苦難する次男
「ど、どうしてこの女がいるの!?」
いきなりドアを開けて、入ってくるなり大声を出した可憐ちゃん。
どうしてと言われても答え方は一つしかない。
「どうしてって・・・紗枝ちゃんは僕の友達だもん」
「と、友達!?」
「ねー」
「ねー」
僕は紗枝ちゃんと顔を合わせて首を傾けた。
やっぱり紗枝ちゃんと遊ぶのは楽しい。
ふと可憐ちゃんの後ろにいたお兄ちゃんが壁に手をついて消えていくのが見えた。
どうかしたのかと思って心配した時、向かいでさっきまで一緒に笑いあっていた紗枝ちゃんが立ち上がった。
「ごめん。ちょっと行ってくるね」
紗枝ちゃんも気がついたみたいだ。
しかも僕よりも早く動いてた。
僕も心配だったけど、紗枝ちゃんが行った方がいいような気がしたので、浮かした腰を降ろして座り直した。
「むー・・・」
扉のそばに立っていた可憐ちゃんが唸っていた。
さっきまでの勢いを無くしちゃったのか、どこか悔しそうな顔をして僕を睨んでいた。
僕、なにかしたっけ?
「可憐ちゃん?」
「・・・幸人くんはズルイよ」
「え?」
ズルイ?
どういうことだろう?
可憐ちゃんは、するすると僕の横にきて、ちょこんと座った。
「私、幸人くんのそういうところ嫌いじゃなかったけど、嫌い」
嫌いだけど嫌い?
僕は意味がよくわからなくて首を横に傾けた。
「うー・・・なんていうのかな。幸人くんって、お兄ちゃん好きでしょ?」
「うん」
「さっきの人のことも好きでしょ?」
「うん」
「多分私のことも好きでしょ?」
「・・・うん」
「そーゆーところが嫌い」
「うん?」
どういうこと?
お兄ちゃんも紗枝ちゃんも可憐ちゃんもみんな同じくらい好きだ。
でも可憐ちゃんはそれが嫌い?
「私も幸人くんが好き」
「そっか」
「・・・ほら。やっぱりそういう風に言うんだ」
「どういうこと?」
「幸人くんの『好き』っていうのは、広い意味で『この人と一緒にいると楽しい』とかそんな感じでしょ?」
「それ以外に何かあるの?」
一緒にいると楽しいとか思った人のことを好きになるのはダメなの?
「私は幸人くんとずっと一緒にいれるならそれだけでいいってぐらい好きなの」
「・・・・・・」
「私のことそれくらい好きって言える?」
「・・・多分言えないと思う」
「だったら簡単に好きとか言わないで」
なんか・・・なんかよくわかんないけど、わかった気がした。
ぼんやりとだけど、可憐ちゃんの言う『好き』と僕が言ってる『好き』っていうのが違うということはわかった気がした。
「そういう意味なら、僕はお兄ちゃんのことは『お兄ちゃんだから』好きだし、可憐ちゃんは『友達だから』好きだよ」
「じゃああの人は?」
そう考えると、紗枝ちゃんのことはどうなるんだろう?
僕は紗枝ちゃんと一緒にいられるならずっと楽しいって思えると思う。
でもそれが可憐ちゃんの言っている好きっていうのと同じなのかなぁ?
そう考えるとよくわかんなくなってくる。
「あの人はお兄さんの彼女だよ? それでも好きなの?」
可憐ちゃんが心配そうな顔を僕に向けてきた。
きっと僕がお兄ちゃんの彼女の紗枝ちゃんを好きになったことを心配してるんだと思う。
だって、お兄ちゃんの彼女を好きになるのは良いことではないことは僕でもわかっている。
でも好きになってしまったんだから仕方ないと思う。
それじゃダメなのかなぁ?
