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月夜の1歩  作者: 白藤結
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前編

 その部屋は明かりもなく、窓も小さなものが1つついているだけの暗い部屋だった。家具などはほとんどなく、壁には冷たい石が露出している。固く閉じられた入り口が開くことは1日に数度だけで、決して年頃の貴族の娘がいるべきではない部屋だった。


 アティカはそんな部屋の隅で小さく(うずくま)っていた。汚れた衣服はところどころ擦り切れていて、そこらにいる町娘よりも見窄らしい姿だった。

 アティカは未だ12歳。その人生のほとんどをこの部屋で過ごしてきた。最初は嫌だと思っていたこの部屋も今では慣れ親しみ、むしろこの部屋の外にいると心が落ち着かなかった。

 ふと、遠くから足音が聞こえてきた。カツ、カツという硬いブーツの足音の主は未だに見たことはない。彼ら(・・)はこの部屋とアティカを忌避し、決して中に入ろうともせず、アティカのことを見ようとはしないからだ。

 少しでも見れば、アティカがこの伯爵家特有の深い蒼の瞳を持っていることに気づき、アティカがこの家の娘だと分かるだろうが、彼らは見ないようにと言いつけられているため、決して見ることはない。


 足音が部屋の前で止まる。けれどいつものようにすぐに部屋の扉が開くことはない。カチャカチャとカギを漁る音がすることから、きっとまた人が変わったのだろう、と予想する。

 この部屋の担当者は一定の周期で変わる。それが何日おきかは、日付の感覚が乏しいアティカには分からないが、そう頻繁でないことは分かる。

 キィっと軋んだ音を立てて木の扉が開く。そこから洩れる光に、アティカは目をつぶった。この部屋の外はアティカにとっては明るすぎる。

 すぐに去るだろう、と思っていた人物は、うわっと声を上げただけでなかなか扉を閉めることはしない。アティカはそれを訝しむ。


「うっわー、暗すぎでしょ、この部屋。それに臭いし」


 子供とも大人とも言えない、微妙な高さの声が響く。声の主は足音を立てて部屋に入った。そのことにアティカは驚くが、目を開けることはしない。


「うーん、それにしてもなんで食事を……ってうわっ!びっくりした!」


 声の主の足音が止まった。


「………ええーっと?君は?何でこんなところに」


「扉、閉めて」


 久しく声を出していなかったせいか、掠れた声しか出なかった。けれど声の主はその言葉を聞き取り、言われた通り扉を閉めた。キィっと音を立てて、扉が閉まる。

 アティカはゆっくりと目を開く。闇に慣れた目には、声の主の顔がはっきりと見えた。アティカよりも数歳年上であろう男だった。整った顔立ちをしており、アティカに少しのパンを運ぶだけの仕事をするのは場違いだと思った。


「もしかして……」


 男はアティカを見つめ、何やら考え込む。彼が自分の目を見ていることに気づき、アティカは少しだけ嬉しくなった。

 やがて男が言う。


「……アティカ・イスターツか?イスターツ伯爵家の次女の」


「はい」


 アティカはそう言って立ち上がろうとした。けれども力が抜け、中腰になったところで思わずよろけた。


「おっと」


 男がアティカを支えたことにより、何とか転ばずに済んだが、男は何故か顔を顰める。


「……なーんとなく状況が掴めてきた」


 男は半眼で誰に対してでもなく呟き、ため息をついた。眉間に皺が刻まれ、「間抜けなやつ」などと呟いている。

 アティカは全く状況が掴めず、首を傾げることしかできない。

 男はそんなアティカを支え、扉へ向かって歩き出した。


「あの、私、ここから出たら……」


「大丈夫大丈夫。ただ時期が早まるだけだから。本来は貴女が成人する直前まではこうする予定じゃなかったんだけど……」


 そう言って男は扉の側まで来る。軋んだ音を立てて扉は開き、アティカは思わず目をつぶった。その様子に男が笑った気配を感じる。


「目、そっと開けて」


 そう言われて、アティカは目を少しずつ開けた。何度か眩しさに目を閉じたりしながらも、しばらくして目が慣れて開く。

 男は先に扉をくぐり、そしてアティカの方を振り返って手を差し出した。


「さぁ、お手をどうぞ。我が婚約者殿」


 男の瞳が、明かりを受けて輝く。


「………こんやくしゃ?」


「そう、婚約者。と言ってもまだ予定だけど。まあ、僕がその気になったんだからいいよね」


 男がアティカの手を取り、エスコートして廊下を歩き始めた。アティカはゆっくりと、だけど確実に歩く。


「婚約者って、あの婚約者?」


「うーん、あのっていう意味が分からないけど、少なくとも婚約者という言葉が表す意味は1つしかないよ」


 アティカはどくどくと音を立てる心臓の音を聞いていた。それは不安からか、はたまた期待からか。アティカ自身にも分からない。

 建物の出口へと着く。男がドアノブへと手をかけた。


「……あの、貴方は?」


 男が扉を開け、そして振り返った。月光が男に当たる。


「僕は、この国の第二王子、ロイ・エル・ラ・クロロフィーレ。これからよろしくね、アティカ・イスターツ殿」


 アティカはロイに手を引かれ、建物の外へと足を踏み出した。

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