だれもいない
次の日。
教室に入って自分の席に着いた。
隣には姉さんが座っていたけど、特に互いに挨拶することもなく、姉さんはケータイをポチポチと、俺はボケーっと外を見ていた。
前の席の吉川さんは、最初こそ振り返りはしたものの、挨拶とかされるでもなく、チラッとだけ見て、すぐに前を向いておとなしくしているようだった。
少しして木村も教室に入ってきたが、俺にも姉さんにも目もくれずに自分の席に着いてケータイを開いてポチポチといじっていた。まだ鼻水は出るようで、机の上にはボックスティッシュが置いてあって、時々鼻をかんでいる音が聞こえた。
誰も話しかけようとしない。
意図的に話さないようにしているわけでもなく、ただそういう雰囲気が漂っているのだ。
木村とか姉さんとかは、時々友達と話しているみたいだけど、それ以外では口を開こうともしないし、互いに目を合わせようともしない。木村と姉さんは何もないはずなのに、何故か話そうとしない。どこか重い空気が二人の間にも流れているように感じた。
吉川さんと俺はそこまで親しい友達がいるわけでもなかったので、休み時間になっても次の授業の準備をして、ボケーとしている時間が増えただけだった。
そんな重い空気の中、昼休みになって、唯一一切動じないやつが俺の席にやってきた。
「弁当食べようぜ」
渡辺は確かに全然事情も何も知らない。だから動じないのは当たり前なんだ。
いつも通りに接してくれる渡辺だったのだが、そのウザさがいつも以上に俺をイラッとさせてしまって、関係の無い渡辺に当たる羽目になってしまった。
「一人で食えよ」
「は? そんなこと言わないで一緒に食おうぜ」
「そんな気分じゃないんだよ。察せ」
「察せってお前・・・なんかあったのか?」
鈍感キングダムを作り上げたらあっという間に王様に推薦されてトップになっちゃいそうな男だ。こんな空気の一つや二つ、気づく訳もない。気づくはずもない。
「別になんもないって」
「・・・ホントか?」
渡辺が顔をのぞき込んでくる。
とても気まずい。渡辺にあたっても仕方ないのに、分かっているのに、木村とか姉さんとか吉川さんとかでイライラして溜まってた分が、全部渡辺にぶつかってしまう。
言ってからでは全部遅かった。
「なんもねぇからどっか言ってくれ」
「・・・わかった」
意味もわからず怒りをぶつけられた渡辺は、少しイラっとしたのか、無表情でそう言ってサッカー部仲間のところへと向かっていった。
あんなこと言うつもりじゃなかったのになぁ。
そう思っても全部遅い。
言ってしまった後に思っても何も変わらないのだ。過ぎた時間は取り戻せないんだ。だからこんなことになってるんだ。悲しいけど、これって現実なのよね。
なんかいつも食べているパンが、とても大きく感じて、食べ終わるのにとても時間が掛かった。
4人の間に流れ続ける重たい空気は放課後になっても流れ続け、さらに深い溝を作り続けていった。
下へ下へと流れ続けている重い黒い空気は、たまりにたまってもう取り返しのつかないところまで来てしまったような気がした。
一分でも早く帰ろうと席を立ち、教室を出た。
一瞬だけ誰かの視線を感じたけど、それも気にすることもなかった。
校門を出て、歩きなれた帰り道。
ちょっと前まではこうやって一人で帰るのが当たり前だったはずなのに、こんなにも気分が重いのはなぜだろう。足が重たくて歩くのがしんどかった。
帰り道の途中にある公園の横を通っていると、ブランコが目についた。
誰もいない公園のブランコ。
気がつくと俺の足はブランコへと向かっていて、何年か振りのブランコの感触を尻に感じた。
「うわっ。低っ」
思ったよりも低くて、勢い良く座ってしまったせいで、少し尻が痛かった。そして今にも雪が降りそうな天気のせいもあって、冷たかった。
俺はカバンを横に置いて、足で反動をつけながらブランコをこいだ。
昔とは違い、すぐに勢いがつくブランコに、少しビビって速度を調節しながらこいだ。
昔は、弟を連れて、よく公園で知らない子とかと一緒に鬼ごっことかケイドロとかよくやったもんだ。
そう考えると、俺のコミュ力はいつから失われたのだろう。CDみたいにされて誰かに奪われてしまったのだろうか? だがそれならそれで納得してしまっている自分が怖い。
「おい」
そんなことを考えながらブランコをこいでいると、突然後ろから声をかけられた。
ブランコをこぎながらも首だけで後ろを向くと、そこに居たのは渡辺だった。
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