じっと可憐ちゃんの顔を見ていると、可憐ちゃんの顔が赤くなって、ぷいっと横をむいてしまった。
「可憐ちゃん」
「な、なに?」
「顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
急に慌てて胸の前で手を振る可憐ちゃん。
でも『女の人の大丈夫は大丈夫じゃない』ってお兄ちゃんが言ってた。
「ホント?」
「ホントホント!」
「もしかして熱あるんじゃないの?」
「ね、熱!?」
顔が赤いし、ちょっと舌も回ってないように聞こえる。
僕は可憐ちゃんの両頬を手で挟んで、いつもお母さんがしてくれてるみたいに、おデコとおデコを合わせて熱を計った。
「ほら。やっぱりちょっと熱いよ」
「そ、そそれは幸人くんがこ、こんなことを、す、るからで!」
「ホントに大丈夫? あんまり熱があるようなら送っていくけど・・・」
「大丈夫です!!」
その時、ドアが開いて、紗枝ちゃんが入ってきた。
そしてお兄ちゃんが僕らがキスをしたとかよくわからないことを言って、僕と可憐ちゃんを困らせた。
そして急にお兄ちゃんが言った。
「木村に言いたいことがあるなら言っちまえ」
「ぼ、僕の気持ち!?」
あまりにもビックリしてしまって、言いたいこと=僕の今の紗枝ちゃんへの気持ち、というのを聞いてしまいそうになった。
僕は思った。
これはお兄ちゃんが僕にくれたチャンスなんじゃないかって。
でもお兄ちゃんもイジワルだ。無理矢理言わせるようなことしなくてもいいと思う。
でも・・・
もしかしたら、僕が今紗枝ちゃんに抱いている気持ちがなんなのかがわかるかもしれない。
僕はそう考えて、小さく深呼吸をして、覚悟を決めた。
ちょっとドキドキしてる。
「僕、紗枝ちゃんのことが好きなんだ」
言った。生まれて初めて告白した。
でもなんかスッキリしない気がした。なんてゆーか、胸の当たりにモヤッとした感じが残っていた。
紗枝ちゃんは驚いた顔をしていたけど、すぐに柔らかい笑顔になって言った。
「ありがと。でも私はこいつのことが好きだから。ゴメンね」
そう言われた僕は、ちょっと悲しくなった。
でもそれと同時に『やっぱりね』とも思った。
だってお兄ちゃんに敵うはずがないもん。
紗枝ちゃんと、紗枝ちゃんに好かれているお兄ちゃんとの間に僕が入っていくのは無理だと思っていた。
でも自分の気持ちを伝えられたのはとても良かった。
ちょっとスッキリした気もした。
僕が考えていると、紗枝ちゃんはお兄ちゃんを引っ張るようにして部屋を出ていってしまい、また僕と可憐ちゃんだけになった。
すると横に座っていた可憐ちゃんが、からだを寄せて僕に寄りかかってきた。
そして黙っていた可憐ちゃんが口を開いた。
「振られちゃったね」
「うん」
「・・・悲しい?」
「うーん・・・よくわかんない。でもこれでよかったんだと思う」
意味が分からないというように首を傾げる可憐ちゃん。
「僕は結局のところ、お兄ちゃんと紗枝ちゃんが仲良しなのが一番嬉しいんだと思う。それでお兄ちゃんが離れていっちゃうのがちょっと寂しいって思ってたのかもしれない」
「・・・幸人くんでも寂しいって思うんだね」
「うん。ずっとお兄ちゃんはそばにいてくれたんだもん。それで紗枝ちゃんと会ってから、お兄ちゃんがドンドン離れていっちゃう気がしてて・・・でもお兄ちゃんと紗枝ちゃんが幸せになるんだから、このさみしいっていうのは、僕が我慢しないといけないんだと思う」
僕は紗枝ちゃんを好きな気持ちよりも、お兄ちゃんが幸せになって欲しいっていう気持ちの方が大きかったんだと思う。
今ならそう思う。それぐらいお兄ちゃんのことが好きなんだと思う。
「あの人のことは好きじゃなかったっていうこと?」
「紗枝ちゃんも好きだよ。でも可憐ちゃんが言うような好きとはちょっと違ったのかもしれない」
「・・・よくわかんない」
お兄ちゃんみたいにかっこいい言葉で言うなら、『まだ僕には恋なんて早かったのかもしれない』っていう感じだと思う。
だってまだ『好き』の種類もよくわかんないんだもん。
もうちょっとしたらわかるようになってくると思う。だからその時は、僕もお兄ちゃんと紗枝ちゃんみたいな恋人同士になれるといいな。
そう心の中で思って、隣に座る可憐ちゃんに笑いかけた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
これにて第5章完結となります。
えー投稿したものの、あまり納得のいった出来になっていません。
なので第6章に入る前に、この回を修正すると思います。
そして次の投稿が引っ越しの影響もあり、しばらく間が開いてしまうかもしれません。
詳細は活動報告をば確認してください。
次の更新までお待ちくださいませ。
では次回もお楽しみに!




