14.時を経て
朝方まで掛かって炎を鎮火することは出来たが被害は甚大で村にとって壊滅的な打撃を与えたと言えるだろう火事によって家を無くした者、食料の備蓄も乏しく、行方のわからない者もある程度帰っては来ていたのだが、村の三分の一の人間が生きては帰ってこなかったほどだった、そして生き残りのほとんどが女子供もしくは老人だったことから復興に割く人員やそのスピードに問題が出るようだ。
自警団総勢55名のうち帰らぬ人となったものは32名、残った者たちも非戦闘員の数が多く戦える者も多くは残らなかった。
暫くはこの村のふもとにあるという街のギルドに傭兵の依頼を出し、人員の補充をさせることになるだろうとローレンツは言っていた。
と言っても、この村に残された財産では次の冬まで人材を他から雇い続けることは出来るはずもない。民家の三分の二が焼け落ちているのだから。
死体処理に関しては順調に村の広場に集められて解体され燃やされ、もはや復活など出来はしないだろうと思われる。
どのような過程を経てアンデット化するかは分からないがこの土地でのやり方に水を差さなくとも灰になった者が復活するということも起こり得るわけでもないし、意見することもなく処理は終わった。
あれやこれやと目まぐるしい一日は終わり、俺、ローレンツ、アレク、ニーナ、それから何故か生き残っていたモーリスは村での片づけに見切りを付けローレンツ邸に赴く。
「あららぁ、見事に納屋が大惨事になっているねぇ」
呑気な一言ではあるがその言い訳を重ねてしまった。
「いやぁ、さすがにここに潜んでるのがオーガ達にバレた時は大変でしたよ」
と愛想笑いをしながら、三人の後ろに歩くモーリスを一瞥するとその空気に何か察したのかアレクが口を開く。
「まぁ、今回はモーリスの逃げ足がローレンツさんを呼ぶのに一役買ったということで…あんまり怒るなよ、クロセ」
「起こってなんかねえよ
」
こいつはローレンツに助けを求めに来ただけだし、
出来ないことをする無能より幾分かましな話なわけで、よく一人だけで村から飛び出しここまで来たものだと感心した。
そもそも戦闘力のない人間を捕まえて臆病者だと思うこと自体が間違いなのである。
こいつが来てなきゃ俺は小屋でぶるぶる震えていたかもしれないし、皆と話しできなかったかもしれない。もしかしたら死んでいたかもしれないことに頭の中で感謝していた。
「それで、その腕の治療をしとかないとね、中に入って?アレク!ニーナ!モーリス!君たちはその辺の魔物の死体をちゃんと処理しておいてくれるかな?」
ローレンツがそう三人にお願いすると子供のように三人は返事をした
「「「はーい先生!」」」
あまりに素っ頓狂な掛け声にここは幼稚園かと勘違いしそうになる、その声を発端に辺りに存在する魔物の死骸を解体し始める。
和気あいあいと死骸を解体する園児たち、想像したくないな。
それよりもだ、こんな家建っていたかな?と目の前の建物に目を向け、
ローレンツについてそのまま入っていくと不思議そうにしていたのが分かったのか声が掛けられた。
「もしかして、この家がなぜあるのか?とかそんなこと考えてるのかい?」
「まぁ概ねその通りですよ、村に向かう時に見かけなかったものですから」
「一応、僕がちゃんと認識した人しか察知できない様に[隠蔽]の魔法で存在を希薄にしているからね、それでもバレた場合は自己防衛するようになってるし大丈夫
なハズだったんだけど、納屋に魔法の処置を施す前にこの襲撃があったものだから…しまったなぁというところだね。ところで彼はまた逃げたのかい?」
「ああ、モーリスという青年ですか?」
「そうだね、彼は…ちょっと事情があってね、ある種のトラウマにとらわれて悩んでいる、出来る者にとっては簡単なのだけれど
出来ない者にとって出来るようにしろということはとても残酷なように思えるんだ。だからあまり彼には辛く当たらないで貰いたい、
もちろんこのままの状態はあまり良くないのは分かっているんだけどね、しばらくは時間を掛けて解きほぐしていくしかないと僕は思ってる」
なんだか覗いてはいけない過去の出来事を垣間見てしまったのかモーリスという男について誤解していたように思えたのか、
少しだけ彼に対する気持ちが和らいだように感じていた。
「さ、それじゃあその腕を視ようか、ふ~む、血も出ていないようだ、止血体が施されているように見えないが、まぁそこは治してから聞くことにしよう、では治すとしようか」
「へ??治るんですか?これ?」
手ぐらい回収しておけばくっついたのでは無いだろうかと後悔の念に駆られていただけに驚いてしまう。
「これくらいの傷、この増幅器を使えば簡単さ!」
彼は懐に手を入れ、前に見た遺跡の魔道具に似た何かをとりだした。
夜中の通販番組のごとく俺という視聴者に対しごつごつとしたシルエットの何かを取り出す。
その形は修学旅行生が喜んで購入しそうなメリケンサックという風貌をしており、何かの間違いではないかという表情をしていた俺に見ていなさいとばかりに
増幅器(10個の指輪)と呼ばれた魔道具をその両手にはめてこちらの腕に魔力を送り出した。
これが治癒の魔力なのだろうか、少し温かみのある光は腕の辺りを覆いそして光が手の形を再構築してゆく。
暫くして手は完全にその姿を取り戻していた。
これが、三か月ほどの前の話だ。行くところのない俺に住まいを提供してくれると言う、何もただというわけではなく、
単にザパン人の使う不思議な魔術体系に興味があり、俺の魔力や身体、出生などの秘密を研究したいと言い出したのだ。
