青い鳥
それから、かれこれ5年の月日がたった。
僕は、17歳になりあともう少しで魔術専門学校を卒業しどこかへ就職しようかな...と考えているところだった。
そんな中の、春の月中旬の「フィアル感謝祭」のことだ。
ちなみに、「フィアル感謝祭」とはこの世界の精霊力の源であると言われる精霊への感謝の気持ちを伝えるために、国が精霊が集うという夢島へ祈りをささげる行事である。
その行事に乗じて町は年に一度のお祭り騒ぎとなるわけだ。
そんな中の、早朝のことである。
「母さん、行ってくるね!」
エミットは、まだ寝ている父と母に一声かけるため寝室へと走る。
「ん...まだ6時じゃないか...もう少し寝させてくれ...」
父は非常に眠そうだ。
「ハイハイ、行ってらっしゃい...」
母は、寝言のように何かつぶやいた。
僕は、リュックサックに一握りの銀貨と昨日お母さんからもらった一枚の金貨、そして薬草などの基礎装備を詰め込んで外へ飛び出した。
東の山の頂上から、朝日が丁度顔を出し、雲一つない夜空を赤色に染める。
町では、祭りの一日の始まりを告げる音楽を国立楽器隊が奏で、早朝だというのに町のあらゆるところから拍手が飛び出した。
それとともに、威勢の良い屋台の掛け声があたりを飛び交い、一気に賑わいが出始める。
年に一度、一日だけの祭りが、今始まった。
「ヨゥ!エミット!」
「おっは~!」
友達で、一歳年上のルーと、同級生のフレアが町の噴水前で待っていてくれた。
「おはよ!ごめんね、ちょっと遅くなって...」
「んや、俺もさっき来たとこだぞ~」
申し訳なく謝る僕にルーが朗らかに言った。
一昨日からフレアとルーと緻密に計画を立てておいた僕らの一日も、祭りとともに始まる。
「さてと、出発まで時間はないな!町で祭りに参加できるのはあと30分くらいか。早く食いに行くぞ!」
フレアが、早く屋台で買い食いしたいと言わんばかりに足踏みをする。
「おまえ、女のくせに良く食うし、よくそれで太らな...グフッ」
ルーがフレアの膝キックをクリティカルヒットで受け止め、うずくまる。
「余計なことは言わない。一生覚えておいて損はないわよ!」
そのあとで、ヒールをかけてあげるあたり、彼女なりの優しさがある。生徒の間で人気者になるのも不思議ではないわけだ。
僕は、一人で納得しながら苦笑いして、二人を交互に見比べた。
その後、三人で近場の大通りに出ている出店で、芋飴とカミナリセンベイ、カリカリキャンディを食べ、そして南城門の前に再集合していた。
「さて、みんな!今日の計画の再確認よ!」
フレアがニヤニヤと笑いながら丸めた紙を取り出した。
「今日は、年に一度のお祭り。町の人や城の人も全員休みで祭りで大騒ぎになってる。そしてほかの町の人たちも休日だからこの城の祭りにやってくる。ということは、この近辺の人はこの城に集まっている。逆に言えば、他のところにはあまり人がいないってことよ!」
「当然だろ...グヘッ」
ルーが腕を組みながらつぶやいた瞬間に、わき腹にキックを食らって倒れる。
「女子にいらないことは言わない。将来後悔するよ☆」
フレアがウィンクしながらヒールをかける。
「あー、女子って怖いなぁ」
僕もつぶやく。
「ほんとソレ」
ルーも腕を組みながらうなずく。
「そんなものよっ。でよ、今日みたいな日ならいつもは冒険者でにぎわう夢幻の森も、人が少ないからレアな物も取り放題!ってわけ」
どこからともなく(チャキーン)とレジの開くような音がして、同時にフレアの目が「$」になる。
「で、俺らはそれに付き合わされると。」
ルーがヤレヤレと首を振る。
「ん?僕は結構乗り気だけどな。お金ほしいし」
正直に僕は言う。
「はぁ...フレアもたいがいだけど、お前も現金な奴だよな。マジデ。」
いやだって...ねぇ。世の中金だし。
僕の心の黒いところがチラリと見えた気がした。
「さて、みんなちゃんと装備は持ってきてるかな?」
フレアが一つ一つ確認していく。
それを見てルーが装備にアドバイスを加える。
やっぱり、この二人は頼りになる...
