木偶の坊
異世界に思いを馳せたことは何度もある。剣や魔法を使って魔物を倒し、英雄になってハッピーエンド。いい歳して妄想する自分に嫌気が差す。
でも良いじゃないか。現実ばかり見ていたらきっと、つまらない人生になってしまうと思うから。
(あー、退屈だ)
命令がないと動けないのが辛い。普段動かない自分だから耐えられるものの、アウトドアなリア充だと発狂してしまうのではないだろうか。
……
やっぱり何もしないというのはしんどい。会社で窓際に追いやられた人ってこんな気持ちなのかな。働くって大変だ。働いたことないけど。
……! 物音がする。誰か来た?
「んー、どうしたの『ミル』。お腹痛いの?」
……
目が覚めた時、目の前にいたのは茶色の髪が特徴的な男の子だった。そして直感的に理解する。自分というゴーレムを生み出したのは、この子だ。
「ルルカー、ちょっとこっち来て手伝ってちょうだい」
「あ、はーい! お母さん」
「また後でね。ミル」
……
最初は激しく動揺したが、今は少しだけ落ち着いた。全く、どうしてこうなったんだろう。
目玉のバケモノに出くわしたのが全ての原因だ。一体どういう理由で自分を攫ったのか。そしてなぜゴーレムなのか。もう少し詳しく説明して欲しかったよ。怖いからもう二度と会いたくないけど。
……
せめて喋れるようになればなぁ。目線を動かすこともできないからずっと同じ景色だ。何処かの田舎のようにも感じる。外に立たされているのがせめてもの救いかな。
あ、変な赤色のウサギが視界に入った。ちょっと可愛い。
ギュン!
ん、何の音だろう。ものすごい速さで何かが通ったような……あれ、あのウサギ血を流して倒れてる。えっ?
「見て見て! お母さん、当たったよ!」
「ふふ。今日はお肉のスープね」
「わーい!」
は? どういうこと? 今のまさかルルカがやったのか? あの距離を? そもそも何を飛ばしたんだ? 訳が分からないよ。あ、ルルカが走ってる。ウサギを取りに行くのか。
……両耳を掴んで戻ってきた。妙に迫力があって怖いんですけど。
「えへへ。すごいでしょ」
屈託のない笑顔が視界の端に映る。きっとこっちを見て言っているのだろうな。この世界の子供は皆こんな感じなのかな? だとしたら怖すぎる。
「あーあ、ミルも一緒に食べれたらいいのに」
……肉のスープをってことだよね? お願いだから僕は食べないでね?
それにしてもたまげたなぁ。魔法を使ったんだろうか。ゴーレムを生み出せたのもそういうことなんだろう。異世界? に来てしまったという自覚が今さら出て来た。動けないことがもどかしい。いろんなところを見て回りたい。気持ちばかり先走って収拾がつかない。
……ん、とにかく今は落ちつこう。この子に手綱を握られている以上、出来ることは限られてる。
「ミル、これをお母さんの所に持って行って」
あっ、ハイ。早速命令が来た。やっと動ける! 視界が動いた! 感動。だが動くというより動かされている感覚だ。真っ直ぐに目的を果たすという絶対的な意思が働いているようで寄り道ができない。まぁ今は良しとしよう。
……ウサギをルルカから頂戴して、家に入って、お母さんに渡す、と。
「はい、ありがとね。ミル」
お母さん、美人だなぁ。二十歳くらいなんじゃないのかと思うくらい若い。髪は青色でロング。体型は細い。笑顔がとても素敵です。こんな奥さん居たら幸せだろうな。はぁ。
目的が果たされたので所定の位置に戻る。玄関を出てすぐ横に立たされるのがセオリー。経過日数は三日と言ったところか。ここがまだ異世界と決まった訳じゃないけれど、日本に居た時と同じように日の浮き沈みは存在するようだ。
ゴーレムという響きからゴツゴツした巨体をイメージしていたが意外とスリム。身長もそれ程高くない。さっきのお母さんと同じくらいかな。『ミル』という名前は意外と気に入っている。
……
振り出しに戻る。いっそ自由に動き回れという命令を出して欲しい。どうなるんだろう。