初めての出会いは、夢の中で
見渡す限りの草原。そこらにあるようなものでなく、草の高さもそろっていて、無駄一つない草原。
空を見上げると、青一色の空。
辺りは、緑と青のみで構成された世界。
...どこですかここ?
「おはようございます」
ふと振り返ると、白い服を着た女性が一人立っていた。
「おはようございます、お名前教えてもらっても良いですか?」
女性がクスリと上品に笑う。
「えっとね、謎展開過ぎて色々困るんだけども...」
そうだ夢だ。夢に違いない。
グイッとほっぺたを抓ってみる。
イデデ...
「イタイイタイイタイイタ...あれ」
ガバッと布団から起き上がって頬を抓っていた右手を見つめる。
「夢か...」
なんだか鮮明な夢過ぎて恐怖すら感じる。
あまりにも強く抓って痛む頬に棚に置いてある塗り薬で治癒する。
急に気抜けしてベットに潜り込むと、そのまますぐに眠りに落ちた。
見渡す限りの草原。青い空。
...またですか。
「あわわ、夢の中なのでほっぺた抓ると起きちゃいますよ。もう...」
さっきの女性が慌てて寄ってくる。
「......さっきと同じ状況で、見たこともない人が目の前に立っているあたり、偶然...じゃないよね?」
「はい。たぶん...ですが。」
妙に落ち着き払って答える様子を見ているうちに、僕も少し混乱が解けてきた。
「えっと、お名前を教えてもらってもいいですか?」少しかしこまって聞いてみる。
「アリエル、といいます。あなたは?」
やはり聞いたことのない名前だった。
「エミット=ドラグオンです。どこかでお会いしたことがありましたっけ?」
「いや、残念ながら...」
少しの沈黙ののちに、肝心な所を聞かなければならないことを思い出す。
「なぜ、私の夢の中に...えっとアリエルさんはいるのでしょう?」
「ふふっ、エル、でいいですよ。」
そういうと、少し考えた素振りを見せた彼女はこういった。
「正直解らないんです。でも、私の心を他人に送る能力があります。たぶん、ですが未来の自分があなたか、それか誰かへ向けて心を飛ばしたのだと思うのです。」
「未来の?」
「はい。あまり大きな力ではないのですが、ほんのちょっとだけ時間をさかのぼる力もあります。それに、あなたの持っている緑の石。」
そういわれて僕はポケットの中にある削った後の石を取り出した。
「これは間違いなく私の持ち物です。私が持ち歩いている封印石に違いありません。私はこれに心を込めて、過去へ飛ばしたのだと思います。」
「うーん」
...わけがわからん。
「ふふふっ、解らないのも当然です。私も正直わけがわからないのです。でも確かなのは、」
ゆっくりと地面に座った彼女は、髪の毛をかき上げながらこう言った。
「あなたの心の中に、私の心の一部が存在しているということです。」
「そう...なんですか?」
「現に、夢の中でお話しているのですから。昔、一度だけこの力を使って心を送ったことがありますが、その時もそうでした。夢の中だけでお互いを見ることができました。」
「でも、どうしてでしょう。何か、未来のエルさんが過去へ心を送る必要に迫られたのでしょうか?」
それには答えずに、アリエルは目を閉じて立ち上がった。
すると、彼女の周りにテーブルと椅子、それから一本の大きな木が出来上がった。
「夢の中だから、何でも考えた通りです。座りながら話しませんか?」
そういって目を開いた彼女は、椅子に座り反対側へ座るよう促した。
僕も、それに従って椅子に座り、目の前のテーブルに紅茶でも出してみる。
「あら、ありがとうございます。」
そういって、彼女がティーカップから紅茶を一口すすって一言。
「味、しませんね」
僕も飲んでみると、まったく飲んだ気がしない。味もない。
「まあ、夢の中だもんね」
フフフッとアリエルが笑う。つられて僕も笑った。
「一つ、お願いがあるんです。」
笑いが収まって、僕の緊張もほどけてきたころ、彼女はこういってきた。
「一度、私のところへ来ていただけませんか?未来の私がこうやって心を送ったということは何か理由があると思うのです。その時までぜひこちらへご招待したいのですが...」
「どちらにお住まいですか?」
「ん...少々言いにくい場所でして...エレクトの都市はご存知ですか?」
知っている。昔旅行で言ったことのある場所だ。機械仕掛けの時間を計る道具を買ってもらって、大喜びした覚えがある。
「知っているのなら、良かったです。」
「はい...ぇ」
僕、知ってるって言ったっけ?
「あれ、もしかして僕の心を読んでません?」
「あ、私の心はあなたの心の中に潜在していますので、心がちょっとだけ見えちゃうんです。」
夢の中だけですから、許してくださいね?と言われたが、ある意味恐ろしいものだ。
「私の家は、その近くです。そこまで行けば、また別にご案内できるのですが...」
「うーん...一度親に相談しないといけないけど、夢の中の人から誘われたなんて言えないし、第一エレクトってだいぶ遠いですからね...」
「オルティード城下町にお住まいなのですか?」
「あ、そうです。」
「でしたら、私から招待状を送らせていただきます。それが証明になるのではないでしょうか?」
「とにかくも、一度親に相談しないといけませんね...それにこれだけの旅路となると傭兵か何かが必要ですし...」
「あら?あなたは十分強いとは思いますが?」
「何せ、一人で旅っていうのが苦手でして...」
なんだかんだ、友達としか旅をしたことがない自分が情けなくなる。
「あ、ではお友達の...フレア?さんとルーさんも誘ってみてはどうでしょう?」
「え、でも二人に迷惑かけれないし、第一話を信じてくれるか...」
そういうと、彼女は少し下を向いて言った。
「迷惑...な話ですよね。嫌でしたら全然断ってもらって大丈夫ですよ。あなたにこちらへ来てもらっても何の利もないですよね。」
凄く悲しそうで、最後はかき消えそうになりながら言っている様子を見て僕は心を決めた。
「いや、行きましょう。別に、やることがあるってわけでもないですし、ちょうど学校も授業が終わっていますからね。」
「本当です?無理してもらわなくてもいいんですよ?」
パッと顔を明るくして喜んでいる。
「ええ。どうせ暇ですし。」
そして、少し考えて、
「二人にはどう説明しましょう?」
「それなら大丈夫です。たぶん、石を彼らにも渡しましたよね?」
「あ、そうですね。声が聞こえた、と言っていましたが。」
「声...ですか。それはよくわかりませんが、その時にあなたに入りきらなかった分の私の心がほんの少しだけ移ってしまっているみたいです。今日一日だけくらいなら、お話しできますよ。」
そういって、彼女は目をつぶった。
「話をしてきましょう。では、また明日の夜にでもお会いしましょう。」
「はい。明日の夢で。」
そう言ったとたん、パッと彼女と共に世界が消え、残ったのは僕が作り出した紅茶だけだった。
カップからスッと液体を喉に流し込む。
やはり味は、しなかった。