そう思った。
夢幻の森は南の城門を出て20分ほど歩いた位置に存在する。敵も強くなく地形も複雑ではないが、ごくまれに貴重な魔石「赤石」ができることで有名だ。一日に数個見つかるかどうかだが、学生たちが金稼ぎによく探しに来るので、あまり見つけることができないのが実情だ。
しかし、今日は違う。国中の人々が祭りにはしゃいでいる中、探索者もあまりいないため、探しやすいだろうと踏んでいるのだ。まあ、見つかるかどうかはわからないが。
「おろ、馬車来てるじゃん。乗っていこうぜ!」ルーが馬車停に丁度夢幻の森行の馬車が止まっているのを見つけていった。
「あ、ラッキー」フレアもはしゃぎながら馬車に乗り込む。
僕も、ポケットから銅貨30枚分を御者に渡しながら乗り込む。
祭りに来る人が大勢降りたものの、次の駅である夢幻の森前へ向かう人は私たちしかいないようだ。
ピッという笛の音とともに馬車が軽快に動き出す。
城下町の城壁を離れると、打って変わって辺りは緑一面の野原になる。
城から続く何本かの小道には、城へ向かう子供連れの親子がいて、僕たちが進んでいる大通りにつながっている。
大通りというと都会な雰囲気がするが、単に道が舗装されているだけで道沿いに何かがあるというわけではない。
しかし、魔物が入れない特殊な素材でできた道であるため、多くの人々がこの大通りを使って都市間を行き来している。
何気ないこんなところにも先人の努力があったと考えると、なんとも言えない気分になるのは僕だけじゃないだろう。
「なに考えてるの?」フレアが顔をのぞき込んでいう。
「いや、なんでもないよ」僕は背伸びをしながら言った。
「にしてもきれいな景色だよなぁ、緑ってなんでこんなに安心するんだろ」ルーが景色を見ながら言う。
「あれ?またまた珍しいこともあるんだねぇ。ルーがこんなこと言うなんて。」フレアが茶化す。
「あ、ひどいなぁ。俺だってちょっとはロマンチストなところもあるんだぞ?」ルーがまじめに言う。
「ふーん。」にやけながら、僕はルーを見た。
「まぁ、確かにいい景色だよね。」
青空の下に広がる草原は、美しい。
森まではすぐだった。
数分馬車に揺られると草原の奥手に急に木々が見え始め、それがかなり広く続いているのがわかる。
馬車がゆっくりと速度を落とし、馬車停で停車する。僕たちはそのまま降りて森の方へと向かった。
「てか、どの辺探すか決めてるの?」僕はフレアに聞いてみた。
「んや、まったく。とりあえず行けるとこ行ってみようよ」頭の後ろで手を組みながらフレアが返した。
「それを行き当たりばったりっていうんだよな。」とルー。
「まあ、言い返せないけどね。」ハハハ、と朗らかに笑う。
森の中は意外と明るい。
というのも、他の森に比べて格段にこの森は精霊力が強い。
森の木々でさえも、通常の数倍の精霊力を宿している。
それが原因か、弱くではあるが木々や地面ですらぼんやりと輝いている。
その眺めが幻想的で夢のようだから、はるか昔に夢幻の森と名付けられたそうだ。
森の中を歩いていると、ちらほらと薬草になりそうな草が生えていたり、なんとも毒々し気な紫色と赤色の混じった大きなキノコが生えていたり。
さらには、ふと左側からガサガサと音がしたと思うと、小さな可愛らしいリスのような生き物がコロコロと転がりながら僕たちの目の前を通り過ぎて行ったり。
知らないものが溢れていて、歩いているだけでもとても楽しい。
そんな中、ルーが急にしゃがんでつぶやいた。
「お、この石ちょっと魔力こもってね?」とても小さな石を見つけて拾い上げた。
「お、確かに石の周りに精霊力の流れを感じるねぇ」フレアが石の周りの空気をなでるように触りながら言う。
確かに、微弱ながら魔力のこもった魔石ではあるようだ。
「うし、持って帰ろっと。銀貨1枚にはなるだろ」背中に背負ったリュックサックの中に放り込んで、そのまま僕たちは歩き出した。そのすぐ後の事だった。
太陽が空の頂上を通り過ぎて昼下がりになっていたころ、ヒュッと一筋の風が森をなでていったのを感じた。
(...て...)
