ハードなお使い
一週間は経った気がする。相変わらずの石像ぶりでまるで進展がない。ルルカや母親のアムリタはゴーレムを酷使する気がないらしい。単純にやることが少ないのかな。
母親の名前はふらっと来た馴染みらしい行商人がそう呼んでいた。
今日はルルカが村に買い出しに行くみたいだ。なんでも雨季の季節が近いそうで家の補修のために木材が必要だとか。
今回付き添いとして付いて行くことになった。――やっと外の世界が見られる。
「ミル、今日はよろしくね!」
……
ルルカは偶にこちらの感情を読みとるような発言をしてくる。多分適当に言ってるだけだと思うけど。
「ルルカ、気をつけてね」
「うん! ミルも居るし大丈夫!」
見た目小学三年生だけど魔法も使えるし、まあ大丈夫でしょう。
「じゃあ行ってくる!」
……
ここに来て初めての冒険に胸が高鳴った。
ルルカの少し後ろを歩く。ルルカからの命令は「僕に付いてきて」だった。
命令には微妙なニュアンスを含むものが今までにあったが基本、ルルカの意思を尊重して動くようだ。
「ねぇ……ミル」
そろそろ家を出てから五分は経ったかな? 相変わらず視線が固定されていて不便だ。けれど新しい景色が見れるのはとても新鮮で心が安らぐ。命令される時以外ずっと同じ場所だったから正直本当に辛かった。
ルルカには悪いけどこのまま旅に出たいくらいだ。
「ねぇってば」
今さらながら思う。村にゴーレムが入っても良いのだろうか。騒ぎになったりしたらどうしよう。そもそも自分は今どんな姿をしているのだろう。鏡なんてないし分からないや。
「聞こえてるでしょ!? ミル!」
……
「なーんて、そんな訳ないか。なんだか生きてる感じがしたんだけど。所詮ゴーレムはゴーレムだよね」
「あっ、こっちの道は左だよ」
……
……あー、ビックリした! 突然そういうことするのやめて。寿命が縮まったかと思ったよ。ん? ルルカ、なんか今寂しそうな顔してたような……うん、いつか話せるといいな。
そうしてなんだかんだ歩いていくとテレビでも見たことないような景色が流れていく。木々や動物、虫に至るまで何もかもが違う。普段外に出ないものだから余計に新鮮味を感じるのかもしれない。異世界に来たことを確信できた。
! ルルカがゴキ○リに似た虫を掴んで見せつけてくる。逃げることができない。おい! やめろ! 引っ付けるんじゃない! うう……覚えとけよルルカぁ。
一つ疑問に思ったことがある。なぜルルカとアムリタは村に住んでいないのだろう。遠出してまで木材買うくらいならそこに住めば良いのに。ま、考えても仕方ない。
ていうかルルカの奴、この道で本当に合っているのか? どこかの森のようにも見えるし明らかに獣道なんですけど……
「あれ……?」
ん、おいどうした。まさか――
「道、間違えちゃった。てへ」
…………可愛いから許す。
道に迷ってしまったので一度引き返すことにしようとルルカが提案した。返事をしないゴーレムによくもまぁ飽きずに話し掛けるものだと感心する。
引き返すのは良いが森の中を目印も付けずに歩いてきたけど大丈夫か?
「ふんふふーん」
……鼻歌交じりに歩いてる。まだ余裕があると見ておこう。草が生い茂っている場所を手で掻き分けて進んでいる。何やら楽しそうだが本来の目的は覚えているのだろうか。
歩いていると前方に何か動くものが見えた。ルルカも気付いたのか「しゃがんで」という命令が飛んでくる。先程の余裕はない。
あれは黒い……狼だろうか。二匹居る。今まで見て来た小動物とは違う、獰猛な雰囲気を漂わせている。まだこちらに気付いていないようだ。
「……見たことない動物だ。気付かれないようにしないと」
そういえば昔、駄菓子屋の前で野良犬に手を噛まれたことがあったな。あの時は何とか逃げ切れたけども。……なんだか急に恐ろしくなってきた。ルルカもしゃがんで息を潜めている。このままやり過ごすつもりか。
しばらく見ていると二匹は尻尾を揺らしながら――森の奥へと消えた。ふぅ、良かった。
狼を目撃した後、ルルカは周りを意識するようになり、命令も「物音をたてずに付いて来て」に変更された。流石に無音というのは無理だが先程よりも抑えの効いた動きで森の中を散策している。
一体いつになったら村に着くんだよ。
気付いていなかった。安心した瞬間を狙っていたのだろうか。ルルカの背後から黒い影が現れた。狼だ。ルルカは咄嗟に例の高速魔法を撃ち込もうしたが、それよりも早く狼はルルカを組み伏した。
「ぐっ……うぅ……ミル……助けて」
命令を受けた瞬間、狼をルルカから引き剥がし後ろに放り投げる。ルルカは態勢を整えている。これ以上好きにはさせない。狼と対峙する形で突如、戦闘が始まった。
――予告も何もなく、いきなりバンジージャンプをさせられた気分だ。メチャクチャ気が動転してる。だが命令は忠実にこなせるのがこの体の良いところ。
ルルカに黒い影が覆い被さった時、生きた心地がしなかったよ……ゴーレムであることを今はひたすらに感謝だ。
「ウウウゥゥゥ……」
牙を剥き出して威嚇してる。怖い。戦うことがこんなに怖いなんて思わなかった。異世界舐めてた。けど逃げる選択肢はない。今はルルカに近づけさせないよう上手く立ち回る。果たして出来るかどうか……無理だった。持ち前の俊敏さで足元を通り過ぎ、ルルカに喰らいつこうとして、止まった。狼の尻尾を知らずに掴んでいた。この犬ころ! ルルカに近づくな! うおおおおおお!
バシャン! バシャン! バシャン!
森に衝撃音が響き渡る。狼の尻尾を掴んで何度も地面に叩きつけていた。何度も何度も。
「……ル! ミル! もういいよ! 既に死んでるよ! ミル!」
ルルカの声に気付いた時、狼は原形を失っていた。……なんて惨い殺し方を。最低だ。
「ありがとう。ミル。助けてくれて。もう大丈夫だよ。さ、行こ。村はもうすぐだと思うから」
ルルカが腕に何か魔法を行使している。そうか、怪我したところを治しているのか。やっぱりすごいな、お前は。
戦闘は終わったが気分は晴れない。ルルカは道中、一言も喋らなかった。森の中が嫌に静かで不気味に感じる。ゴーレムになって初めての戦闘は後味の悪い結果を残すものになった。
(ミルは――生きてる)