俺に負い目を感じさせないよう配慮してくれたは間違いないと思う。日に何度か魔力を使用しているところを見せてほしいだとか
魔道具に魔力を注いでくれだとか、仕事を手伝ってくれだとか居候するなら当たり前だというレベルの雑事を頼むくらいしかしてこないからだ。
彼はこのハイネ村の北東に位置する村のはずれに住んでいる。
ここでは皆、彼を先生と呼んでいた。村で唯一の魔術師であり医師であるからだ。
そうは言っても怪我人が出ることなんて本当に少ないのだそうだが、
普段は薬師をしており、薬を定期的に村へ届ける代わりに食料を融通してもらったりしているらしい。
薬は高価なもので普通の村人では買えないような値段がするようなのだが、このハイネ村では、ほとんどただと言っていいほどで分け与えていたそうだ。
彼にとって薬の調合とは研究の一環で準備運動のようなもの、定期的に調合をしないと腕がなまるというのだ。
最初のうちは甘えていた村人であったが村長の息子が、とある田舎貴族と出かけた先で販売していた傷薬が
彼の作るそれの薬効と非常に似ており、その時に値札を拝見し、たまげたそうだ。
それ以降、村人は彼からの贈り物に対しそれ相応のものを支払おうとしたのだが、
彼はそこまで業突く張りではなかったようで、どうしても金銭の類は受け取ろうとせず、受け取ったのはハイネ村で取れた作物などであった。
薬自体も、俺の知っているように日持ちのするものではなく試験的に調合したものなので日持ちもしない。
なので、定期的に村へ届けに行って食料を分けてもらっていたようだ。
再三にわたり、金は受け取っておくべきだと助言をしても彼は受け取ろうとせず、作成に掛かった金銭以上は受け取ろうとしなかった。
ならお金のかわりに、この古びた納屋や家屋の修繕を頼んだらどうかと問うと「どうしても受け取らないといけないなら孤児院でも立てよう」と言い、
この三か月でローレンツの財政は非常に圧迫する羽目になった。
言動や行動は聖人君子そのものなのだがそれに合わせる側は苦労が絶えなかった。
算術に長けていると言われた俺はこの孤児院での経理を担当させられた。人口密度の低くなってしまったこの村ではあの襲撃を境に孤児は必然的に増えたがわけだがその数は少なく済んでいた。
幸いなことに被害の多くは自警団の若者でや逃げ遅れた老人などだったこともあり、家の家長などは健在で孤児になる子供は少なかった。孤児になった子供たちも居るにはいたが、近所付き合いもあったのか飢える様子はまだなかった。
ただ、飢えてはいないだけで村自体は貧しくなってしまったり復興のための作業の間は子供を預かる場所に困っていたこともあり孤児院兼、預かり所が必要だったことも確かであった。
一方で俺はこの孤児院をローレンツ先生との修行の場として大いに利用させてもらっていた。
先生との修行を見た子供たちが何をしているのかと一人また一人と見学者は増え、次第に習いたいというものまで現れ始めた。
実際のところ魔法が使える素養を持ち合わせる者などほぼ皆無だったので、主に学問や体術などを教える道場に成り代わっていった。
もしかしたら、彼はこれから子供たちを教育する場所がほしかったのかもしれない。
俺としてはただただ、ローレンツとの修行の時間が減ってしまったことを恨むしかなかったと言えよう。くそガキどもめ!
俺は今、火水土風の四聖霊との簡易的な契約を済ませその行使について教わっている途中なのだ。
こちらの世界の人間ではないだけに契約そのものが無理だとかこちらの魔法そのものが使用できないということも十分にあり得るだろうと考えていたが、どうしてだか契約自体は簡単に終わってしまったのだ。
何故簡単に出来たかを説明すると四聖霊、精霊ではなく聖霊これは自分なりの解釈なのだが、人は神たる者の子であり、聖霊とは神の超自然的な力を人格化したものを意味する。
人は神を模して造られた神工物でありその神の超自然的な力を使用する素養が人間にはもともと備わっていると考えられる。
火は熱の変化を操る力、水は体内に循環する血や水を操る力、土は再生や肉体を意味する力、風は呼吸することや動きによって大気に影響を与える力、人間が元々生活するうえで行使している力を爆発的に高め具現化することにより魔法という現象に昇華するわけだ。
では魔法が使用できるかと言えばそれはまだできていない。
魔法を行使するための回路が出来ていないとかなんだとかそういう話のようだ。
無属性魔法である強化魔法、俺特有の具現化する魔法これを[ギフト]と呼んでいた、今はまだ二種類しか経路は組まれていない状態のようで、他の魔法を行使するうえで必要な魔術経路がまだ広がっていないらしい。
この世界の人間は通常二本の経路しか持ち合わせていないのだが、彼のように多種多様に魔術を使用するための経路を持ち合わせる者が居るようであった。
しかしながらその数はそれほど多くもないようで、仲間が増えたよと喜んでもいた。
とりあえずだ、今は二つしかない道路を契約という工事をすることで道を増やしてはいるのだが、広く舗装された道が二本しかないということだ。
舗装されていない砂利道が舗装された道路の傍らに四本走っていると考えてくれればいい、
この状態でバイクや車がそれ相応の力を発揮して走ることが出来るだろうか?答えは否だ。それに広さだって重要だ、田んぼのハゼ道のような細い道に大型トラックが高速で走れるわけもない、大型の車が通るための道は広く工事しなければならないというわけで、今有り余る魔力を行使しようと思ったら、強化と具現化に伴う無属性魔法の使用しかまだ出来ずにいた。