ふと、体が何かを感じ取る。
「...何か感じない?」僕は無意識にそういった。
「エミットもか。」ルーが右手に魔方陣を浮かべ、護身用の短剣を構えた。
「いや、でも悪性のある力の...感じではないと思う」僕はあたりの気配に耳を傾けた。
「たしかに、エミットの言う通り敵対する気配は感じないわ。けどなんていうんだろう。力の...変化?」フレアが首をかしげながらあたりをきょろきょろと見まわしている。
一般人であれば気づかないような違和感だろう。
だけど、現役で一応エリートと呼ばれる程度の専門学校に通っている僕たちは、その違和感を感じ過ごすことはなかった。
目をつぶって、空気の流れを感じ取る。精霊の動き、目に見えないけど存在する力の動き。
その動きがどの方向に流れているのか。
「...空?」そう言って僕は上を見上げた。何か、もうすでに薄れつつはあるが力が上から放出されたような跡を感じた。しかし空を見上げても存在するのは太陽と青空と...
「...鳥?」そこには一羽の鳥が飛んでいた。あまりこの近辺では見かけない青色の羽の混ざった鳥だ。
その鳥はスーッと空を滑空したのち、羽を休めるためか森の中心部の方へ降りて行ったようだ。
「なあ、見たか?エミット」ルーとフレアも同じように空を見ていた。
「どうすんだ?」ルーが俺の方を見て言う。
「いってみようよ」フレアが間髪入れずに言う。
「...まあ明らか怪しいから行くんだけど、なんかお前楽しそうだな?」ルーがフレアの顔をジトーっと見る。
「そりゃ、ねぇ、レアな素材が見つかるかもしれないじゃんっ」ガッツポーズとともに笑顔で答えるフレア。
「まぁ、あっちの方に行ってみようか。念のため警戒してね」僕はそう言って、鳥が下りて行った方へ走り出した。
茂みの中を姿勢を低くして小走りで進む。辺りの気配を探りつつ前へ進んでいく。
時折、木の下で小動物が集まっていたり、木の実をつついて木から落としている小鳥がいたりはするが、まったく違和感というものは感じなかった。
いわゆる、「普通」の森である。
しかし、なんだかあの青色の鳥が気になって仕方なかった。
「普通」の中であのような「異種」をみたら、誰だって気にはなるだろうがなんというか...それとは違う感じだ。
呼ばれてる...?ような感じ。
運命的なものを感じつつ僕はあの鳥へを見つけに走っていた。
「エミット!前!」急にルーが叫んだ。
フッと体の周りの精霊力が後ろ向きへ流動するのを感じた。
無意識に僕は右手を前に出して魔法を唱えた。
「オールフェルウェルス ナモラノルメ」その瞬間だった。
ほんの一瞬、一瞬だけ木々の隙間から青い鳥が見えた。
そして、その鳥がまばゆい光を放ったのも見えた。辺りの風景が真っ白になって一時的に視覚が麻痺する。
けど、それだけだった。
あっけにとられた僕たちは数秒間動けなかった。
始めに動いたのはフレアだった。
恐る恐る茂みをかき分けて前へ進んでいく。後から僕たちもついていく。
木々と草の間を抜けて見えてきたのは、
「あれ、なんだここ」
急に目の前が開けたと思うとそこには深い円状の谷とその下から生えている巨大な木があった。
「あれ、夢幻の谷じゃん」フレアが気の抜けたように言う。
そう、夢幻の森の中にある谷だから、夢幻の谷。
子供たちも遠足でよく訪れるような場所である。
森の中にポツンと開けた草原があり、その真ん中に大きな円になった深い谷がある。
その底には「陰樹」と呼ばれる老木が生えている。
なんでも、数千年前には生えていたようで大きな別荘一戸分くらいの幅はある幹から葉をはやしている。
底をのぞくと正午の太陽が真上にないと光の刺さないような深さの谷なのに、鮮明に地面と木の根が見える。
と、いうのも理由はいまだに解明されていないが、「陰樹」の一部からとても強い光が放たれていて、それが底を照らしているのだ。
しかし、祭りの日だからか誰もいない草原の中に一つの青い塊が見える。
「これが...」僕はその青い鳥を直視した。
美しい、というか幻想的な雰囲気である。
この森の風景も相まってか、なんとも神秘的な生き物に見えた。
「ねぇ、これなんだろ」フレアが鳥の近くに落ちていた緑色の石を指さす。
僕はゆっくりと鳥の正面まで行き、石を手に取った。
そう、これが僕の冒険の始まりだったのだろう。