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17才  作者: 木下秋
6/10

♡3

 体育館に着くとすぐに授業が始まって、準備体操が終わると二人一組でのパス練習が始まった。

 美咲はボールのたくさん入った籠に駆けて行って、誰よりも早くボールを一つ取ってパスして寄越した。嬉しそうな顔をしてる。

 美咲は中学までバスケ部に入っていたけど、中学時代をほぼ全てバスケに費やした事を少し後悔しているみたいで、高校ではプライベートや趣味を楽しみたい、と言って部活に入る事をやめた。

 でもバスケを嫌いになった訳ではないから、授業でバスケをやる時は、美咲は口にはしないけど楽しんでいるようだった。

 私は運動があまり好きでは無いけど、人並みには動ける。だから美咲の指導を受けるうちに、授業中の練習だけで随分上手くなったと感じる。きっと美咲の教え方が上手なんだ。

 美咲は負けず嫌いだ。授業中の試合でも手を抜かない。パス練習が終わったあと、これから始まる試合に備えて小声でサインや作戦を伝えてきた。私は美咲の期待に答えたいし、勝たせてあげたいから一言も聞き逃さない様に聞く。美咲の目は真剣だ。

 私たちのチームは例の騒がしい女子グループからあぶれたメンバーで構成されたチームだった。美咲は私以外のチームのメンバーにも同じように小声で指示を出す。私と美咲以外はみんな運動が苦手そうなメンバーだったから、相手チームのおそらくバスケ経験者と思われる子を邪魔するように言っているらしかった。

 試合が始まると、私と美咲は作戦通りパスをたくさん回して点数を稼いだ。美咲は全くブランクを感じさせない動きで頼もしい。

 少しすると隣の男の子達が試合をしている方でトラブルが起きた。見ると祐ちゃんが顔や頭を抱えてうずくまっている。どうやら顔にボールが当たって倒れたらしい。

 女子の方の試合も一時中断して、私も心配になってそちらを見ていた。

 祐ちゃんはしばらくして一人で立ち上がって、先生に休んでるように言われて体育館を真ん中で分けたネットの近くに体育座りしていた。右手で鼻を押さえていて、左手で後頭部を押さえている。いつも元気で明るい祐ちゃんだから、より痛々しく見えた。

 試合が再開すると、私達は徐々に序盤の勢いを失っていった。さすがの美咲も息を切らしていて、試合が中断すると膝に手をついて息を整えるようにしている。私はというとさっきから汗が止まらない。心臓のドクン、ドクン、という音がすぐそこにあるように聞こえる。

 試合終了まであと三分というところで、ふとネットの近くで体育座りしている祐ちゃんが目に入った。

 男子の試合を見ていたはずの祐ちゃんがこっちを見ている。私は一瞬ドキッとして、そちらから目を逸らしたけど完全に意識してしまっていた。

 私が気を抜いているうちにすぐ横を敵チームの子が駆け抜ける。そのままゴールにボールを入れられて同点。気づいた時にはもう遅くて、すぐ後にもう二点入れられてしまった。

 私がもう諦めかけていると、美咲が走った。美咲は最後まで諦めていないようで、自チームの守りに入る。追加点を狙いに行った敵チームのバスケ経験者の鋭いパスを綺麗にパスカットして、高く放るパスを出した。ボールの着地点と思われる場所に敵チームの子が走って向かう。私は時間を見た。残り一分。背後に祐ちゃんの視線を感じながら、私は残る力を振り絞って走った。

 自分でも信じられないくらいの速さが出た。敵チームの子はもう止まってボールが落ちてくるのを待っていたけど、私は走る勢いそのままに、その少し前でジャンプしてボールを空中でつかんだ。

 正直自分でもそんなことが出来ると思わなかった。体が勝手に動いて自分でも驚くような動きをしていた。

 美咲の為に頑張りたいと思ったからなのか。祐ちゃんに見られていると感じたからなのか。それはわからなかった。

 ドキドキしながら、着地と同時に体を反転させてゴールに向かう。でももう向こう側から相手が向かってきているのが見えた。

 二人。抜けない。私は急ブレーキをかける。でもゴールにボールを入れなくちゃ、負ける。二人を抜いてゴールに入れれば――同点……?

 私は自分がスリーポイントラインの外側にいることに気づいた。ここから投げて入れば三点。三点入ったら勝ちだ。

 「行けっ!」

 声のした方を見る。祐ちゃんの声だった。私はゴールに視点を戻して跳んだ。最高地点と思われる場所で両手でボールを放つ。

 着地して、ボールの行方を見守る。ボールはゴールの後ろの板に当たって、輪っかの周りをグルグル回った。

 (落ちる……!)

 見ていられなくて、目をつむって手を組み合わせた。少し待つとボンッとボールが床に落ちた音がした。

 ボールがゴールを潜った瞬間を見ていないので、目を開けた時どっちだったのか分からなかった。

 でもすぐに歓声が湧いた。みんな興奮したような顔をしている。

 (入ったんだ……)

 祐ちゃんの方を見るとなんだかぽかーんとしていた。私はなんだかその表情がおかしくって、目が合うと私は素直に笑って、ピースしてみせた。

 祐ちゃんも笑顔を返してくれて、親指をグッと上げたポーズをしてみせてくれた。

 「結衣っ!!」

 美咲が走ってきて、私にギュッと抱きついた。美咲がハグしてくるなんて珍しい。私も嬉しくなって笑った。

 その後も美咲はずっと興奮したように、美咲視点から見た試合の最後のシーンを解説してくれた。私はあまりに褒められるので試合が終わってもずっと汗が止まらなかった。

 試合が終わったあと、祐ちゃんは鼻血を出してしまって保健室に行った。男の子達は「女子の試合なんか見てるからだ!」なんて言ってからかっていたけど、顔にボールが当たっていたからそのせいだろうなぁと思った。体育館は暑かったし。


 五時間目の途中で祐ちゃんは帰ってきた。鼻にティッシュを詰めた祐ちゃんを見て、クラスメイトはみんな笑った。

 不謹慎だけど私も少し笑ってしまった。

 祐ちゃんはからかう声の中を、笑いながら「うるせぇよ!」と返しつつ、自分の席に戻ってきた。

 「大丈夫?」

 「おう」

 私が小声で聞くと、少し恥ずかしそうにこちらを見ないで返事をした。

 「さっきはありがとね」

 「え? 何?」

 「バスケでさ。『行けっ』って言ってくれたでしょ?」

 「あぁ」

 祐ちゃんは今行われている家庭科の授業の教科書を机から出して、少し笑った。

 「あれ、田中さ、まじすごかったな。鼻血出るくらい感動したわ」

 ふふふっと声を潜めて、二人とも笑った。

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