Act4
どれくらいの時が流れたのだろう……?
私が[銀色のそれ]の背中を追い続けた時間は、雪のように積もっていった。
今、何時なのか。朝なのか夜なのかもわからない。
でも不思議と眠くならない。お腹も減らない。
「私は死んでるんじゃないの?」
私は[銀色のそれ]に向かって言った。
「お前は生きている。死人の言葉を忘れたか?死人は皆、お前の肉を喰らおうとしている」
「私が生きているのなら、お腹が空くはずじゃない。ここに来てから何も口にしていないのにお腹が減らない。眠くならない……」
「ここでの時間は現世とは違う。いや、時間など存在しない。太陽も月もない。あるのは無限に広がる闇と死人だけだ」
私はその言葉を聞き、ゾッとした。そして、今ここに存在している自分が信じられなかった。
『え――ん……』
遠くの方で子供の泣く声がした。
『え―ん…えーん…』
[銀色のそれ]は、泣く声とは逆の方向に歩き出した。
「どうして反対に行くの?こっちで子供が泣いてるじゃない!」
「現世への未練を感じない。子供が泣いていようが知ったことか」
「あなたって最低」
私は[銀色のそれ]とは逆に、子供の泣く声の方へと走り出した。
闇の中を走り続けた。徐々に、泣く声へと近づいているのがわかった。段々と声が大きく聞こえる。
『え――ん……』
私は泣いている少年を見つけた。座りながら目を手で隠していた。
「どうしたの?大丈夫?」
私は少年に声を掛けた。人と接することを避けて生きてきた私が、なぜ声を掛けたのかよくわからない。私の行動は矛盾している。
『パパとママがいないよぉ……。何処にもいないよぉ………』
私はこの時、[銀色のそれ]の言葉を思い出した。
《ここにさ迷う者は皆、不慮の事故に遭った者、もしくは殺された者が集う》
この子供は事故で死んだのだろうか?それとも……
「大丈夫だよ。私が君のパパとママを探してあげる。だからもう泣かないで?」
『ありがとう。絶対、見つけてね……』
私は少年の顔を見た。まだ幼い顔立ちをしている。3〜4歳ぐらいであろうか。
「何をしている?」
私の後方から、聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、そこには[銀色のそれ]が銃を片手に持ち、鋭い目をこちらに向けて立っていた。
「なんで銃を持ってるの?」
「その子供を殺す。どけ」
『僕を……殺すの………?』
隣にいる小さな少年は、私の服を力強く掴んだ。微かに震えているのが伝わった。
「殺させない」
私は少年を背に隠し、[銀色のそれ]の前に立ちはだかった。
「どけ」
「嫌よ。約束したんだから!この子のパパとママを探すって!未練が無ければ殺す必要がないじゃない!」
「その子供の両親は、この世界に存在しない」
「!」
私は[銀色のそれ]の言葉を理解した。
この世界に存在していない者は皆、現世で生きているということだ。
[銀色のそれ]は、手に持っていた銃を少年に構えた。
「お前は大事なことを忘れているようだな」
『僕は……』
…………ポタ
背に冷たいものを感じた。
少年を見ると、全身が水を浴びたように濡れている。髪や服の端からは水滴がポタポタとこぼれ落ちていた。
そして……
頭の中に、あるイメージが映像となって現れた。
海の中でもがく少年。
その先に父親らしき人が泳いでやって来るのが見えた。
しかし………
間に合わなかった…。
深い海に沈む少年のイメージが頭から離れない。
あまりにも残酷な現実だった。
やがて映像が消え、気が付くと私は涙を流していた。
『僕は……死んでるの……?パパとママは……何処にいるの……?』
「お前だけが死んだんだ」
『違う。違うよ…。僕は死んでなんかない……。パパとママに会わせてよ!!ねぇ!お願いだよ!!』
私は背に隠していた少年を[銀色のそれ]の前に出した。
『お姉ちゃん?』
「……殺して」
私は[銀色のそれ]に言った。
これ以上、少年を見ているのが辛かった。
死んだことにも気付かずにこの闇の中を一人、両親を探しさ迷っている。
もう、楽にしてあげたい。
「殺したいならその手を離せ。お前にも銃弾が当たるぞ?」
少年を楽にしてあげたいのに、私の手は少年の肩にへばり付いたかの如く離れない。
「大丈夫だから。その手を離せ。美園」
――――――――――私の手が離れた瞬間、銃弾が少年に突き刺さった。
少年は地面に倒れ、黒い血が辺りに散らばった。
私は……
足の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
声を上げることも出来ずに、その情景をただ見つめていた。
「これでよかったのか、わからないよ……」
「これでよかったんだ。ここにいても不幸なだけだ」
[銀色のそれ]は再び歩き出した。
私も立ち上がり、また歩き出した。
[銀色のそれ]の背を追って……
Act4 …END…