラモモはそのキノコを見たときはっと幼少期の記憶が蘇る。

それは四歳の時に集落の大人たちをこまらせようとキノコに魔法で足を生やしたのだった。収穫されたもののみに魔法をかけたのだしほとんどが大人たちによって回収されたはずだったのに。

生き残りが10年以上にわたり生きてるのだろうかそれとも…。

「壮観だよー…足の生えたキノコが輪になってからかってくるんだ。くくっ面白かったなぁ」

彼の話によると地面一面が埋め尽くされるほど数がいたそうだ。

胞子を好きな特定の位置にばらまけるのは生命体として進化していると語った。

本来そんなことをすれば生態系のバランスが

崩れてしまうことを危惧しなければいけないが、そうではなかったのでキノコを主食とする動物がいるのだろうと、彼はさらに続けた。

小さいながらにすごく舌が伸びるキノコを主食とする動物がいる(捕食し背中に生やしている)はずだという話をしたらきっと彼はひっくり返るに違いない。

カラモモは、彼のキノコ談をいつの間にか楽しんでしまっている自分がいることに気がつく。

そしてキノコの話をしていたせいかお腹が減ってきた。相変わらず、食べ物を作り出すことも出来ず、食べ物そのものもない。

くぅーと切なげにお腹の虫が鳴いた。

「向こうに泉があったんだ。そこにいけば魚でもいるかもしれない。」

彼は、リュックからふかふかのタオルを取り出すとにっと笑った。


カラモモは忘れていたが泉は家から5分ほど歩いた所にあった。道はすっかり塞がれていたが、どうやら藪漕ぎを朝のうちにしてくれていたらしい。カラモモが魔法で行うよりもずっと雑な手入れであったが、それでも二人が通るには十分だ。

「ごめんね。普段一人で行動してるから、誰かと森を歩くの初めてなんだ。」

彼は照れ臭そうに笑う。カラモモも、その眼差しにつられて少しだけ嬉しくなってしまった。


泉は冷たく満たされていた。

ここにくるのは何年振りだろうか。

下界に憧れ、下界かぶれていた母が、ある時泉で水浴びをしたいと言っていたきりか。

なんでも泉で女の子が水浴びしていると意中の男性に覗かれるのは必須のことで、ということはきっと素敵な出会いがあるに違いないからと真冬のくそ寒い時に言い出したのをよく覚えている。

