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17才  作者: 木下秋
7/10

☆4

 「んで? 興奮して鼻血出たわけ?」

 拓と仁は一切遠慮のない笑い方をした。周りに他のお客さんはいないから別にいいけど、俺に遠慮しろよ、と。

 「だぁかぁらぁ! ちげぇっつぅの! 顔面にボール当たったから……」

 「でも当たってすぐは出なかったじゃん」

 実際にその場にいた拓が突っ込んでくる。

 「それはあれだよ。“時間差”だよ」

 「なにそれ」

 仁が笑いながら言った。

 俺は二個目のハンバーガーに手を伸ばす。俺たちが今いるのはとある有名ハンバーガーチェーン。北牛川駅店。

 うちの学校は帰り道での買い食いは禁止されているので、俺たちは乗り換え駅で一回降りていつもここでダベるのだった。

 学校に出てからずっと拓は仁に、今日の体育の授業中に起きた出来事を面白おかしく話していた。自分の話で笑ってもらえるのは嬉しいし、オイシイけど、拓と仁はずっとしつこく同じ話を繰り返して笑っているのだった。

 そして俺もあの試合中に見たこと、嗅いだことなどを説明していた。

 「匂いときたか。やっぱ祐ちゃんは変態だわ」

 仁が言う。

 「んで“へそ”の穴が朝の夢の話につながるわけね」

 拓が続いた。二人は急に冷めたように、呆れた笑いをよこして見せる。仁はあからさまにため息をついた。

 「やっぱ暗示してたんだわ、あれは……」

 俺は言いながらポテトをつまむ。コーラの入ったコップを手に取り、中の量を確認するようにクルクル底を回してから一口飲んだ。

 「なんで女の子っていい匂いするのかね」

 「うーん」

 これまで何度話しても答えの出なかった話題を持ち出す。それでも男にとってそれは永遠の謎なので、拓も仁もまた考える。

 「やっぱあれかね。フェロモンかね」

 「フェロモンかぁ……」

 仁も拓も、仮説を立てた俺ですらぼんやりとした表情をする。やっぱり『どうして女の子はいい匂いがするのか問題』は今日も謎のままだ。

 そもそもフェロモンってなんなんだ。

 「“へそ”もさ、なんかうまく説明できないけどさ、なんかエロいよね」

 「“へそ”別にエロくないだろうよ」

 拓が反論する。

 「だってさへそは“穴”だからね」

 あえてのドヤ顔だ。

 「あとあれだよ。普段見えないものが見えるってのがいいんだよ!」

 「まぁそれはわかるよ」

 「うん」

 どうやらようやく同意が得られたようだ。拓はアイスコーヒーを飲み終えたようで、氷をストローで吸った時のジュー、ジューといった音を鳴らす。そしてニヤッと笑って俺に言った。

 「祐さぁ、田中のこと好きなん?」

 仁も俺の方をニヤニヤしながら見て「おおっと~?」みたいな煽り方をする。

 「いや、まぁ嫌いでもねぇし……好き……なんかなぁー」

 なんだよそれぇ~、と二人は気の抜けた笑い方をした。

 「いやね? おれ先週の土曜にさ、ちょっとあったんだよ。田中と」

 俺は二人の期待感を煽るような、表情をする。二人は予想通りに食いついて、初めてブランコに乗る子どものように目をきらめかせた。

 「なんだよ」

 「もったいぶんなって」

 椅子にもたれかかって脱力していた二人が姿勢を正して身を乗り出すので、俺も合わせて身を乗り出した。そして今日、二人に早く話したくてしょうがなかった、とっておきの話を始めた。


