熱い視線
渡辺からの衝撃の事実を叩きつけられたあと、俺が言葉を発する間も与えずに、チャイムという名のコングが鳴ってしまい、何も言えずに渡辺の後に続くような形で教室に戻った。
教室に戻ると、木村が隣の席で不思議そうに俺を見ていた。
「なんかあった?」
『聞いてくれよ! 超面白いことがあったんだってばよ! 実はな! 渡辺がドM宣言したんだってばよ!』なんて言える訳がない。
約2メートル後方5時の方角から、とても鋭い視線が俺の背中を貫こうとしている。
振り向くと、席についている渡辺が睨んでいた。
言わないから安心してくれ。そして俺を見るな。
「いや、別に。トイレに馳せ参じてた」
「おぉっ!」
何かに反応した木村がパッと笑顔を浮かべる。
と、同時に背中の貫くような視線が強さを増したように感じた。
自分の肩を見るふりをして渡辺を見ると、素晴らしい眼力で俺のことを見つめていた。
すぐに目をそらした俺は、一時間目の授業の準備をしながらHRを行う担任の話に耳を集中させた。
いつものようにあっさりとHRは終わり、担任が出ていき、入れ替わるように違う先生が入ってきて、そのまま一時間目の授業が始まる。
今日の最初の授業は国語。内容は・・・古文らしい。
先生が説明のために黒板にカツカツと文字を書いている時、視界の隅で何かが動いた。
机を見ると、木村のノートに丸っこい文字で何か書かれていた。
なになに・・・
『まさか先輩の名言を使ってくるとはww』
名言? 先輩?
なんのこっちゃ?
『???』
自分のルーズリーフに書くと、木村が書き返してくる。
『笹原先輩の名言じゃん。使ってる人初めて見た』
あーその先輩ね。
笹原先輩は、木村の筆入れについているキーホルダーの漫画に出てくるキャラで、コジロウ(ヤギ)に乗って登校してくる農家のお坊っちゃんキャラだ。
って、名言なんて言ったっけ?
そのままのことを木村に伝えた。
『トイレに馳せ参じてくるって言ったじゃん!』
アレか。まさか無意識で使ってしまっていたとは・・・
カッコイイ言葉で返してごまかしたつもりが、逆に仇となってしまったか。別に害とかではないけど。
すると後ろから鋭い視線を感じた。
これレーザー銃で狙われてんの? ジェームズボンドでもいるのかね? みんな気をつけろ! 透けるグラサンで裸見られてるぞ! そして俺にも貸してくれ!
渡辺のことは忘れよう。それが良い。
ふむふむと納得している俺を見た木村がノートに文字を書いた。
『さすが私の心の友!』
『友』の横になんかぐちゃぐちゃした跡があるんだけど、こいつ『達』って書けないのか。ヴァカメッ!
国語の先生居るんだから聞いてくればいいのに。
俺はフッと小さく鼻で笑うと、黒板にいろいろと書き終わった先生のほうを見た。
すると木村から足蹴りのサービスがあった。
そして後ろからはレーザー銃の攻撃を受けた。
こんなに追加サービスは頼んでませんよー。
授業が終わり、俺は渡辺に『トイレ行こうぜ』と言われて、朝のデジャブを見ていた。
「お前、ホントに木村とはなんでも無いんだよな?」
「なんでも無いって」
朝と同じような展開なのだが、渡辺の『俺、Mなんだ』発言を思い出してしまい、渡辺の話に集中できなかった。笑いをこらえるのが限界。
「ならなんであんなに授業中に仲良く筆談してるんだよ」
「違う! クリボーが勝手に・・・」
「クリボー? 木村のことクリボーって呼んでるのか?」
「あ、いや、なんでもないです・・・」
ダメだこいつ。ネタが全然通用しない。
歴としたリア充の塊みたいなやつだな。つまんね。
今の会話の中でも、渡辺のボルテージは上がっていっているようで、顔がドンドンと険しくなっていっているように見えた。
どんだけ木村好きなんだよ。木村をバカにしただけでボルテージ上がるとか、よっぽどだな。あんなやつバカにし始めたら軽く一時間は経つぞ。途中で蹴られて中断するだろうけど。暴力反対!!
渡辺は、目に怒りの色を浮かべながら話を続けた。
「だいたい、なんでお前なんかと木村が仲いいんだよ。意味わかんね」
「それは俺も意味わからん」
「はぁ?」
「・・・なんでもないです」
全然俺の意見が通らない。
鉄壁のディフェンス。きっとU-23のオリンピック代表メンバーだったんだろう。吉田麻耶が守ってるんだな。それなら仕方ない。
「はぁ・・・なんかお前が羨ましくなってきた」
「代わってくれよ」
「ホント羨ましいよな。あの木村にいろいろ言われたりしてんだろ?」
「ん? まぁ・・・」
「やべぇよな。ちょっと嬉しくなったりすんだろ?」
「しません」
「マジで? もったいねぇ」
もったいないってなんだよ。
「本当にMなのか?」
「・・・まぁ」
「どんな感じなん?」
「木村のあの時の声を聞いたとたん、俺の心はときめいた」
なんかポエム読み始めたぞ。
「あれから木村の声であんなことを言われてる自分を想像すると、ゾクゾクしてる自分がいた。夏休みの間もずっとあの時の木村のことを考えてはゾクゾクしてた。いつか自分が木村に言われる立場になりたいと思っていた」
うわぁ・・・こいつマジだよ。モノホンだよ。
イタタタタタタ! 誰かからだ全体を包めるような絆創膏持ってきてー!
こういうやつ見ると、中二病とかは可愛く見えるな。
「で、お前は結局どうしたいの? 木村と付き合いたいの?」
「それはもうちょっと仲良くなってからだって言っただろ」
そう言って、俺の肩を荒々しく掴んで近づいてきた。
お、俺にそっちの趣味は無いからな!
「どうやったら木村とお近づきになれるか教えてくれ!」
「・・・木村、お前のこと『暗い』って言ってたぞ」
それを聞いて一歩二歩と後ずさりをして、その場に跪く渡辺。
そんなにショックだったのか。
「わ、渡辺。が、頑張れよ」
「・・・おう」
小さく返事をする渡辺を置いて、俺は教室へと戻った。
めんどくさいやつからやっと逃げることができた。
これから木村と話すたびに、渡辺に絡まれるのかと思うと少し憂鬱な気分になる。
そして俺は小さくため息をついた。
「はぁ・・・」
最近ため息多くなってきたな。
幸せが逃げまくってるんだろうなぁ・・・
どこかで幸せの補給を要求します!!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
渡辺くんはクールな見た目に反して、豆腐メンタルです。
次回もお楽しみに!




