ライバル出現?
日が沈み始めたころ、ようやく開けた場所に出ることができた。一安心と言ったところか。ルルカも心做しホッとしているように見える。
というか子供なのによく狼狽えもせずにここまで来たものだ。魔法もさる事ながら肝も据わっているとは。なんて小学生なんだ。
……
ルルカが全く喋らないおかげでこっちは完全に児童を追い回すストーカーの気分。おかしな罪悪感に苛まれるのはなぜだろう。
いつも人懐こく接して来たルルカを思い出して淋しくなる。やはりあの戦闘が不味かった。必死だったとはいえ命令が一瞬聞こえなかったのは事実だ。ゴーレムとしての機能が働かず、自分の意思が優先されるとはどういうことだ?
……ルルカは不気味に思っているのかもしれない。得体の知れないゴーレムを。
「ミル、村に着いたよ」
! 目の前に村があるのに気付かなかった。……村に到着したことよりルルカが喋ってくれたことの方に安心するというね。
一度思考するのをやめて村の中を念入りに観察する。相変わらず視界は狭いがもう慣れた。
ルルカは木造で作られた家々を通り抜けていく。異世界人の生活空間をこの目で見る事が出来てとても感慨深い。見た事ない野菜や果物らしきものを売っているのが視界の端に映った。ちょっと待ってルルカ。歩くの早くない? 何をそんなに急いでいるんだ。
「お婆、居るかな」
早足で向かった先には白い家が建っている。明らかに他の家とは作りが違う。なんの素材で作ってあるのかさっぱり分からない。
ルルカはドアの前で呪文らしき言葉を呟いている。何してんの? と思ったらドアが開いた。パスワード付きかよ!
「何だい? ルル坊かい? 勝手に開けおってからに」
「お婆! 聞いて! 言われた通りにゴーレム作ったんだ……け……ど……」
バタンッ
ルルカ……? おい、どうしたんだ!? ハッ! まさか狼にやられた傷が原因で――
「……すー、すー」
あれ? もしかして寝てる?
「おやおや、突然なんだい。ん? 後ろのは今言ってたゴーレムかい。良く出来てるねぇ。……今はルル坊だね」
お婆さんは手を二回叩く動作をした。すると家の奥から人型の何かが姿を現した。もしかしてこれが――ゴーレム?
「寝室で寝かせといてやんな」
出て来たのは白いマネキンそのもの。服屋に展示されてるやつにそっくりだ。こんなのが家をうろうろしていたら落ち着かない。マネキンはルルカを抱き上げて奥に連れていってしまった。
「随分と疲れていたようだねぇ」
……そうか。ゴーレムだから疲れを感じないけれど、ルルカは人間なんだ。それも子供。家からここに来るまで大変だったもんな。自分のことばかり考えていたのが恥ずかしい。
命令があればおんぶくらい簡単にできたのに。気丈な子だ。
「さて、お前さんのことだが。まずはルル坊が起きんことにはどうしようもない。勝手に弄るのは好かんしのう。明日にでも聞くとしようかの。ん? 何処に行くんじゃ?」
あれ? 身体が勝手に動いてる。外に出るつもりか?
「ほっほ。ルル坊の命令が組み込まれておるのじゃな。……何か熱い飲み物でも作るとしよう。夜は冷えるからの」
気付けばもう夜か。
……そういえば前に「僕が寝ている時は見張りをよろしくね!」と言われたのを思い出した。ゴーレムに休みなどない。
「おい、こいつなんだと思う?」
「さぁ……新作のゴーレムじゃねぇの」
「いくらあの婆さんがすげぇつっても、ここまでのもん作れるのか?」
「さすがはヴィラお婆様。ゴーレム技師の腕は健在ね」
「うふふ。意外とタイプかも」
朝になると村の人達がなぜか集まって来た。こっちを物珍しそうな目で見ている。
前に動物園で笹を食べてるパンダを見たことがあったけど、アイツもこんな気持ちだったのだろうか。
「触ってみようぜ」
「おい、やめとけよ。婆さんがキレたらやばいの知ってるだろ」
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけだからさ」
ゴーレムで良かった。もし人間だった頃なら苦虫を噛み潰したような顔をしていただろうから。
異世界でもこういうところは前の世界とそう変わらないな。
男の手が顔に迫ってくる。
「家の前で何をやっているんだい? アンタ達」
声が聞こえた瞬間、静寂が訪れる。男が手を引っ込めるスピードが尋常じゃない。
昨日から気になってるけどお婆さん何者ですか?
「どうしたんだい? こんなに集まって。年寄りを冷やかしに来たのかい?」
「と、とんでもない。ただ、そこのゴーレムが気になって……」
「そうかい。こいつはまだ調整が出来ていなくての。触った相手を攻撃するようになっておるのじゃ」
……そんなもの家の前に普通置かない。
それにお婆さん、昨日の夜こっそり触りに来たよね? 知ってるよ?
「! そ、そうだったんですかい。それは大変だ。あっ、俺仕事に戻らないと」
その一言をきっかけに村の人達が解散していく。
「うーん、どうしたの? 何かあったの?」
ルルカの声がする。起きて来たのか。
「何でもないさね。裏で顔を洗っておいで。朝食にするよ」
「はーい」
やれやれ、やっと一日が始まりそうだ。見張りは退屈で仕方ない。
それにしても村の人達はゴーレムをどう思っているかは知らないけど、あの感じからしてどうやら自分は普通ではないっぽい。昨日見た白い裸のマネキンとは違うのだろうか。誰か鏡を持ってきて。
「……ふーん。これがゴーレムねぇ」
うおっ! びっくりした……
横から女の子の顔が。いつからいたんだよ。
「どう見ても私のゴーレムの方が強いわ」
な、なんなのこの子。でもめちゃかわいい。
金髪のおさげに端正な顔立ち、どこの姫さんだよ。
「わっ、キキュ!」
ルルカ登場。
「……下の名前で呼ばないで」
「ご、ごめんアリシア」
「このゴーレムはお婆様が?」
「違うよ」
「えっ……じゃあ誰が」
「僕だよ」
「は?」
「だから僕だって」
「……嘘」
「嘘じゃないよ」
「……」
「……」
……
いや、なんだよこの空気は。仲悪いの?
キキュだっけ? そんなに睨まないで……
「――決闘よ」
「えっ」
えっ
「今日、村の広場で私のゴーレムと戦いなさい! こっちは準備が出来次第、すぐに向かうから!」
「か、勝手に決めないでよ!」
「良いわね!? 逃げたら許さないわよ!」
キキュが凄い勢いで走っていったぞ。もしかして残念なお姫様?
「はぁ……ごめんね、ミル。言い出したら聞かないんだ。キキュは」
決闘か。なぜかヤンキー漫画を思い出した。やられる側でないことを祈りたい。