助け船
木村とまだ日も暮れてない帰り道を歩く。
なんか変な気もするけど、これは現実だ。
我ながら大胆なことをしてしまったと思う。しかし本音を言うと、木村が哀しんでいるのが辛いんだ。
木村の哀しむ顔を見たくないって思って付き合ったわけだし、協力できるなら協力したいと思ったのだ。
でもこんなことは死んでも口が裂けても蹴られても自白剤を飲まされてもナチスの科学が世界一だとしても言うわけにはいかない。だって恥ずかしいもの。俺らしくないし。
いつもみたく何でもないふりをして陰ながら手伝えればそれでいい。それが俺が木村に出来る精一杯かもしれないと思う。というより、それ以上は恥ずかしくてできやしないよ。クックックッ・・・
そんな俺の隣を少しフラつく足どりで歩いている木村。
楽になったとはいえども、熱があるんだ。そりゃフラついても仕方ないさ。
木村のペースに合わせてゆっくりとした歩調になる。
「やっぱりウチまで来るの?」
「そりゃそうだろ」
「だよねぇ・・・」
「・・・嫌なん?」
「嫌ってわけじゃないよ? でもその・・・」
「迷惑とか思ってるなら気にすんなよ? これは俺が好きでやってんだ。こんなに弱ってる木村なんて珍しいからな。じっくりと観察しようかと思ってさ」
冗談半分で言ったのだが、木村には伝わらなかったみたいで、黙って足元を見ながら歩いていた。
なんか言ってちょうだいよ。ボケ殺しとはこのことか。
「あ、そうそう。助け舟を呼ぼうかと思ってるんだけど、よろしいか?」
「助け舟?」
そう。このまま木村を歩かせて、風邪を悪化させても困るからな。
それなら一番いい船があるのだよ。
「お前の兄ちゃん」
「・・・あんたマジで言ってんの?」
「このまま歩くの大変だろ?」
「でもお兄ちゃんのあの車で帰るのよ? 誰かに見られたりでもしたら・・・」
「誰もいないじゃん。お前が呼べば速攻で来るっしょ」
そのぐらい計算済みですよ。確率の低い勝負はしないタチなんだよ。成功しないなら確率を上げてから挑めばいい。さっきの授業中、板書を写しながら練ってた計画だ。失敗はないと思う。
「んじゃ連絡しろ」
「・・・わかったわよ」
こういうときは俺はなかなか折れないのをわかってきたのか、木村はケータイを取り出して電話をかけ始めた。
「あ、お兄ちゃん。紗枝。ちょっと迎えにきて欲しいんだけど・・・うん・・・うん・・・今学校の近く歩いてる。・・・うん・・・ちょっと風邪引いて熱出ちゃったから早退してきた」
『ぬぁああにぃいい!!?? わかった! 今すぐ行くから動くな! いいか! そこを動くなよ! おい! 今日はもうやめだ! 俺は帰る!!』
そう電話から聞こえて電話が切れた。
ケータイをカバンにしまうと、木村が言った。
「今から来てくれるって」
「うん。聞こえてた」
何あの人。なんの仕事してたら妹に全力注げるの?
「お兄ちゃんの声大きいもんね」
「いや、そういうレベルじゃないだろ。熱で頭おかしくなったか?」
「おかしくないわよ。多分お兄ちゃんのことだから、すぐに来ると思うけど、ここを動くなだって」
それを実行するようで、木村は近くの段差に腰掛けた。
あの人なら秒単位で来そうなもんだけど、漫画のようにはいかないようで、辺りには来る気配どころか、人っ子一人いなかった。
立っていても仕方ないので、木村の隣に腰を降ろすと、並んで座り込んだ。
「ごめんね」
「ん? なにが?」
「こんなことになっちゃって」
「まぁ・・・仕方ないって。あるある」
「ないでしょ」
苦笑混じりにそう言う木村。
確かにこんな状況に良く出くわしていたら、人生山あり山あり峠ありだ。
「どうして伊織と吉川さんってあんなに仲悪いんだろ・・・」
あ、そっちか。
熱の話かと思ったら、そっちのことね。
少しは自分の熱のことを考えろよ。まぁそのへんが木村らしいちゃ木村らしいか。
「仲悪いっつーか・・・」
なんだこいつ。気づいてないのか?
「お前原因わかんねぇの?」
「え? わかるの?」
目を大きく開いて驚く木村。
このリアクションはマジだな。
「はぁ・・・あの二人の共通点って何よ」
「共通点・・・女?」
「いや、でかすぎるわ。二人ともお前の友達なんだろ?」
「うん」
「どっちのほうが好きだ?」
「どっちって・・・二人とも好きだし・・・あ、でも一番はあんたよ?」
「そんなこと聞いてねぇよ。どっちも好きなんだろ?」
「決められないもん」
「だからだよ」
俺の言葉に首を傾げる木村。
「んー・・・ねえさ・・・じゃなくて、いお・・・織田か。織田はお前が吉川さんに取られるみたいで嫌なんだってよ」
「伊織が言ってたの?」
「おう。んで、吉川さんは吉川さんであーゆー性格じゃん? だからお前とも仲良くなりたいんだけど、伊織ちゃんが邪魔してきて、今日爆発したってわけ」
「・・・そんなばかな」
「これはちゃんと本人たちから聞いた情報だからな。嘘じゃないぞ」
まさかこういう形で相談されていたのが役に立つとは。でも実際ならこれは個人情報の流失だからな。俺は不可抗力で聞いちゃっただけだもん。言わないとは言ってないからいいじゃないの。俺は気にしないよ。
「・・・伊織が悪いみたいに聞こえるんだけど」
「まぁ織田の嫉妬が原因だと思うけどな」
「それ以上は言わないで。伊織の悪口は聞きたくない」
「じゃあお前は吉川さんとは仲良くしないってことだな?」
「なんでそうなるのよ」
「だってそうだろ。今の伊織ちゃんを認めるってことは、吉川さんと仲良くするのをやめるってことだろ」
「そうは言ってないでしょ」
「そういうことになるだろ」
木村は赤い顔をしながらもキッと睨みつけてくる。
俺は臆すことなくその目を見つめる。
木村の言いたいこともわかる。友達を信じたい気持ちもわかる。でもそれだけだと人間生きていけないんだ。
俺みたいに生きていくなら問題ないかもしれないけど、友達社会で生きている木村ならなおさら生きていけない。
そのことが伝わって欲しいと信じながら見つめ返す。
そして見つめ返していると、木村の目から涙が一粒流れた。そのまま表情は変えずに涙を流した。
それでも俺は見つめるだけだった。
泣いたのは驚いたが、目をそらしてはいけないと思った。
「紗枝ー!!!」
そんな時、ものすごいブレーキ音と共に、『痛車Ver.アナ・コッポラ』がやってきた。
俺と木村は、それを合図にするかのように目をそらし、木村は目元をぬぐった。
そして超心配している木村兄が車から降りてきて、木村を車に乗せて、一緒に来て欲しいと言う木村に呼ばれるがままに、一緒に車に乗り込んだ。
木村が乗っているということもあって、法定速度をきっちりと守っている木村兄の運転で、木村の家へと向かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いて頂けると嬉しいです。
うーん・・・シリアスだ・・・
次回もお楽しみに!




