9.魔物
ローレンツから魔法を教えてもらえそうな感触を期待できたのだがそんなときどこからか声が聞こえてくる。
≪マスター、こちらに向かう生物を確認≫
<人間か?>
≪人間のようですが、走っているようで…≫
「先生!!せんせー!ニーアゴブリンだ!!ニーアゴブリンの群れが村に!!」
絶えず呼吸を乱しながら頭から血を流す人物がローレンツに駆け寄っていった。
「モーリス、いったいどうしたんだ??ニーアゴブリンの巣はこの前潰したはず…まだ残りがいたのか」
「何でかはわかりません!けど、とにかく早く来てください!!先生!!今はニーナとアレクが持ちこたえてるけど時間の問題だよ!」
「クロセ君!君はここで安静にしていなさい!まだ病み上がりなのだから君はここで待っていてくれ!」
どの程度村から離れた位置にこの家が建っているのか気になるところだった。
今魔物に襲われている村がこの近くならここにもやってくるのではないかとういうことだ。
モーリスという青年が声を上げる。
「先生!僕も一緒に行くよ!他にもまだ逃げてない人が居るんだ!」
「モーリス、君のその傷では足手まといだ。死傷者を増やしたくない、ここは村でも外れの方だしまだ安全だ、君もここで待っていなさい、いいね」
俺とモーリスという青年の二人に言い残し、目で追うのも厳しい速さでそのまま外へと駈け出して行った。
どどど、どーしたらええんや!!
≪マスター、身の安全が先決です≫
マキナはお乳のついた声で言う、いや落ち着いた声で言っていた…。
テンパりすぎだろ、俺…。
<いやいや、この場合一緒に行って討伐を手伝うとかなんとか…>
≪あの者たちに助けられたのは事実ですが、むざむざ危険に巻き込まれに行っても足手まといになるかもしれません≫
<わかっちゃいるけどさぁ、そういえば俺って魔法とか使えるのか?>
≪使用できるのは強化魔法と創生魔法のみです≫
<やっぱり創生魔法は使えるのか、じゃあ大丈夫なんじゃ>
≪いいえ、あまり賢い選択ではありません、カオスとの同期がなされていない以上あなたの創生魔法は弱体化している確率が高いと思われます。
ましてや、物質界での行使ともなるとリスクの方が大きくなります≫
<擦り減るとかそういう類か…?>
≪それもあります。銃などのエネルギーを飛ばす類の攻撃では魔力を切り離す行為と同義ですし、無理はなさらない方が…≫
<じゃあ強化魔法は?それと剣なんかはどうだ?>
≪身体強化はリーディング能力にてすでに覚えたものですから行使できます。剣ならば折れたり砕かれたりしない限りは魂は消耗しないかと存じ上げます≫
<共闘するか否か…>
俺はこの通り病み上がりだし、怪我は良くなっていても体調は芳しくない、何より殺傷沙汰に巻き込まれたくないのが本音のところだった。
≪マスター!!≫
<もしかして、とても嫌な予感が…>
≪3体の魔物の反応がこちらへやってきます!≫
<ほれ見ろ!どうせ逃げれねぇ強制イベントだ!!!>
半ば諦めながらも威勢よく扉を蹴って外へ繰り出した。
わけではなく、扉を少し開けて覗く。べ、別にビビってるわけじゃないんだからね!!
魔物と言ってもたかが知れてる、いくら弱体化したとはいえ、世界を救えと言われた辺り結構な力が今の俺には備わっているに違いない!!
救えと言ったのは幼女と怪しげな男だったけど、リンクシステムについては身体に何か異変が起こっていることもあり嘘じゃないだろうと思う。
願わくばスーパーチートでメッタメタが理想だった。
まぁ、ゴブリンなんてちょちょいのドンである。
である………いやいや、いやいやいや。
ゴブリンとかってのは、身長が人間よりも低くて骨ばってて、緑色のピッ○ロみたいなんで、ワ○オみたいなちょび髭の雑魚モンスターじゃねぇのか?
俺が見たゴブリンというのは巨漢で筋肉質、そして鋭い牙が生えており手には巨大な斧や棍棒のようなものを持っている、頭には鬼みたいな角が生えていた。
オーガじゃん!これオーガじゃん!!範馬裕○郎よりオーガしてるじゃん!!!オーガには近付いちゃダメだってバッちゃ言ってた!
ゆっくりと扉を閉じる。あんなん冒険序盤で倒せるわけねぇよ。死亡フラグ発生!しかも強制!
「君!先生はああ言ってたけど僕は村のみんなが心配だ」
そう言って扉を開こうとする青年を止める行動にでる。お前のような脇役が俺の命を脅かすのだ!!
「いや、やめといた方が良い、そんな怪我までしているんだ。無理をしては彼らの足を引っ張るぞ。信じて待つんだ、なるべく静かにな」
俺は今とても良いことを言ったと思う、彼もローレンツを慕っているようだし邪魔になってはいけないことは分かってはいるようで悔しそうな顔をして項垂れていた。
と言ってもそれは数秒だけで、覚悟を決めたような視線を俺に向けて言葉を放った。
「じゃあクロセさんと言ったか、君が助けてくれるっていうのか?見たところこのあたりの人間でも無いみたいだし関係ないのなら引っ込んでてくれ!戦えなくても僕は行く!」
待て待て行くのは勝手だが、俺を巻き込むな!!という言葉は飲み込むことにする。
あまりにうるさくすると外の化け物がこちらに気付く恐れがある。そう考えた刹那、家は揺れだし、扉の一部が破られる。
破損した扉から巨大な腕がそのまま生えていた。
「あぁ~~!!!」
先ほどまでの威勢はどこかに行ってしまったのか、モーリスはその場でへたり込んで叫び声をあげる。
人間の声に呼応するように家は激しく揺れだし、壁や扉を破壊する音と恐怖の色が部屋の中を満たしていた。
完全に化け物たちはこちらに気付いてしまったようだ。
酷く動揺しつつも何とか剣の形をした武器を生成することに成功する。
果たしてこんな剣の一振りであの体躯を相手取ることが出来るかは分からないが、無いよりはマシだろう。
その時大きな破壊音が聞こえた。扉が破壊され、ぽっかりと空いた空間にオーガが屈みながらこちらを見ている。
俺は剣を構えて牽制する体制に入る。多少の知恵があるのなら武器を持つ相手に少しくらいは警戒してくれても良いのではないかという希望が混じっていた。
次に窓ガラスが飛散する音が聞こえた。ほかのやつらが来たのかと考えていたが、後ろを一瞥するとそこにへたり込んでいたモーリスの姿が無い。
逃げやがった!!あいつ立派なこと言っておいて、化け物に気付かれた挙句、一人で逃げやがった!!!
家の揺れもさらにひどくなり、目の前の化け物は俺を捕まえようと腕を伸ばしていた。
この瞬間脱出するには窓しかないと考え、モーリスが割ったであろう窓に向かって勢い良く俺は駈け出し外へと向かった。