母は、これじゃあ水浴びでなくて滝行ねとくすくす笑っていた。

結局母に愛しの人が現れるのはずっと先のことだったのだが。

水筒に水を満たしていた彼がくるりとカラモモに向き言う。

「せっかくだし汗流しちゃおうか。私たちしかいないみたいだし。」

そういって脱ぎ始める彼。

なっ……カラモモの視線は釘付けになっていた。

なんせ他人の裸など見たことがなかったからだ。なんの躊躇もなしに脱ぎ捨てられた上着に驚くなと言う方が酷であった。

少し筋肉のついた、されどやはり華奢で日焼けしていない腕は白い。

そして、胴も男のそれとは思えないほど細く、胸にはわずかながらに膨らみがあった。

「ま…ま…まさか……」

「ん?入らないの?気持ちいいのに。」

申し訳程度に腕とタオルで局部を隠した彼…改め彼女はよく冷えた泉へと体を沈めてる。

「お、女の子なの…?」

木の後ろへと隠れるカラモモ。

昨日から驚く事ばかりだ。心臓によくない。

「そうだよ。ほら、えーっと君も気持ちいいよ。入んなよ。女の子同士なんだからさ。」

「カラモモ!君…じゃない。」

カラモモは、とっさに名前をいってしまった。

このこと仲良くしたいなんて。ただ頼りにぬりそうなのは事実だった。

他に仲の良い子などいない、カラモモは魔法を失って困っている。

キノコ博士は、家に帰れなくて困っている。道を知ってそうなカラモモを頼ろうとするのは当然のことだろう。

「ねぇ、帰り道を教えてあげるわ。

代わりに私に魔法を使わない生きる方法を教えて。」

今度は博士がきょとんとする番だった。

「まさかとは思ってたけど君魔女だったの…」

「そうよ…悪い?」

人が思うほど見た目の差も知能の差も魔女にはない。

だが、他所者からしてみればどのように感じるかはわからないものだ。

カラモモは拒絶されるのではないかと胸が早くなる。

魔女に受け入れてもらえないなら他所者に。

そんな魂胆も見え見えなのではないかと、はらはらした。

「わかった。いいよ。この森のこともっとよく知りたいしね。」

博士はおいでと手招いてカラモモを誘う。

カラモモは下着のまま泉に入る。絹でできたショーツに水が染み込み肌にからみつく。

あ、乾かす魔法も使えないんだっけ。

頭の中でそんな憂鬱がよぎったが、目の前の救われた小さな喜びに浸るのに精一杯で、すぐに気にならなくなった。

目の前の博士の肌の匂いを感じるほど2人は近くにいた。

触れるたび何故だか母の匂いを思い出し、似てなどいないのにその面影を探してしまう。

この人は母さんなどではないのに…。

博士は甘えるように絡みつくカラモモの髪をすいてやりながら、新しい友達の置かれている状況を整理していた。

博士は本当は魔女のことをよく熟知していた。

下界にはいまや、魔女が平然と君臨していたからだ。その支配はけして暴力によるものではない。トップアイドルだ。

偶像崇拝ともいえるまでに熱狂的な支持を得て。瞬く間に登りつめた魔女がいた。

幼く美しいその姿に誰もを魅了する。

その年が明かされた時、誰もが冗談だとおもった。

博士もまた魔女に魅入られた1人だった。

追いかけ、ライブに通い、研究をして。

結局会うことが出来たのは、バイトしていた喫茶店だった。

「私のことが好きなのね。」

表に出るときとは違う、年相応の雰囲気をまとった魔女は、おやつの相手にと、一介のバイトでしかない博士を選んだ。そして、頼んだ紅茶とサービスですみれの砂糖漬けを持って着席した時そう、いった。

「ええ。よくお分かりで。」

博士は、表情が態度に出ないと、いうのが周りからの評価だった。追っかけをやっていることも、誰にも話したことはなかったし、研究への支障も出ないよう、移動時間に睡眠を取るなどの工夫もしていたし、人一倍努力をしているつもりだった。なのに、わかってしまうものなのだな。博士は幸せでいっぱいになる。

「わかるわよ。だってあなたいつも私のこと見てるじゃない。ファンの顔くらい覚えてて当然でしょ。それに、美人だしね」

魔女は、すみれの砂糖漬けを口の端でつまんで、よく慣れた相手の心を殺すウイングをする。砂糖にまみれた親指と人差し指を舌で舐めとる仕草もまるで妖精の戯れのようで博士の気持ちをかき乱した。

「美人なんてとんでもない…言われたこともありませんし。」

博士が髪の毛を伸ばしているのは、ただの無精だ。

無精とはいえど、褒められるのは嬉しいし決して嫌な気持ちはしなかった。

むしろこの髪のおかげで選ばれたのだとしたらいくらだって伸ばすだろう。

「あなたって角砂糖にふりかけたスパイス見たい。」

「それはどういう意味ですか。」

話すたび見え隠れする赤い舌。何者にも汚されない澄んだ目。透き通る白い肌。

博士の意識はその全てを感じ、愛することに向けられる。

今腕にしているカラモモと魔女との関係を博士が知る由もないのだが、同種族の生命体としてみたとき、かけるべき愛情は同等であろうと、博士は思った。

「ねぇあなたの事はなんて呼べばいいの」

ふっと回想から泉に浸かっている現実へと、意識を引き戻される。

「町では、キノコの研究者をしていたから、よく周りから博士と呼ばれていたよ。

君もそう呼んでくれるかな?」


カラモモはこくりと、頷く。

こうして2人の共同生活が幕を開けるのであった。



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