 「先週の土曜さぁ、仁が風邪で休んで、拓があの同じクラスの……誰だっけ……あぁ、中山くん。そうそう、中山くん家行くからっつって先に帰った日。あるじゃん。あの日さぁ、俺が帰り支度してたらさ、いつもなら拓と仁が迎えにくるじゃん。帰ろうっつって。でも俺がすぐ帰ろうとするから田中が『今日は仁ちゃんと高橋君来ないの?』って言ってきたのよ。だから俺『仁は今日風邪ひいてて休みで、拓は一組の中山くん家行くんだ』って言ったの。したら渡辺が委員会の仕事してて、帰ってくるの待たなくちゃいけないから、それまで日本史の勉強教えてくれって言ってきて。俺日本史だけできるじゃん? んでまぁ俺も暇だったし、一回やったとこ教えるのって俺からしても復習になるじゃん? だから『ぜんぜんいいよ』つって、渡辺来るまで勉強付き合ったの。こう……机くっつけて。ふふっ、なんだよ。いいだろそんくらい。まぁそこはいいんだよ。んでね? 勉強始めたんだけど、俺田中に日本史教えるのってその日が始めてじゃなかったんだけど、田中って日本史苦手なのよ。他の教科は出来んだけどさ。でもその日はなぜか結構出来んの。俺の問題とかにもスラスラ答えられて。だから『なんか今日調子良くね?』って言ったんだけど、したら『最近家でも日本史勉強してるんだ』つって。予習も復習もしてる、っつうから俺『お前、しっかりしてんな』って言ったの。したらさぁ……」

 ここで俺は意味ありげに笑った。サラッとオチを言ってしまうのはもったいない。

 なんだよ、なんていったの?と、拓と仁が聞いてくる。俺は充分に引きつけて言った。

 「『処女だからね』って言ったの」

 「は?」

 「処女?」

 拓と仁は訳がわからない、という顔をした。

 「いや、おれもコイツ突然何言ってんだって思ったのよ。混乱しちゃってさぁ。んで『あぁ……』みたいな適当なこと言って、なんでそんなこと言ったんだろうってちょっと考えたの。んでさ、その三日くらい前にネットで見たあるニュースを思い出したんだよ。それがね、女子高生の三十%は処女じゃないってやつなんだけど。おれ、『そんなにたけーの!?』って思ったんだけどさ。だからピンときたんだよ。『しっかりしてんな』イコール、『処女だからね』ってのが。一瞬のうちにね」

 二人は「あぁ!」と納得したように頷く。

 「処女をちゃんと守ってて、しっかりしてるってことか」

 拓が言った。

 「そう。んでなるほどって思ってさ。ちょっとびっくりしたけどそのまま話を続けたんだよ。『最近捨てるの早いって言うもんね』って言ったの。そしたら『えっ?』って言われて。『さっきの話だよ』って言っても、『えっ? 何言ってんの?』とか言われんの。だから俺躊躇したんだけど『だってさっき処女だからねって言ったじゃん』って言ったの。そしたらさ。『は? 私、長女だからねって言ったんだよ?』って」

 「えっ……」

 「それって……」

 仁は信じられないという顔をしている。拓はもう話を理解したようで、その表情からはもう笑いが零れてしまっていた。

 「俺、『処女』と『長女』を聞き間違えちゃったんだよ」

 「ふっ」と二人の口から一瞬空気の漏れる音がした。

 「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 爆笑だった。他のどんな感情も入り混じらない、純粋な笑い。

 仁はお腹を抱えて足をじたばたさせた。はー、はーと荒い息を吐いて「お腹痛い……」と呟いた。

 拓はというと体を仰け反らせ、大きな声で笑ったあと、手をパンパンと叩いた。

 「やばい。それやばいよ」

 笑いを通り越して泣いている拓は、目尻に溜まった涙を中指で拭いながら言った。

 「で、なんて言ったの?」

 「俺パニクっちゃってさ。『あぁ……そっかぁ……』とか言って。そしたら田中さ。顔ボーって赤くなっちゃって。『聞かなかったことにするね……』って」

 二人はまた笑ったが、もう笑い疲れたといった笑い方だ。

 「だから今田中と微妙な感じなんだよね。今日とかめっちゃ顔合わせにくくてさ」

 「意識しちゃう?」

 仁が聞いてくる。

 「うん。でも顔赤らめた田中かわいかったわ」

 「ははは、もういいよ、笑わせんなって」

 ため息をつきながら拓が言った。

 俺は残りのコーラを一気に飲み干す。

 「行こうぜ」

 ゴミを一つの盆に集めると、拓が「最初はグー」と言いながら握りこぶしを出す。

 「ジャン、ケン、ポン」


 仁を一人店内に残して俺と拓は外に出た。後ろで仁が「僕じゃんけん弱いわ……」なんて言ってる。

 「あったけぇ……」

 拓がつぶやく。

 午後の暖かな陽光が髪に当たって、すぐに熱くなる。

 「朝はあんなに寒かったのになぁ」

 俺は満足感と幸福感で最高にいい気分だった。

 ネクタイを緩めて、空を見上げた。


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