突撃可憐とうつぶせぼっち
家の鍵を開けると、可憐ちゃんは俺よりも先に家の中に入っていき、階段をドカドカと上がっていった。
目指すは弟の部屋だろう。
さすがに心配になった俺は、急いで可憐ちゃんのあとを追いかけた。
そして部屋の扉に手をかけようとしている可憐ちゃんの後ろ姿を視界に捉えた。距離が距離なだけにもう止めることはできない。
「幸人くん!」
弟の名前を叫びながら、ドアを開ける可憐ちゃん。
追いついた俺とドアを開けた可憐ちゃんは、同時に固まってしまった。
「あ、可憐ちゃん。お兄ちゃんもおかえり」
「遅かったじゃん。おかえりー」
弟の部屋のドアを開けると、もちろん弟がいた。そしてその向かいには木村が座っていた。
「・・・おま、何して」
「幸人くん!」
俺の言葉を遮って可憐ちゃんが叫んだ。
不思議そうな顔をした弟が可憐ちゃんに声をかけた。
「どうしたの?」
「ど、どうしてこの女がここにいるの!?」
「どうしてって・・・紗枝ちゃんは僕の友達だもん」
「と、友達!?」
「ねー」
「ねー」
仲良さげに首を傾け合う弟と木村。
その光景を見た俺は、なんか変な気分になった。頭の片隅に黒い何かがふわっと現れた気がした。
依然、可憐ちゃんは大きな声で幸人に言葉をぶつけていたが、木村と弟を見ているうちにだんだんと聞こえなくなってきてしまい、可憐ちゃんが何を言っているのかわからなくなってきた。
俺はこれ以上いても無意味だと思い、部屋を出て自分の部屋に向かった。
部屋に入るなり、カバンを机の上に放り投げて、ベッドの脇に膝をついて掛け布団に顔を埋めた。
顔を埋めたまま大きく深呼吸をした。
口が塞がれているので、強く吐いて強く吸った。
顔の触れている布団が息で温かくなり、湿気ってきたので、顔を横に向けた。
そしてまたため息をついた。
最近溜息が多くなってきたって再確認したはずなのに、またため息をついてしまった。
もしかしてため息をつくと幸せが逃げていくというのは本当なのだろうか。
だとすると、俺の幸せはどこに行ってしまったのだろう。俺の中の幸せメーターはきっとすっからかんになって、借金している状態になっているに違いない。
「どうしたのよ」
ふと背後から声が聞こえた。
聞き間違えるはずも無く、木村の声だった。
俺はそのままの体勢で答えた。
「・・・別に」
「あんたがそんなにテンション低いなんて、何かあったに決まってるでしょ。話しなさいよ」
俺ってそんなにいつもテンション高かったっけ?
確かに今は低い。でも毎日こんなもんだろ。高いときの方が珍しいわ。
「・・・なんでもないって」
「なんでもないはずないでしょ」
木村が部屋のドアを閉めたらしく、ガチャリと聞きなれたドアの音が聞こえた。
俺は何を言えばいいのかわからなくなって、また布団に顔を埋めた。
後ろで小さく木村がため息をついたのが聞こえた。
『めんどくさいやつ』とか思われてるんだろうな。
「どうしたのよ」
「・・・・・・」
「もぅ・・・なんか言ってよ」
俺の頭の横に腰を下ろしたらしく、頭の隣が沈んだ。
そして木村の手が俺の頭に置かれた。
「あんたが不器用なのは知ってるけどさ、不器用って言葉でカッコよく見えるのは高倉健だけよ?」
なんだその例え。まるで意味がわからんぞ。
第一、俺は不器用じゃない。勝手に決めつけるな。
「・・・ホントどうしたのよ。あんたらしくもない。このままこうしてると襲うわよ」
そう言って、ベッドから降りて俺の背中に抱きついてくる。
背中に押し付けられた胸が気になる年頃なんです。絶対着やせするタイプだよ。そうに違いない。
このまま黙ってたらどうなるんだろう?
そんなことも一瞬思ったが、やはりチキンなハートの持ち主にはこの状況は耐え切れなくて、からだを起こしてしまい、結果、木村と向かい合う形になった。
「やっと起きた・・・ってなんで泣いてんの?」
「は? いや、うつぶせだったから息で湿って・・・」
へ? 俺、泣いてないよ? マジで泣いてないよ? 泣いてないよね?
「泣いてるのかと思った。ビックリしたわぁ」
「俺のほうがビックリしたわ」
お互いにビックリした自慢をしたところで、木村が本題に戻す。
「で、どうしたのよ」
「・・・俺もよくわかんなくて」
「何が?」
「なんかお前と幸人が仲良さげにしてたの見てたら・・・」
・・・なんだ? 見てたら何だったんだ?
なんかよくわからん・・・
「もしかして嫉妬してた、とか?」
「嫉妬? 俺がお前らに?」
「違うの?」
「・・・それはないだろー」
「じゃあどうしたのよ」
それはないと言いつつも、そうではないのかと思ってしまう。
だって木村が弟に取られたのかと思ったのは事実だし。
だいたい、なんで木村がウチに居るんだよ。
「なんで、お前が居るんだよ」
「・・・勉強教えてもらおうかと思って」
「だから一人でやるほうが効率良いっての」
「効率とかどうでもいいのよ。私の場合は、誰かに教わらないと意味わかんないんだもん」
「じゃあ真面目に授業聞いてろよ」
「いいじゃん。私、あんたの彼女でしょ? ちょっとぐらい手伝ってよー」
「こんな時だけ彼女って言葉使うなよな」
「・・・ごめん」
「あっ・・・いや、その・・・」
言ってから気づいたけど、自分でも今の言葉は無いと思った。
俺たちは付き合っているわけだけど、これまで恋人同士っぽいことは何もしていない。
そこで木村からしてみれば、『私のこと本当に好きなんだろうか?』と思っていてもおかしくはない。
そこでこのセリフだ。
常時この思考が出来ていればもっとうまくやっていけるのだろうけど、そんなに器用な人間じゃない。木村の言うとおり、俺は不器用なのかもしれない。
「・・・私帰るね」
そう言って立ち上がろうとする木村。
その木村の腕を咄嗟に掴んだ。
前にもこんなことがあった気がする。俺ってばギリギリにならないと動けないのかよ。
そしてそのまま木村を引き寄せて、強制的に座らせる。
「か、勝手に帰るな」
「あんたが帰れって言ったんでしょ・・・」
「そうかもしんないけどか、帰るな」
「・・・・・・」
黙って俺を見る木村。
その視線に応えるように、俺もじっと木村を見つめた。
そして木村の背中に腕を回して抱きしめた。木村はなんの抵抗もせずに、俺の腕に抱かれた。
そして思った。
俺、やっぱり木村が好きだ。
こんなに泣きそうな顔してる木村を見てるのが辛いと思ってる自分がいる。
でも恥ずかしくて、好きとか愛してるとかは言えない。
ドラマとかマンガとかで愛のことばを囁いてたりするけど、俺はあんなの言えるようなメンタルを持ち合わせていない。持っていても、本人の居ないところで頭の中で言葉を繰り返すだけだ。
そしてこうして抱きしめたのも、俺の精一杯の愛情表現だと思っていただきたい。
木村にこの想いが伝わっているとは思わないけど、俺は木村を抱きしめながらそんなことを考えていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
シリアスですねww
ぼっちくん可愛すぎてニヤニヤしながら書いてました。
次回もお楽しみに!




